【書籍】妥協しない経営哲学:飯田亮氏に学ぶ、プロフェッショナルを育む組織の在り方
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)のp82「2月23日:」を取り上げたいと思います。
「警備保障」という言葉に込められた覚悟
日本にまだ「セキュリティー」という概念がなかった時代、セコムの創業者である飯田亮氏は、全くの白紙状態から事業を立ち上げました。契約書の用語すら存在しない中で、氏は「夜警社」という古めかしい名前を避け、「警備保障」という新しい言葉を造り出しました。当時の日米安全保障条約を背景に、「安全に責任を持つ」という強い意志を「保障」という二文字に託したのです。この言葉の定義こそが、顧客を守り抜くという組織の気概を醸成し、その精神が当たり前となる頃には、強固な組織体制が構築される土壌となりました。言葉を大切にすることが、組織の魂を作る第一歩であったといえます。
財務の安定と責任を両立させる「三か月前金」の原則
創業期の極めて厳しい状況下で、飯田氏は「三か月分前金」という大胆な原則を打ち出しました。これは単なる資金繰りのためだけではなく、万が一事故が発生した際に、確実に補償を行うための責任の裏付けでもありました。資本力が乏しい中で後払いに甘んじれば、事業が拡大するほど資金不足に陥るリスクを予見していたのです。当初は多くの顧客から拒絶され、三か月間も契約が取れない苦境に立たされましたが、氏は「補償の責任を果たせない契約は結ばない」という姿勢を崩しませんでした。この妥協なき姿勢が、結果として会社の財務体質を盤石にし、永続的なサービスの提供を可能にしました。
「顧客におもねらない」真摯さが生む信頼
飯田氏の経営哲学の根底には、安易な妥協を排する不屈の精神があります。契約書において、通常は買い手が「甲」となる慣習を覆し、あえて自社を「甲」とすることにもこだわりました。これには顧客からの反発もありましたが、一つひとつの仕組みになぜそのこだわりがあるのか、社員の生活を守り、質の高いサービスを維持するために必要なのだと体を張って説明し続けました。安易な値引きや条件緩和でもみ手をするのではなく、自らの信念を誠実に、かつ真実味を持って伝える。その真摯な姿勢こそが、表面的な愛想よりも深い顧客の信頼を勝ち取る源泉となったといえるでしょう。
すぐにもみ手をして、「いや私どもは、乙でも丙でも丁でも何でもいいですよ。もう好きなように決めてください。料金も後払いでいいんですよ」と。これじゃ、お客さんは信用しません。「なんでお前はそんなに頑固なんだ」とよく言われる。でも、これこれこういう理由で自分は社員の生活を守るためにこういうシステムを導入しているんだと体を張って説明すれば、お客さんはわかってくれるものです。この真しん摯しな姿勢がお客さんへの説得力になり、信用を生んでいくんです。

人事視点から考える:組織の気概と個人の誇りを育むマネジメント
役割と名称に「魂」を吹き込む組織開発
飯田氏が「警備保障」という言葉を自ら作り出したエピソードは、現代の組織運営における「アイデンティティの確立」という側面で非常に示唆に富んでいます。役割や部署の名称は、単なるラベルではありません。そこにどのような社会的意義を持たせ、どのような覚悟を込めるかによって、働く人々の意識は劇的に変わるからです。
例えば、既存の職種名に縛られず、その仕事が社会に提供する真の価値を再定義する試みは有効な一手と考えられます。「安全を守る」という行為を「保障する」と言い換えたように、日々の業務にどのような「誇り」を付加できるかを検討したいところです。言葉が浸透し、それが文化として定着するプロセスを大切にすることで、個々のメンバーが自らの役割に「気概」を持つよう促すことができるのではないでしょうか。言葉をおろそかにせず、定義を明確にすることは、組織の芯を作る作業といえるでしょう。
妥協のない採用基準とミッションへの共感
経営において「客におもねる」ことがマイナスであるという飯田氏の指摘は、採用や評価の基準を考える上でも重要な視点を与えてくれます。人手不足や急成長の過程では、どうしても基準を緩めて「妥協の産物」としての採用を行いたくなる局面があるかもしれません。しかし、飯田氏が「三か月前金」を貫き通したように、自社の根幹となる価値観や原則については、一歩も引かない姿勢が長期的な組織の安定に寄与すると考えられます。
