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【一言メモ/コラム】2025/12/19『数字が人を壊す組織、倫理が息づく組織~構造的事故を防ぐために、私たちができること~』

2025年12月1日、朝日新聞朝刊の一面トップに、
ハローワーク職員による就職件数の不正水増し事案が報じられました。

職員が偽名を使い、求職者になりすまして就職件数を虚偽計上していた。
数値目標が現場でノルマ化し、その圧力が不正を生んだ——。

詳細は今後明らかになっていくでしょう。

しかし、この出来事を
「公共機関の不正」
「一部職員の倫理欠如」
で片づけてしまうなら、同じことは必ず繰り返されます。

ここで起きているのは、個人の問題ではありません。
制度と文化が、人を追い込んだ構造的な事故です。

では、私たちは何を見落としてきたのか。
そして、何を変えなければならないのか。
今日は、この問いを真正面から考えてみたいと思います。


◆ 真面目さが不正を生む逆説

組織のなかで、人は「期待に応えたい」「役に立ちたい」という健全な動機を持っています。
そのために、数値目標を達成しようと強く動機づけられることがあります。

しかし、その真面目さこそが、歪んだ制度の中では「数字のための行動」へと誘導されてしまう——
これは、決して珍しいことではありません。

盲目的に従った結果、
ある人は、行き過ぎて不正に手を染め、
ある人は、自身の心身を消耗させていく、、、

心理学では、これを「倫理的スリッページ(Ethical Slippage)」と呼びます。

過度なプレッシャーは視野狭窄を生み、
「本来正しくない」と知りつつも、
小さな逸脱を正当化させていく。

不正は、ある日突然起きるのではありません。
真面目さが、少しずつ削られた結果として起きるのです。

◆ 価値の逆転を警戒せよ

組織の使命(顧客への提供価値や支援の質)と、
測定しやすい数値(件数や短期的売上)が一致しているか。
常に疑うことが必要です。

「数字が良い=良い仕事」という誤った価値観が浸透し始めると、
本来時間と手間をかけるべき「困難だが重要な仕事」が後回しにされ、
価値の逆転現象が起きます。

グッドハートの法則(Goodhart's Law)が示すように、
「ある指標が目標になった瞬間、その指標は良い指標ではなくなる」のです。

なぜ、前年より増加しなければならないのか。
その数字に、どんな根拠があるのか。

多くの場合、答えられません。
それは願望であって、根拠も妥当性もないからです。

それなのに、数を揃えるために、頑張って数量を増やす。
誠実な努力が、質の低いアウトプットを増産する手助けになっていないか——
自問し続けることが大切です。


◆ 同調圧力に倫理を摩耗させるな

不正を生む最大の動機は、金銭ではなく「空気」です。

「数字を落とせない」
「波風を立てない」
「組織の空気を乱さない」
「期待を裏切られない」
といった同調圧力は、金銭的な動機よりも強く、人の判断を揺るがします。

社会心理学者ソロモン・アッシュの同調実験が示したように、
集団の圧力は、個人の判断を驚くほど容易に歪めます。

もし、自分の心が「これはおかしい」と感じた瞬間があったならば、
その感覚と深く向き合うこと。

制度や暗黙の統制が、現場にいる人に無理を強いているシグナル——制度の悲鳴——です。

その感覚を無視し続けると、やがて倫理は音もなく削られていきます。
立ち止まる勇気が、あなた自身と、組織の信頼を守ります。

◆ 構造的事故を防ぐ鍵は、ミドル層が握っている

ミドル層(管理職・マネージャー)は、上層部からの圧力と、現場のリアリティの板挟みになりやすい立場です。

この認識をまず持つことが、すべて出発点です。

上からの数値や指示をそのまま現場に伝達するだけでは、
「数字の取り合い」や「分断」を生み、
組織を事故へと導きます。

ミドル層は、
事故を生む構造を強化する存在にも、
それを食い止める「防波堤」にもなり得る。

その責任は、想像以上に重いのです。

◆ 「測れる価値」だけが支配する組織の末路

結果指標だけを追えば、現場の行動は自動的に「数字に最適化」されます。

その結果、手間のかかる支援など、数値化しにくい「プロセス」や「質」が軽視され、切り捨てられます。

マクナマラの誤謬(McNamara Fallacy)が警告したように、
「測定できるものだけを重視し、測定できないものを無視する」組織は、
必ず道を誤ります。

