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「任せる」が「丸投げ」になっていないか? 越川慎司氏の提言から学ぶ、生産性が向上する「自走するチーム」の育て方ー日経ビジネス記事より

 越川慎司氏による記事『あなたのチームは「自走」していますか 「放任」になっていませんか』(日経BOOKプラス、2025年7月25日掲載)を拝読しました。この記事は、同氏の著書『一流のマネジャー945人をAI分析してわかった できるリーダーの基本』(日経BP)から抜粋・再構成されたものです。

はじめに:多くのリーダーが陥る「放任」という名の罠

 多くの企業で、従業員の主体性や自律性を高め、「自走する組織」を目指すことが重要な経営課題となっています。リーダーたちはメンバーを信頼し、仕事を「任せる」ことで、彼らの成長を促し、チームとしての成果を最大化しようと試みます。しかし、越川慎司氏の記事は、この「任せる」という行為に潜む大きな落とし穴を指摘しています。それは、リーダーの「信頼して任せている」という認識が、実態としては単なる「放任」に陥ってしまっているケースが非常に多いという現実です。

 記事で紹介されている大手メーカーのベテランマネージャーの告白は、多くのリーダーが共感するところではないでしょうか。「メンバーを信頼しているから、マイクロマネジメントはしない」「彼らのやり方を尊重したい」という善意から出発したはずのマネジメントが、いつの間にかチームの迷走を招き、成果が出ないという苦しい状況を生み出してしまうのです。

 この「自走」と「放任」の混同は、なぜ起こるのでしょうか。それは、両者が一見すると似たような特徴を持つからです。どちらのチームでも、リーダーが細かく指示を出す場面は少ないかもしれません。メンバーが自分の裁量で仕事を進めているように見えるかもしれません。しかし、その内実、チームの状態は天と地ほども異なります。「放任」されたチームは、霧の中を手探りで進む船のように、どこに向かっているのか分からず、メンバーは不安と混乱の中で疲弊していきます。一方で、「自走」するチームは、明確な目的地に向かって、各々が羅針盤を持ち、協力しながら航海を進める船のようです。この記事は、この決定的な違いを生む要因を解き明かし、真に「自走するチーム」を育てるための具体的な道筋を示してくれています。

「自走」と「放任」を分ける3つの境界線

 越川氏が調査から導き出した、「自走」と「放任」を明確に区別する3つの要素は、リーダーが自身のマネジメントスタイルを振り返る上で極めて重要な指針となります。それは「方向性の共有」「権限と責任の範囲」「フィードバックの仕組み」の3つです。

 第一に、「方向性の共有」です。放任型のリーダーは、「あとはよろしく」「好きにやっていいよ」といった言葉で、メンバーに丸投げしてしまいます。これでは、メンバーは何を基準に判断すれば良いのか分からず、行動を起こすことに躊躇したり、あるいは良かれと思ってやったことが組織全体の方向性とずれていたりする事態を招きます。
 一方、自走を促すリーダーは、チームが目指すべきゴール、つまり「北極星」はどこにあるのかを明確に、そして繰り返し示します。それは単なる売上目標やKPIといった数字の共有に留まりません。なぜこの目標を追いかけるのか、その達成が顧客や社会にどのような価値をもたらすのか、といったビジョンやミッションレベルでの意味付けを共有することで、メンバーは日々の業務に意義を見出し、主体的に貢献しようと考えるようになります。

 第二に、「権限と責任の範囲」の明確化です。放任されたチームでは、この境界が極めて曖昧です。「何をしてもよい」という言葉は、裏を返せば「何をすべきか分からない」状態であり、メンバーにとっては大きなストレスとなります。責任の所在が不明確なため、何か問題が起きた際には責任のなすりつけ合いが起こりがちですし、逆に新しい挑戦をしようにも「どこまでが自分の裁量か」が分からず、行動が萎縮してしまいます。ノーベル経済学賞を受賞したアルビン・ロスが指摘するように、メンバーが自身の役割と責任を明確に理解し、それに納得している「適切なマッチング」状態こそが、最高のパフォーマンスを生み出します。
 自走するチームでは、各メンバーの権限と責任が具体的に定義され、文書化されるなどして共有されています。これにより、メンバーは「この範囲内では、自分が意思決定者だ」という自覚を持ち、安心して自分の役割に集中し、責任感を持って業務を遂行できるようになるのです。