自社のフィロソフィーを愚直に守り続けることは、短期的には機会損失に見えることもあります。しかし、厳しい条件であっても、その背景にある「なぜこのルールがあるのか」という真摯な説明に共感してくれる人材こそが、後に組織の強固な土台となります。安易に「入社しやすい条件」を提示するのではなく、あえて自社の譲れない一線を明確に示すことで、プロフェッショナルとしての自覚を持った人材を引き寄せることにつながるのではないでしょうか。
経済的基盤がもたらす「心理的安全保障」
「お金をもらっていないと補償できない」という飯田氏の言葉は、福利厚生や給与体系のあり方にも通じる本質的な問いを含んでいます。組織がメンバーや顧客に対して責任を果たすためには、その前提となる強固な財務体質と合理的なシステムが不可欠です。
これは、メンバーの安心感を守るための「規律」をどう設計するかという課題に置き換えられます。例えば、適正な利益を確保し、それをメンバーの成長や安定に還元するサイクルを明文化することは、単なる処遇の改善以上の意味を持ちます。それは「私たちはプロとして自立し、互いを守るための力を蓄えている」という自信につながるからです。無謀な拡張や安易な値下げを避け、自分たちが信じる適正な価値で勝負する姿勢を支援することで、組織全体の心理的な安定感を高めていきたいところです。
逆説的なコミュニケーションと信頼の構築
契約書の「甲乙」を逆転させ、あえて説明が必要な状況を作り出したというエピソードは、コミュニケーションの質を考える上で非常に興味深いものです。一見すると効率が悪く、顧客に不親切に思えることでも、その背景にある「思想」を真摯に語る機会に変えることで、かえって深い信頼関係が構築されるという現象です。
これを対内的なコミュニケーションに応用すれば、社内の厳しいルールや独自の文化についても、単に「決まりだから」と押し付けるのではなく、対話のきっかけとして活用する道が見えてきます。なぜこの仕組みがあるのか、それがどのように社員の生活やサービスの質を守っているのかを、汗をかいて説明するプロセスを厭わないようにしたいものです。その真摯な姿勢そのものが、メンバーにとっての「この会社は信頼できる」という確信に変わっていくのではないでしょうか。説明を省くことよりも、信念を語り尽くすことが、組織のエンゲージメントを高める一手になるといえるでしょう。
独自の「生き筋」を見出す不屈の精神の育成
「すべて白紙からのスタート」であった飯田氏の歩みは、現代の不確実な環境下で新しい事業や価値を生み出そうとするすべての人にとっての指針となります。既存の枠組みがない中で自ら「生き筋」を見つけるためには、変な欲に振り回されず、自分の決めた方法をやり抜く強さが求められます。
このような不屈の精神を育むためには、成功体験の提供だけでなく、困難な状況下で「自らの信念を問い直す」経験を推奨することが考えられます。他者の模倣や妥協による解決ではなく、自社らしい、あるいは自分らしい解決策を粘り強く考え抜く姿勢を称賛する文化を醸成したいところです。近道を探すのではなく、あえて「簡単に売れる方法を避ける」という気骨のある姿勢を尊ぶことで、他社には真似できない独自の強みを持った組織へと進化していけるのではないでしょうか。
おわりに:真摯さが生むプロフェッショナリズム
飯田氏の言葉を振り返ると、そこには常に「真摯さ」というキーワードが流れていることに気づかされます。顧客に対しても、社員に対しても、そして自分自身の信念に対しても嘘をつかない。その実直な姿勢が、結果として「セコム」という巨大なブランドの信頼を築き上げました。
私たちは、効率やスピードが重視される現代においても、この「体を張った説明」や「妥協のない原則」の価値を再認識すべきかもしれません。一人ひとりが自分の仕事に対して「保障」という言葉に込められたような責任感を持ち、組織全体がそれを支える仕組みとして機能する。そのような健全で強い組織を目指して、日々の制度設計や対話の積み重ねを大切にしていきたいものです。創業者が命を吹き込んだ「言葉」の力を信じ、私たちもまた、新しい時代の「気概」を言葉にし、行動に移していくことが求められているといえるでしょう。

致知出版社が 50年近く探究してきた「人間学(=人間性を高める学び)」をテーマに、365人のプロフェッショナルの強烈な体験談から、 時代、業種、年齢、立場を越えて通底する「仕事と人生の法則」、「幸福に生きるためのヒント」を結晶化させた、全世代に贈る教科書です。
(=致知出版社の紹介から引用)
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