短編小説|二個目の炊飯器
今度こそ、待ってみることにした。
加湿器がほしい。喉が弱くて、冬になると朝起きたとき声が出ない。前から気になっていたやつが、セールで14,000円になっていた。買い物カゴに入れたままアプリを閉じる。
待ってみる。たぶん、来るから。
過去に何度かあった。買ったすぐ後に、誰かが同じようなものをくれる。ケトルのときは職場の先輩だった。鍋のときは大学の友達。ドライヤーは母。みんな別々の人で、申し合わせたわけでもないのに、わたしが買った数日後に「これいる?」と差し出してくる。
だから今回は、買う前に待ってみる。
一週間経った。誰からも連絡はない。LINEも普通。喉の調子は普通に悪い。
二週間経った。何もない。
三週間目の月曜日、朝起きたら声がかすれて出なかった。会社で電話を取るのが仕事なのに、これは困る。昼休みにスマホを開いて、加湿器を買った。14,000円。送料無料。明日届く。
届いた加湿器は思ったより小さくて、でも音が静かでよかった。寝る前に枕元で炊いて、朝、喉の調子がだいぶましになっていた。買ってよかったと思った。
その五日後、地元の友達から段ボールが届いた。「実家の物置整理してたら出てきた 未使用 よかったら」と書いてあった。加湿器だった。型は違うけど、サイズも値段も似たようなやつ。
部屋の床に、加湿器が二つ並んだ。
わたしはしばらく、それを眺めていた。
笑いそうになって、笑えなかった。
そういえば去年の冬、炊飯器が壊れた。前のは安物で、ご飯がいつもべちゃっとしていた。今度はちゃんとしたのを買おうと思って、家電量販店で32,000円のを選んだ。レジで32,000円払うとき、手が少し震えた。
32,000円は、わたしにとって安くない。
その三日後、親戚のおばさんから電話があった。「うちで使ってない炊飯器あるから、送ったよ」。新品同様の、多分同じくらいの値段の炊飯器が、佐川急便で届いた。
そのとき初めて、わたしは気がついた。買った後にしか来ない。
買う前にどんなに悩んでも、どんなに迷っても、何も来ない。買って、レシートをもらって、家に帰って、ちょっと後悔したり満足したりしたあとで、必ず誰かがくれる。
世界はわたしを見ている。でも、先回りはしない。
加湿器が二つ並んだ床を見ながら、わたしは母に電話した。べつに用事はなかったけど、ドライヤーの礼をもう一度言いたくなった。あのとき送ってくれたドライヤー、今もちゃんと使ってる、と。
「あー、あれね」と母は言った。「なんかね、あんたが買いそうだなって思ったの。だから送った。」
「買った後だったよ」
「そう、だから役に立たなかったでしょ」
「ううん」と、わたしは言った。「使ってる」
母は少し笑って、電話を切った。
その夜、わたしは加湿器を二つとも炊いた。一個は枕元に。一個はリビングに。部屋がやけに湿っぽくなった。
わかったことがある。試しても無駄だ。わたしの財布が痛まないと、世界は動かない。32,000円の炊飯器は、32,000円払った後にしかもう一個は現れない。14,000円の加湿器も、14,000円払った後にしか来ない。
ずるい、と思った。最初は。
でも何度かそれを経験すると、別のことを思うようになった。世界は、わたしの選ぶものを見ている。わたしが何を選んだか、ちゃんと見てから、似たようなものを後ろから差し出してくる。先回りで違うものをよこしたりはしない。わたしが選んだあとに、わたしの選んだものを肯定してくる。
遅刻してくる肯定。それでも、肯定。
部屋を見渡す。ドライヤーが二つある。鍋が二つある。スニーカーが二足、同じようなのが並んでいる。ケトルは二つあるけど、一個は実家に置いてきた。今は加湿器が二つ。炊飯器も二つ。一個目のほうを使っていて、二個目は箱に入ったまま、押し入れの奥にある。
捨てればいいのに、捨てられない。二個目のほうも、誰かがわたしのために選んでくれたものだから。タイミングがちょっと、いや、だいぶ遅かっただけで。
来週、コーヒーメーカーが届く予定はない。多分。
タツト