 第三に、「フィードバックの仕組み」の有無です。放任型のマネジメントでは、コミュニケーションは結果報告のみになりがちです。「目標、達成できた?」「あの件、どうなった?」という結果確認に終始し、そのプロセスには目が向けられません。これでは、たとえ目標を達成できたとしても、その成功要因が分からず再現性がありません。失敗した場合は、単なる「失敗」という結果だけが残り、メンバーの自信を削ぐだけで終わってしまいます。
 対照的に、自走するチームでは、プロセスにおける「学び」を重視した、定期的で質の高いフィードバックの仕組みがビルトインされています。記事で紹介されている「15分間の日次振り返り」のように、短い時間でも日々の業務を振り返り、「何がうまくいったか」「なぜうまくいったか」「次はどうすればもっと良くなるか」を対話する場を設けることで、成功も失敗もすべてがチームの貴重な資産へと変わります。この学習サイクルこそが、チームを持続的に成長させるエンジンとなるのです。

リーダーの役割変革:「指示者」から「支援者(アーキテクト)」へ

 これらの3つの要素を整えていく過程で、リーダーに求められる役割も大きく変化します。従来の、あるいは「放任型」のリーダーが「指示を出さない」「介入しない」「結果だけを求める」存在であったのに対し、「自走を支援する」リーダーは、チームというシステムを設計し、その円滑な運用をサポートする「アーキテクト(設計者)」や「ファシリテーター(支援者)」としての役割を担うようになります。

 具体的には、まずチームの「建築家」として、明確なビジョンという「設計図」を描き、メンバー一人ひとりの「役割(権限と責任)」という「構造」を定義します。そして、そのシステムがうまく機能するように、「定期的な振り返り」という「メンテナンス(保守点検)」の仕組みを導入するのです。これは、決してメンバーの行動を細かく管理するマイクロマネジメントとは異なります。
 リーダーが設定するのは、メンバーが自由に、かつ安心してパフォーマンスを発揮できる「運動場」のルールと境界線です。その中で、どのように走り、どのようにプレイするかは、メンバーの自律的な判断に委ねられます。

 この役割変革は、リーダー自身にも大きな恩恵をもたらします。メンバーが自ら考え、行動するようになるため、リーダーは常に「なぜ結果が出ないんだ」と悩み、細かい問題の火消しに追われる日々から解放されます。創出された時間と精神的な余裕を、より長期的・戦略的な課題、例えば新しい事業の企画、組織全体の課題解決、あるいは自身の自己成長といった、付加価値の高い仕事に注力できるようになるのです。

 記事の最後で語られる製薬会社のマネージャーの気づき、「『任せている』つもりだったが、それは責任放棄だった」という言葉は、この変革の本質を物語っています。真の「自走するチーム」は、リーダーによる放任や偶然によっては決して生まれません。それは、リーダーが自らの役割を再定義し、明確な意図をもってチームの環境をデザインし、メンバーの自律性を辛抱強く育んでいくという、能動的で創造的な働きかけによってのみ、実現されるものなのです。

【人事視点】「自走する組織」を全社で実現するために

 越川氏の記事が提示する「自走するチーム」の姿は、個々のマネージャーにとって有益な示唆に富むだけでなく、企業の人事部門が取り組むべき組織開発の核心的なテーマそのものであると言えます。人事の役割は、一部の優秀なマネージャーの個人的な努力や才能に依存するのではなく、全社的に「自走するチーム」が生まれ、育っていくための「仕組み」と「文化」を構築することにあります。この記事の内容を、企業人事はどのように自社の施策に活かしていくべきでしょうか。

マネジメント研修の抜本的見直し:「放任」にさせないための具体的手法を教える

 多くの企業で管理職向けの研修が実施されていますが、その内容は労務管理の知識、目標設定(MBO)の手法、コンプライアンスといった、どちらかといえば「守り」や「管理」の側面に偏りがちではないでしょうか。もちろんそれらも重要ですが、これからの時代に求められるリーダーシップ、すなわち「自走するチームを育てる力」を直接的に養うコンテンツは、まだ十分ではないかもしれません。人事部門は、この記事で示された「自走の3要素」を、マネジメント研修の根幹に据えるべきでしょう。

 まず、「方向性の共有」については、自部門のミッションやビジョンを、会社の全体戦略と接続させ、メンバーに共感を呼ぶ言葉で語るための「ビジョン・ストーリーテリング研修」を導入することが考えられます。次に、「権限と責任の範囲」については、単に職務分掌規程を読み合わせるのではなく、チームの具体的な業務に即して、誰が何に責任を持ち、誰に決定権があるのかを明確にする「RACIチャート作成ワークショップ」などを実施し、実践的なスキルを身につけてもらう必要があります。

 そして最も重要な「フィードバックの仕組み」については、1on1ミーティングの形骸化を防ぐための具体的なトレーニングが不可欠です。多くのマネージャーは1on1の重要性を理解しつつも、「何を話せばいいか分からない」「結局、業務の進捗確認で終わってしまう」という悩みを抱えています。そこで、傾聴のスキル、承認(アクノレッジメント)の技術、そして未来志向の質問(「次、どうしたい?」)を投げかけるコーチングの基礎を、ロールプレイングを交えながら徹底的に訓練する場を提供すべきです。これらの研修を通じて、マネージャーに「放任は悪である」「自走を支援することこそが自分の役割である」という強い意識を植え付け、そのための具体的な武器(スキルとツール)を提供することが、人事の最初の責務となります。