ミドル層の役割は、盲目的に結果の数字を見ることを止め、
質とプロセス評価を適切に組み込むこと。

短期間で結果が出る容易な業務(1件)と、時間をかけた困難な業務(1件)が同じ重みで評価されてしまう不均衡を是正すること。

これは、マネジメントの本質的な責務です。

◆ 負荷を部下に集中させない構造を築け

人は、評価や雇用の不安を抱えている場合、数値目標は想像以上に強い圧力になります。

管理職の役割は、その圧力をそのまま下に流すことではありません。

現場の誠実な努力が、制度の欠陥によって削られないよう、「防波堤」となることです。

個人の努力を数値に直結させるのではない。

「困難なケースに複数人で対応できる文化」を築くこと。
「現場の声を制度設計に反映させるガバナンス」を強化すること。
「人が安心して本来の使命に集中できる環境」を整備すること。

エイミー・エドモンドソンが提唱した心理的安全性は、まさにこのような環境を指しています。

◆ 不正は「人」ではなく「構造」が生む

不正や事故が起きた時、個人処分で終わらせてはいけません。

組織論の巨人チェスター・バーナードが指摘したように、
「組織の失敗は、個人の倫理観の欠如ではなく、システムの欠陥から生じる」。

評価体系、目標設定、といった制度。
そして、それを許す文化。
それらを見直さなければ、また別の誰かが、同じ役割を演じてしまうだけです。

◆ 問い

あなたの組織では、
「数字のための仕事」になっていないでしょうか。

現場の違和感を、
見て見ぬふりをしてはいないでしょうか。

そして、もしあなたがミドル層にいるならば——
上からの圧力と、現場の間で、
防波堤となれているでしょうか。

不正を生むのは、人の弱さではありません。
構造の歪みです。

その歪みを正す力は、
一人ひとりの小さな判断と、勇気ある行動から始まります。

数字が人を壊す組織ではなく、
倫理が息づく組織へ。

その転換は、決して遠い理想ではないのです。

素敵な週末をお過ごしください。


◆ キーワード・参考情報

#グッドハートの法則 (Goodhart's Law)
経済学者チャールズ・グッドハートが提唱。「ある指標が目標になった瞬間、その指標は良い指標ではなくなる」。数値目標化された瞬間、人々はその指標を最適化する行動を取り、本来の目的から逸脱する。

#同調圧力 (Conformity Pressure)
社会心理学者ソロモン・アッシュの実験が示したように、集団の圧力は個人の判断を容易に歪める。
「数字を落とせない」「組織の空気を乱したくない」という圧力は、金銭的動機より強く作用することがある。

#マクナマラの誤謬 (McNamara Fallacy)
ベトナム戦争時の米国防長官ロバート・マクナマラに由来。
「測定できるものだけを重視し、測定できないものを無視する」姿勢。数値化しやすい指標のみで判断すると、本質的な価値や質が見失われる。

#心理的安全性 (Psychological Safety)
エイミー・エドモンドソンが提唱。
チームメンバーが対人リスクを取っても安全だと感じられる状態。不安や恐れなく意見を言える環境が、倫理的な組織文化の基盤となる。

#構造的事故
個人の過失ではなく、組織の構造やシステムの欠陥が引き起こす事故や不正。
チャールズ・ペローの「ノーマル・アクシデント理論」が示すように、複雑なシステムでは事故は避けられず、構造的要因を取り除くことが重要。

#質とプロセスの評価
結果指標のみでなく、業務の質や支援プロセスを評価に組み込むこと。
容易な業務と困難な業務を同じ重みで評価する不均衡を是正し、本質的な価値創造を評価する仕組みが必要。

#チェスター・バーナードの組織論
経営学者チェスター・バーナードは『経営者の役割』で、「組織の失敗は、個人の倫理観の欠如ではなく、システムの欠陥から生じる」と指摘。
組織は協働システムであり、その設計と運用が倫理的行動を左右する。

#ノーマル・アクシデント理論 (Normal Accident Theory)
社会学者チャールズ・ペローが提唱。
複雑で密結合したシステムでは、事故は避けられない「正常な」出来事。個人の責任追及ではなく、システム設計の見直しが事故防止の鍵となる。

#役割期待と同調
組織における役割期待(上司の期待に応える、チームに貢献する)が、健全な動機から逸脱行動へと転化するメカニズム。真面目さや責任感が、構造的圧力と結びつくと、不正の温床となる。



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