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掌に灯る熱 - 朝靄の電車

今日は「いつもの朝」から、書き始めた掌編です。

#掌に灯る熱


『朝靄の電車』


朝靄に包まれた道を、まだ寝惚けた頭のまま、トボトボと歩いて行く。

朝の駅は、私と同じでまだ少し、眠そうだった。

いつものように改札を通り、いつものホームで、いつものホームドア付近で電車を待つ。

いつもの朝。

朝靄だけがいつもと違う景色を作っている。

そのとき、反対側のホームに電車が滑り込んできた。

会社へ行くのとは反対方向の電車。

私が乗る満員電車とは違う、空席の目立つ座席。

誘われるように。
その空いている一角に腰を下ろすと。
待っていたように電車は走り出した。

車窓から見える景色がいつもと違う。

朝靄に包まれた、初めて見る新鮮な景色。

いつも。
いつもいつもいつも。

本当は願っていた。

ココではない何処かへ行きたいと。

会社へ行くための電車。

反対側の電車に乗ったら、何処へ行くんだろう、と。

反対側の電車に揺られて。
ボーッとしたまま幾つもの駅を通り過ぎた。

知らない地名。
知らない街並み。

ふと、手元の携帯電話の液晶を見る。

週末の金曜日。
あと少しで就業時間。

私、何やってるのかな……。

あまりにも突拍子もない自分の行動に。
遅れて現実が追いついてくる。

休みの連絡、しなくちゃ。

ここまで来てしまっては、どちらにしろ始業時間には間に合わない。

自分のしてしまったことに気が付いて後悔ばかりが押し寄せてくる。

溜め息を吐きながら、スマホ画面を操作していたとき。

キラッ。

視界の端で何かが煌めいた気がして、顔を上げた。

……海だ。

私は慌てて、カバンを掴んで電車を降りた。

吹き曝しの何もないホーム。
無人の改札。
一つしかない出入口。

その全てが目の前の海へ向かって開かれている。

私は、訳も分からずに。
心の踊るまま、子どものように駆け出した。

海だ、海!
海!!

砂浜を踏みしめて、波打ち際へ。

ザザーン、ザザーンと静かに寄せては返す凪の波。

何処までも続くような。
全てを包み込むような大きな海。
子守唄のような優しい波音。

なんだか勇気をもらえたような気がして。

そのまま、砂がつくのも構わずに足を抱えて座り込んだ。

そして、握っていたスマホで、会社に休みの連絡を入れる。

「んーーーっ!」

思い切り腕を上げて、背伸びをした。

ずっと体に力を入れながら、過ごしていた気がする。

ふぅっと体から力を抜いて、ゴロンと砂浜に寝転んだ。

「何やってるんだろ、私」

フフッと笑いが込み上げる。

何処かも知らない駅で、電車を降りた。

潮風が気持ちいい。

さぁ、予想もしていなかった3連休だ。

美味しい海鮮でも食べて、この旅を楽しもう。

そう。

誰だって。

たまには逃げてもいい。



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