人事制度による土壌づくり:評価と権限を「自走」モードへシフトする

 マネージャー個人の意識とスキルを変えるだけでは、組織全体の変革には限界があります。彼らの行動を後押しし、持続させるためには、人事制度そのものが「自走」を是とするメッセージを発信し続ける必要があります。

 その筆頭が「評価制度」です。もし、マネージャーの評価が、短期的な個人目標の達成度だけで決まるのであれば、彼らがわざわざ時間と労力をかけて、メンバーの自走支援やチームの学習サイクル構築に取り組むインセンティブは働きません。人事は、マネージャーの評価項目に「チームの自走度向上」「部下育成への貢献」「学習する文化の醸成」といった項目を明確に組み込むべきです。
 評価指標としては、エンゲージメントサーベイにおける「成長実感」や「裁量権」に関するスコアの改善度や、1on1の実施回数・質、チーム内でのナレッジ共有の活発度などを設定することが考えられます。これにより、会社として「私たちは、メンバーの自律性を引き出し、チームを成長させることができるリーダーを評価します」という明確なシグナルを送るのです。

 同時に、「権限規定」の見直しも不可欠です。多くの日本企業では、意思決定権限が上位の役職者に過度に集中しており、現場のメンバーが自律的に判断できる範囲が極めて狭いのが実情です。これでは、いくらマネージャーが「君に任せる」と言っても、実質的な権限が伴わないため、メンバーは動きようがありません。人事部門は、事業部門と連携し、各等級や役職における権限と責任の範囲を、実態に合わせて大胆に見直し、委譲を進めるべきです。意思決定の迅速化と現場の主体性向上というメリットを経営層に訴えかけ、全社的なルールとして権限委譲を推進していくことが、自走する組織の「土壌」を耕す上で極めて重要なのです。

組織文化の醸成:心理的安全性を確保し、「学び」を奨励する仕掛け

 「自走」の根底には、メンバーが「失敗を恐れず挑戦できる」「自分の意見を率直に言える」という心理的安全性の高い環境が不可欠です。どれだけ明確な方向性が示され、権限が委譲されても、失敗が厳しく糾弾されるような文化では、メンバーは萎縮し、誰もリスクを取ろうとはしません。

 人事部門としては、この心理的安全性を全社レベルで醸成する「文化の仕掛け人」としての役割を担うべきです。例えば、「ナイスチャレンジ賞」「グッドフェイラー賞」のような制度を設け、結果の成否に関わらず、価値ある挑戦やそこからの学びを称賛する文化を意図的に作ることが有効です。また、部門を超えた社内勉強会や、ランチ代を補助して他部署のメンバーとの交流を促す「シャッフルランチ制度」などを通じて、風通しの良いコミュニケーションを活性化させることも、心理的安全性の向上に繋がります。

 さらに、記事で強調されている「学びのサイクル」を組織文化に根付かせることも人事の重要なミッションです。エンゲージメントサーベイを定期的に実施し、その結果を各部署にフィードバックするだけでなく、結果に基づいた職場改善ワークショップの開催を支援すること。あるいは、社内のイントラネットに「私たちの失敗談」といったコーナーを設け、各チームが経験した失敗とそこから得た教訓をオープンに共有することを奨励するのも良いでしょう。こうした取り組みを通じて、「問題が起きた時に犯人探しをするのではなく、再発防止の仕組みを考える」「成功も失敗も、すべてを組織の学びとして次に活かす」という行動様式が、組織のDNAとして根付いていくのです。

人事こそが「自走する組織」のアーキテクトでありたい

 越川氏の記事は、マネージャー個人への警鐘であると同時に、企業の人事戦略そのものへの問いかけでもあります。これからの人事部門は、単なる労務管理や制度運用のスペシャリストに留まってはなりません。組織という一つのシステムを俯瞰し、社員一人ひとりのポテンシャルが最大限に発揮される「自走する組織」を設計し、実装していく「アーキテクト(設計者)」としての役割が求められています。

 マネージャーへの「教育」、人事制度という「インフラ」、そして組織文化という「環境」。この三位一体の改革を粘り強く推進することによってのみ、企業は変化の激しい時代を乗り越え、持続的な成長を遂げることができるのです。その中心的な役割を担うのが、私たち人事担当者であるという気概を持って、日々の業務に取り組んでいく必要があると、この記事は教えてくれているように思います。

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