【第22話】「予算は10万円あります」その一言で、僕の欲が顔を出した
「予算上限:月額10万円」
一社目のお客さんから紹介された、
僕たちにとっては、
これまでで一番大きな会社。
導入実績は、
たった一社。
それでも、
格好をつけず、
「一社です」
と答えました。
そして。
セキュリティ。
障害対応。
継続性。
いくつもの質問を受けた末、
相手から、
一部署でのテスト導入を、
検討してもらえることになりました。
数日後。
届いた資料に書かれていた数字。
月額10万円。

僕は、
しばらくその数字を見ていました。
月額3万円を口にするだけで、
あれほど緊張したのに。
今度は、
相手の方から、
10万円まで出せると言っている。
そして。
僕の頭の中に、
よくない考えが浮かびました。
「じゃあ、10万円でいいんじゃない?」
「予算があるなら、もらえばいい?」
三人で、
資料を見ました。
僕は言いました。
「月10万円まで、
予算あるってことだよね」
友が答えました。
「そう書いてありますね」
「だったら、
10万円で出す?」
友は、
少し困った顔をしました。
先輩は、
何も言いません。
この人が黙っている時は、
たいてい、
こちらに何かを考えさせようとしています。
僕は聞きました。
「先輩はどう思います?」
すると。
返ってきたのは、
また質問でした。
「何で10万円なんだ?」
「いや、
相手が10万円までって……」
「相手に予算があるから?」
「まあ……はい」
先輩は、
僕をじっと見ました。
「それ、
お前が9,800円って言った時と、
何が違う?」
僕は、
言葉に詰まりました。
安くするのも、高くするのも同じだった
僕は、
何となく安い方が売れそうだから、
月額9,800円と言いました。
根拠は、
ありませんでした。
今回は。
相手が10万円まで払えると言っているから、
10万円にしようとしている。
一見、
逆です。
でも。
先輩が言いたいことは、
すぐに分かりました。
どちらも。
価値ではなく、相手の懐を見て値段を決めている。
安くすればいい。
高く取れればいい。
その二つは、
実は同じだったのです。
僕は、
少し恥ずかしくなりました。
「で、今回は何が違う?」
友が、
ホワイトボードに、
今回の導入内容を書き始めました。
一社目とは、
かなり違います。
利用する人数が多い。
扱うデータも多い。
複数の担当者がいる。
管理者向けの確認画面も必要。
セキュリティ面の確認も増える。
そして。
定期的な報告も求められる。
友が言いました。
「月3万円のプランと、
同じでは無理ですね」
確かに。
金額だけを見ると、
「3万円が10万円になる」
ですが。
提供するものも、
責任も、
明らかに違います。
僕たちは、
一つずつ、
必要な作業を書き出しました。
初期設定。
利用者管理。
問い合わせ。
運用確認。
月次レポート。
障害時の連絡。
設定変更。
そして、
セキュリティ対応。
友が、
作業時間を見積もります。
先輩が、
リスクを確認します。
僕は、
お客さんが得る価値を考える。
三人の役割が、
自然に分かれていました。
10万円の価値はあるのか
僕たちは、
相手企業の現在の業務を、
もう一度確認しました。
対象となる仕事には、
毎月かなりの時間がかかっていました。
担当者だけではありません。
確認する管理職。
修正する人。
報告をまとめる人。
それぞれに、
少しずつ時間がかかっている。
もし、
僕たちのサービスで、
その時間を大きく減らせるなら。
年間で考えると、
かなりの時間になります。
しかも。
単純な時間削減だけではありません。
入力ミスを減らす。
確認作業を減らす。
担当者しか分からない仕事を、
仕組みにする。
引き継ぎを楽にする。
一社目より、
生み出せる価値は、
明らかに大きい。
僕は言いました。
「じゃあ、
10万円でも安いくらい?」
すると。
先輩が、
また止めました。
「だから、
すぐそっちに行くな」
また、
怒られました。
値段は「取れるだけ取る」ものではない
先輩が言いました。
「相手に100万円の価値があるからって、
100万円取るのか?」
「いや……」
「相手が払える上限まで、
毎回取るのか?」
「それも違いますね」
「だったら、
お前たちが、
継続して責任を持てる金額を出せ」
僕たちが、
きちんとサービスを続けられる。
お客さんにも、
投資した以上の価値がある。
双方が、
「これなら続けられる」
と思える金額。
そこを探す。
価格とは。
勝ち負けではない。
できるだけ高く売った方が、
こちらの勝ち。
できるだけ安く買えたら、
相手の勝ち。
そんな話ではない。
長く付き合える条件をつくること。
それが、
値段を決めるということなのかもしれません。
僕たちが出した金額
何度も計算しました。
提供するサービス。
必要な対応時間。
リスク。
そして、
相手が得る効果。
最終的に、
僕たちは、
一つの金額を決めました。
月額6万円。
僕は、
少し拍子抜けしました。
相手の予算上限は、
10万円。
それなのに、
6万円。
「8万円くらいでも、
よかったんじゃない?」
まだ、
少し欲が残っています。
友が笑いました。
先輩が言いました。
「なら、
8万円にする理由を説明してみろ」
できません。
だから。
6万円。

