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何を一番大事にしてるか、言えますか


忙しい日々のなかで、いつの間にか大事なものが増えていく。

仕事も大事。お金も大事。家族も大事。健康も大事。
ちゃんとしてる感じも大事。周りからの評価も大事。

全部大事、と言っているうちに、
何が一番かわからなくなる。

わからないまま走ると、
毎日なにかに追われている感じだけが残る。
頑張っているのに、満たされない。
そういう疲れ方をする。

忙しいことと、大切に生きていることは、同じじゃない。
ここを混ぜると、ずっと息が浅くなる。

◇ ◇ ◇

「全部大事」は優しさに見えるけど、
実はかなり苦しい足し算だと思う。

全部を守ろうとすると、夜も頭が休まらない。
どれを後回しにした瞬間に、罪悪感が出る。

「あれもやらなきゃ」「これも見捨てちゃいけない」
そうやって優先順位のない山ができていく。

山が増えるほど、自分の真ん中は見えなくなる。
大事なものが増えるほど、大事なものが消える。
少し皮肉だけど、本当にそうなりやすい。

全部を大事にしようとする人ほど、
自分の休息だけが後回しになりがちでもある。

だから私は、ときどき自分に聞くことにしている。

「今の私の、いちばん上は何?」

これは正しさを決める質問じゃない。
優先順位の最上段を、一度だけ言語化する質問。

たとえば、ある時期の私は「ちゃんとして見えること」が上だった。
別の時期は「休むこと」が上だった。
今は「自分を責めすぎないこと」が、わりと上にある。

変わる。それでいい。
一生ものの正解を見つける必要はない。

季節が変われば、最上段も変わっていい。
変わっていいと知っているだけで、少し楽になる。

大事なのは、最上段が曖昧なまま、
全部を同時に抱えないこと。

曖昧なままだと、目の前の急ぎごとが全部「最優先」に見える。
そうなると、引き算のしようがない。

最上段がないと、他人の緊急が、自分の人生になる。

◇ ◇ ◇

最上段が決まると、下のものが自然に減る。

「今はこれじゃない」と言えるようになる。
断る理由ができる。
夜に追う情報も減る。

引き算は、気合で物を捨てることだけじゃない。

何を一番にするかが決まると、
二番以下を手放しやすくなる——そういう引き算もある。

逆に、最上段が揺れていると、
目の前の流行や他人の正解に流されやすい。

SNSの正しさ。誰かの成功談。新しいノウハウ。

全部が「今の私にも必要かも」に見えてしまう。
必要かも、が増えるほど、余白は消える。

他人の最上段を、自分の最上段だと勘違いすると、
人生はずっと借り物になる。

借り物の優先順位で走ると、ゴールに着いても息が整わない。

だから今夜、ひとつだけでいい。

紙にでもメモにでも、一行書いてみてほしい。

「今の私がいちばん大事にしたいのは、___」

立派な言葉じゃなくていい。
「眠ること」でも「静かな時間」でも「家族との晩ごはん」でもいい。

それが言えた瞬間、頭の中の足し算は少し静かになる。
二番以下は、今夜はやらなくていい、と言えるようになる。

人生を変える大きな儀式じゃなくていい。

ただ、最上段を一度はっきりさせる。
それだけで、余白は戻り始めると思う。

何を大事にするかがわかると、
何を手放していいかが、やっと見え始める。

引き算の出発点は、捨てることより、選ぶことなのかもしれない。

選んだものは、小さくていい。
小さいほど、今夜から守れる。

最上段が決まると、不思議と怒りも減る。

全部を守れない自分を責めなくてよくなるから。
「今夜はこれだけ」と言えるようになるから。

引き算部屋の感覚で言えば、
優先順位を決めることは、心の片づけでもある。

いちばん上の棚に、本当に大事なものを置く。
ほかは、下の棚へ。捨てなくてもいい。今は届かなくていい。

その配置ができるだけで、夜は少し深呼吸できる。

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