見出し画像

「知らなかった」では済まされないー日経記事から学ぶ、就活セクハラから学生と企業の未来を守る人事の役割

 日本経済新聞 電子版 2025年8月10日記事『就活セクハラどう防ぐ?  学生は通報に不安、外部窓口設置の動きも』を拝読しました。

OB・OG訪問に潜むリスクと企業の対策強化

 OB・OG訪問など、企業の公式な採用ルート外で行われる社員との接触は、学生がリアルな社風や働き方を知る貴重な機会です。しかしその一方で、密室での面談や私的な会食の場がセクシャルハラスメントの温床となるケースが後を絶ちません。被害に遭った学生は、選考への悪影響を恐れて声を上げにくいという深刻なジレンマを抱えています。

 この問題に対し、企業側もようやく重い腰を上げ始めました。あいおいニッセイ同和損害保険では、2025年4月に就業規則を改訂し、ハラスメントの対象を「社内外」と明記。就活生へのハラスメントが懲戒処分の対象となることを明確化しました。さらに「面会は日中」「私的な酒席への勧誘禁止」といった具体的なガイドラインを設け、学生と社員の双方が安心して交流できる仕組みを整えています。また、帝人も同様にガイドラインを策定し、プライベートなOB・OG訪問であっても、社員に節度ある行動を求めています。これらの動きの背景には、大手企業社員が就活生への性的暴行容疑で逮捕された事件や、2025年6月の男女雇用機会均等法の改正があります。

被害の実態と見過ごせない採用機会の損失

 就活セクハラの被害は、決して稀なことではありません。厚生労働省の調査によれば、インターンシップやそれ以外の就職活動中にセクハラを経験した学生は、男女ともに約3割にのぼります。加害者の多くはインターン先の指導役やOB・OG訪問で会った社員であり、「食事やデートへの執拗な誘い」「性的な冗談やからかい」といった行為が報告されています。

 見過ごせないのは、こうしたハラスメントが企業の採用活動に直接的なダメージを与えている点です。セクハラを経験した学生の約2割が、その企業への応募を断念しています。企業は知らぬ間に、優秀な人材を獲得する機会を自ら手放している可能性があるのです。専門家は、学生が企業のハラスメント対策を厳しく評価しており、対策の有無が企業選びに直結すると指摘します。特に「夜間の面会禁止」や「私的な連絡先の交換禁止」など、企業側が明確なルールを設けることを学生は望んでいます。

法改正による義務化と求められる企業の姿勢

 2025年6月、男女雇用機会均等法が改正され、これまで努力義務に留まっていた就活生など求職者に対するセクハラ防止措置が、ついに事業主に義務付けられる法律が公布されました。これにより、企業は相談体制の整備や研修の実施といった具体的な対応を迫られることになります。

 しかし、依然として半数以上の企業が「特に対策はしていない」のが現状です。専門家は、加害者の多くに自覚がない点を問題視し、時代とともに変化するコミュニケーションのあり方を理解する必要性を訴えます。また、売り手市場であっても、採用活動において企業が学生より構造的に強い立場にあるという自覚を持つことが、ハラスメント防止の第一歩だと指摘されています。

 こうした中、パソナセーフティネットが提供する相談窓口の代行サービスや、JaCER(ビジネスと人権対話救済機構)のような外部機関を通報窓口として活用する動きも出てきました。学生が安心して声を上げられる環境を作るためには、「申告しても選考に一切不利益はない」ということを企業が明確に約束し、広く周知することが不可欠です。就活セクハラは、学生の人権を侵害する重大な問題であると同時に、企業の存続をも揺るがしかねない経営リスクなのです。

【人事視点】就活セクハラ対策を「守り」から「攻めの採用戦略」へ

 この記事は、就活セクハラがもはや看過できないレベルに達していること、そして法改正によって企業に対応が義務付けられた現状を浮き彫りにしています。私たち企業の人事担当者は、この問題を単なるコンプライアンス上の「守り」の課題として捉えるのではなく、これからの時代を勝ち抜くための「攻め」の採用戦略、そして企業文化を醸成する絶好の機会と捉え、主体的に取り組む必要があります。

1. 「他人事」ではない、経営マターとしての現状認識

 まず人事として取り組むべきは、経営層を含めた全社的な意識改革です。就活セクハラは、「一部の不心得な社員が起こす個人的な問題」ではありません。記事が指摘するように、法的リスクやレピュテーションリスクはもちろんのこと、採用機会の損失という直接的な経営リスクに繋がります。

 SNS時代において、一つの不祥事は瞬く間に拡散され、「あの会社は学生を大切にしない」「ハラスメント体質の企業だ」というネガティブな評判は、何年もかけて築き上げた採用ブランディングを一瞬で地に堕とします。これは、採用コストの増大や母集団形成の質の低下に直結し、ひいては事業継続性を脅かす重大な問題です。

 人事としては、これらのリスクを具体的なデータや事例を用いて経営層に説明し、対策が「コスト」ではなく、未来の優秀な人材を確保し、企業を持続的に成長させるための「投資」であることを明確に訴えかける必要があります。法改正を「外圧」として受動的に対応するのではなく、これを機に自社のDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を推進し、より健全な組織文化を構築する好機であると位置づけるのです。