これが今、
僕たちが説明できる金額でした。
「なぜ6万円なんですか?」
提案の日。
相手の担当者へ、
料金を伝えました。
「今回のテスト導入については、
月額6万円でご提案します」
すると。
意外な質問が返ってきました。
「予算上限は10万円と、
お伝えしていたと思いますが」
僕は、
一瞬、
ドキッとしました。
安すぎて、
逆に怪しまれた?
そう思いました。
でも。
ここは、
正直に話すしかありません。
「はい」
「ただ、
今回の範囲を整理した結果、
10万円分のご請求をする理由が、
現時点ではないと判断しました」
言った瞬間。
少し格好つけすぎたかな、
と思いました。
でも。
事実です。
「テスト導入で必要になる運用、
サポート、
レポートまで含めて、
6万円で継続可能だと判断しています」
「もし、
対象部署が増えたり、
追加機能が必要になれば、
その時に改めてご相談させてください」

相手は、
しばらく資料を見ていました。
そして。
言いました。
「分かりました」
さらに。
続けました。
「その考え方なら、社内でも説明しやすいです」
高くしなかったことが、信用になる
その言葉は、
僕にとって、
少し意外でした。
安くしたから、
喜ばれたのではありません。
「なぜ、その価格なのか」
説明できた。
それが、
評価されたのです。
あとで、
先輩が言いました。
「価格も、
会社の姿勢が出るからな」
確かに。
価格には、
僕たちが、
お客さんとどう付き合いたいのかが、
そのまま出ます。
安さだけで勝負するのか。
相手の予算上限まで取るのか。
それとも。
価値と責任を、
きちんと説明して、
金額を決めるのか。
3万円を言うのが怖かった。
今回は。
10万円取らないことに、
少し迷った。
僕は、
少しずつ、
価格というものが、
分かってきた気がしました。
二社目の契約
数日後。
正式に、
テスト導入の連絡が来ました。
月額6万円。
まずは、
一部署。
期間は、
3か月。
僕たちにとって、
二社目の契約です。
一社目。
月額3万円。
二社目。
月額6万円。
合計。
月額9万円。
僕は、
電卓の数字を、
何度も見ました。
まだ、
大きな会社とは言えません。
でも。
ゼロだった売上が。
3万円になり。
9万円になった。
数字が、
少しずつ積み上がっていく。
あの売上目標を見て、
三人で黙った夜。
あの時は、
とても遠く感じました。
今も、
まだ遠い。
でも。
少なくとも、
ゼロではない。
僕は、
少しだけ嬉しくなりました。
すると。
友が言いました。
「喜ぶの、
まだ早いですよ」
最近。
先輩だけでなく、
友まで、
僕を浮かれさせてくれなくなりました。
大企業の「一部署」は、大きかった
テスト導入の準備が始まりました。
そこで。
僕たちは、
新しい現実に直面します。
一社目では、
担当者と直接話せば、
ほとんどのことが決まりました。
でも。
今回。
情報システム部門。
業務担当。
管理職。
セキュリティ担当。
複数の人が、
関わります。
一つ設定を変えるだけでも、
確認が必要。
一つのデータを扱うだけでも、
ルールがある。
僕は、
思いました。
「同じサービスなのに、
全然違う」
会社の規模が変わると。
必要なのは、
機能だけではない。
説明。承認。記録。
そういうものが、
一気に増える。
そして。
テスト開始前日。
先方から、
一通のメールが届きました。
添付ファイル。
タイトル。
「情報セキュリティチェックシート」
僕は、
ファイルを開きました。
項目数。
87項目。
僕は、
しばらくスクロールしました。
まだ終わりません。
友も、
画面を見ています。
先輩が聞きました。
「どうした?」
僕は答えました。
「……87問あります」
先輩は、
少し笑いました。
「答えればいいだろ」
簡単に言います。
僕は、
もう一度、
画面を見ました。
アクセス管理。
データ暗号化。
バックアップ。
委託先管理。
ログ。
インシデント対応。
事業継続。
聞いたことはある。
でも。
会社として、
答えを持っていないものもある。
二社目の契約が決まったその日。
僕たちは、
また新しい壁の前に立っていました。
📝まとめ
相手から提示された、
月額10万円という予算。
正直。
最初は、
思いました。
「10万円もらえばいい」
でも。
それでは、
何となく9,800円と決めた時と、
同じでした。
価格を決める基準は、
「相手がいくら払えるか」
だけではない。
僕たちが、
どんな価値を提供するのか。
どこまで責任を持つのか。
そして。
そのサービスを、
継続して提供できるのか。
僕たちが出した答えは、
月額6万円。
予算上限より、
4万円低い金額でした。
でも。
その理由を、
僕たちは説明できました。
そして。
相手から返ってきた言葉。
「その考え方なら、社内でも説明しやすいです」
価格は、
ただの数字ではない。
会社の姿勢なのかもしれません。
「情熱」の僕。
「技術」の友。
「経験」の先輩。
僕たちは、
ようやく二社目の契約まで、
たどり着きました。
月額売上。
9万円。
まだ、
小さな数字です。
でも。
確実に、
前へ進んでいる。
そう思った直後。
届いた、
一枚のExcelファイル。
情報セキュリティチェックシート。
87項目。
僕たちは、
そこで初めて知ります。
大きな会社と仕事をするためには、
「いいものを作れる」
だけでは、
まったく足りないということを。
僕たちは、
サービスではなく、
「会社そのものを審査される」
ことになります。
そして。
87番目の質問。
そこに書かれていた一文を見て、
僕たち三人の空気が、
一気に変わります。
――第23話へ続く。
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