なぜ私は、ここまで正直に書くのか
「お金と仲良くなるまで」というシリーズを書き始めて、
ふと思ったことがありました。
「あえて、自分の恥ずかしい部分まで
人に見せる必要なんてないんじゃないか」
家を失ったこと。
家族のお金の問題。
お金が怖いのに、
買い物をやめられなかったこと。
そして、
そんな自分を
ずっと責めてきたこと。
正直、
ここまで自分のことを
文字にするのには勇気がいりました。
それでも今、
私は書いてみようと思っています。
書くことで、私自身も気づいていく
ひとつは、
書くことで、
私自身が自分の過去を
少し離れたところから
見つめられるからです。
「あの頃の私は、
どうしてあんなことをしていたんだろう」
そうやって、
ひとつずつ
過去をたどっていく。
すると、
今まで、
「こんな自分は嫌だ」
「私はどうしてこんなにダメなんだろう」
と責めていた行動の奥に、
別の気持ちがあったことに
気づき始めました。
愛されたかった。
安心したかった。
見てほしかった。
大切にしてほしかった。
そんな、
小さい頃から
心の中に残っていた、
満たされなかった願い。
私は、
「ダメな自分」を
直さなければいけなかったのではなく、
その奥にいる自分の声に、
気づいてあげる必要が
あったのかもしれません。
きれいな文章を書きたいわけじゃない
そして、
もうひとつ。
今回、
できるだけ正直に書こうと
決めた理由があります。
それは、
「自分をよく見せたい」
「こんなことを書いたら、
どう思われるだろう」
「恥ずかしい」
そんな気持ちも、
少しずつ
手放していきたいと思ったからです。
もちろん、
何もかもを
人に見せる必要はないと思っています。
自分の大切な部分まで、
無理にさらけ出す必要もない。
でも、
伝えると決めたことまで、
自分をよく見せるために
きれいに包んでしまったら、
本当に伝えたいことが
伝わらなくなってしまう気がしました。
たとえば、
「子どもの頃、
ある出来事があって、
お金が怖くなりました」
そう書くこともできます。
でも、
それだけでは、
あの日、
突然、家がなくなったこと。
母の涙を見て、
自分は泣けなかったこと。
その後も、
家族のお金の問題に
振り回されたこと。
そして大人になって、
お金が怖いのに
買い物をやめられず、
そんな自分を
また責め続けていたこと。
そこまで続いてきた、
私の中の
「お金への怖さ」は、
きっと伝わらないと思ったのです。
「ある出来事がありました」
「いろいろありました」
そうやってぼかせば、
きれいな文章には
できるかもしれない。
でも私は、
きれいな文章を
書きたいわけではありません。
私が、
何に傷つき、
何を怖がり、
どんな自分を責めてきたのか。
そして、
その奥に何があったのか。
そこまで書くからこそ、
同じように苦しんでいる誰かの心に、
届くことがあるのではないか。
そう思いました。
私にとって、お金はただの「お金」ではなかった
私は、
お金がなくなることが怖い。
でも、
お金を持っていることも怖い。
そして、
使いすぎると、
そんな自分を
また責める。
どうして私は、
こんなにも
お金が怖いんだろう。
過去をたどっていくと、
少しずつ
見えてきました。
私にとってお金は、
ただ生活のために
使うものではなかった。
人を傷つけるもの。
大切なものを奪うもの。
家族を苦しませるもの。
人生を突然
変えてしまうもの。
子どもの頃からの経験の中で、
いつの間にか私は、
お金を、
そんな「怖いもの」として
感じるようになっていたのだと思います。
だから、
欲しいのに怖い。
持っていても怖い。
なくなるのも怖い。
使えば、
自分を責める。
私はずっと、
お金と戦っていたのかもしれません。
「自分だけじゃなかった」と思ってもらえたら
私がこの経験を書く、
もうひとつの理由があります。
もし今、
「こんな自分、恥ずかしい」
「こんな自分が嫌い」
「自分には価値がない」
そんなふうに
自分を責めている人がいたら、
私の経験を読んで、
「なんだ、
自分だけじゃなかったんだ」
と思ってもらえたら。
誰かが、
「私はこうやって変われました」
と話してくれることも、
もちろん希望になります。
でも、
悩みの中にいるとき、
知りたいのは、
その人が、
どんなことで悩んで、
どんなことで苦しんで、
どんな自分を
嫌ってきたのか。
そんな部分だったりするのではないかと思います。
誰かの経験を知って、
「自分だけじゃなかった」
と思えるだけで、
少し心がほどけることもある。
そして、
「どうして自分はこんなことをするんだろう」
と責めていた行動にも、
もしかしたら、
ちゃんと理由があったのかもしれない。
愛されたかった。
安心したかった。
大切にしてほしかった。
そんな、
小さい頃から
満たされずに残っていた願いが、
その奥に
隠れていることもあるのかもしれません。
そこに気づいて、
あの頃の自分の気持ちを
もう一度見つめてあげる。
それも、
インナーチャイルドを
癒していくことのひとつなのだと、
私は感じています。
まだ途中の今だから
私はまだ、
お金と仲良くなれたわけではありません。
何か大きな結果を
出したわけでもありません。
すべてを
克服したわけでもありません。
まだ、
途中です。
でも、
以前とは違います。
今の私は、
もう、
お金に振り回されたくない。
お金を怖いものにしたくない。
お金と仲良くなりたい。
そう思って、
前を向き始めています。
全部乗り越えたあとではなく、
苦しみの真ん中でもなく、
まだ途中だけれど、
前を向き始めた今。
だからこそ、
今が、
伝えるタイミングなのかもしれない。
そう感じています。
苦しかった経験を、光に変えていく
人には、
それぞれの向き合い方があります。
向き合えるタイミングも、
きっと違います。
でも、
私にとっては、
「向き合うこと=伝えること」
なのかもしれません。
書きながら、
自分の過去を見つめる。
気づかなかった気持ちに気づく。
そして、
もう、
過去の出来事も、
過去の自分も、
責めない。
あの頃の私には、
あの頃の私なりの理由があった。
もし、
私が苦しかった経験を
こうして伝えることで、
誰かが、
「自分だけじゃなかった」
と思ってくれたなら。
そして、
「こんな自分はダメ」
と責める代わりに、
「自分にも、
そうなった理由があったのかもしれない」
と、
ほんの少しでも
自分に優しくなれたなら。
私が苦しかった経験も、
誰かの癒しや、
誰かを照らす小さな光に
変わっていくような気がしています。
だから私は、
自分をよく見せるためではなく、
お金と仲良くなっていく途中の私を、
これからも、
できるだけ正直に
綴っていこうと思います。
by solana♡