2. 自社の「不都合な真実」と向き合う実態把握

 次に行うべきは、自社の現状を正確に把握することです。多くの企業が「自社に限っては大丈夫だろう」と考えがちですが、記事にあるように被害は水面下で発生しているケースがほとんどです。まずは、社内に潜むリスクを可視化しなければなりません。

具体的な方法としては、以下のようなものが考えられます。

  • OB/OG訪問の実態調査
     
    社員がどのような形で学生と接触しているのか、人事として把握できているでしょうか。大学のキャリアセンターや研究室経由の公式なものだけでなく、SNSやOB/OG訪問アプリなどを通じた非公式な接触も増えています。まずは全社員を対象に、OB/OG訪問の経験やその際の状況について、匿名性を担保したアンケート調査を実施することが有効です。

  • インターンシップ参加者へのヒアリング
     過去のインターンシップ参加者に対して、守秘義務契約を結んだ上で、匿名でのヒアリングやアンケートを実施します。指導担当者の言動や、プログラム外での社員との交流で不安に感じたことがなかったかなど、具体的なフィードバックを収集します。

  • リクルーターへの意識調査
     採用活動に関わるリクルーターや面接官に対し、ハラスメントに関する知識や、学生との適切な距離感についてどの程度認識しているかを確認します。これにより、研修で重点的に扱うべきテーマが明確になります。

 これらの調査を通じて「不都合な真実」が明らかになるかもしれませんが、それから目を背けず、真摯に向き合うことが、実効性のある対策への第一歩となります。

3. 「攻めの採用戦略」としての具体的な対策パッケージ

 現状把握ができたら、いよいよ具体的な対策を講じます。これらは単独で機能させるのではなく、パッケージとして総合的に展開することで、より強力なメッセージとなります。

  •  迷わせない「明確なルールの策定」と「オープンな宣言」
     あいおいニッセイ同和損保や帝人の例に倣い、自社版のガイドラインを策定します。記事にある「日中の面会」「飲酒の禁止」「1対1での密室は避ける」「私的な連絡先の交換禁止」といった内容は必須項目でしょう。さらに、「面談内容は指定のフォーマットで人事に報告する」「SNSのDM機能を使ったやり取りは原則禁止」など、現代のコミュニケーション事情に即したルールも加えるべきです。
     重要なのは、このガイドラインを策定するだけでなく、採用サイトや説明会資料などを通じて学生に公表することです。「当社は、学生の皆さんが安心して就職活動に臨めるよう、全社員に以下のルールを徹底しています」と宣言することで、誠実な企業姿勢を強くアピールでき、他社との明確な差別化要因となります。

  •  意識を根底から変える「全社的な研修プログラム」
     
    「加害者に自覚がない」という点が最も根深い問題です。したがって、研修はリクルーターだけでなく、管理職を含めた全社員を対象に実施すべきです。
     研修内容は、単なる法令知識のインプットに留まらず、具体的なケーススタディを豊富に盛り込みます。「後輩を励ますつもりで食事に誘ったら、ハラスメントだと指摘された。何がいけなかったのか?」といった、善意が裏目に出るケースやグレーゾーンの判断に焦点を当て、ディスカッション形式で考えさせることが有効です。
     また、売手市場の現在でさえ、「企業は学生よりも構造的に強い立場にある」という非対称性の理解を促すことも重要です。学生にとって、社員からの誘いは実質的に断りづらい圧力となり得ることを、繰り返し伝える必要があります。

  •  心理的安全性を担保する「外部相談窓口の設置」
     
    「何かあれば人事部に相談してください」というだけでは、学生の心理的ハードルは下がりません。「人事に相談したことが選考に響くのではないか」という不安は当然のものです。
     ここで、記事にあるパソナセーフティネットのような代行サービスや、JaCERのような中立的な第三者機関の活用が極めて有効になります。これらの外部窓口を設置し、採用活動のあらゆる場面で「採用担当者には直接言いにくいことがあれば、こちらの外部機関にご相談ください。相談内容が本人の許可なく会社に伝わることはなく、選考に一切影響しません」と明示するのです。
     この取り組みは、学生に絶大な安心感を与えるのではないでしょうか。実際に相談があるかないかに関わらず、そのようなセーフティネットを用意しているという事実そのものが、企業の倫理観の高さを示す強力な証拠となり、学生からの信頼を獲得することに繋がります。

結論:未来の仲間を守ることが、企業の未来を守ること

 就活セクハラ対策は、もはやリスク管理という消極的な活動ではありません。学生一人ひとりの人権を尊重し、心理的安全性を担保しようという企業の姿勢は、Z世代やミレニアル世代が企業を選ぶ上で極めて重要な判断基準となっています。彼らは、給与や待遇だけでなく、その企業が社会に対してどのような価値観を持っているかを敏感に見抜きます。

 人事としては、法改正をきっかけに、自社の採用活動、ひいては組織全体のあり方を見直すリーダーシップを発揮すべきです。学生を守るためのルールを作り、社員の意識を改革し、誰もが安心して声の上げられる仕組みを整える。こうした一連の取り組みは、回り回って「この会社で働きたい」という志望動機を醸成し、エンゲージメントの高い優秀な人材の獲得に繋がる、最も効果的な「攻めの採用戦略」なのです。未来の仲間となる学生たちを守ることこそが、自社の未来を守ることに直結するという強い信念を持って、私たちは行動を起こさなければなりません。


いいなと思ったら応援しよう!