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村上春樹と中古レコード屋とセックスよりも気持ちいいこと

村上春樹の『風の歌を聴け』に、主人公と最悪な出会い方をしながらも、やがて親しくなる女の子が描かれている。その彼女は海の近くのレコード屋でアルバイトをしている。主人公の「僕」はそのレコード屋にたまたま足を踏み入れるのだが、そこでその彼女と偶然再会する。彼女が働くそのレコード屋は、訪れる客などほとんどおらず、彼女は退屈そうに何やら作業をしているのであるが、そんな設定や描写がとても私の気を惹いてやまない。

私はアナログレコードが好きだ。だから、それほど頻繁にというわけではないけれど、大学生のときは京都の、卒業してからは大阪ミナミの日本橋や梅田界隈の中古レコード屋巡りをしていた。そんな中古レコード屋の雰囲気が好きだった。暇なレコード屋で退屈なアルバイトができたらどれだけ素敵なことだろう。そんな妄想にふける。そうか、いまでもやろうと思えばできるのかと、ふと気づく。だからといって明日からそんな仕事を探すのかと云えば、それはまた違う話になるのだけれど。そうやって違う話だと決めつけて結局動こうとしないところに、私のどうしようもなく弱いところを感じてなんだか気持ちが沈む夜。

もし働くならディスクユニオンのような規模が大きな有名店ではなく、街角でひっそりと営業している店がいい。当然中古レコード屋である。CDはたぶん置いていない。どこかの路地裏の一角にある古い雑居ビルの二階がいい。一階に喫茶店があるのがいい。喫茶店ではなくてカレー屋さんでもいい。いずれにせよお洒落じゃない店がいい。そう、映えない店。カレーは傷だらけのステンレスの器に盛りつけてあるのがいい。客が来ない店で留守番を任されている私は、いかにもやる気なさげな態度でレジカウンターに座り、入荷した商品にラベルをつけたり針飛びがないか調べたりする。そうして一日中好きな音楽や聴いてみようと思っている音楽のレコードをかける。

そんな店に似合う音楽ってなんだろう。なんとなくアメリカのロックよりもUKな気がする。ならばストーンズやキンクス、それからヤードバーズ。忘れてはならないビートルズ。ジェームズ・ブラウンやウィルソン・ピケットもいい。オールマン・ブラザーズもいいかも。デュアン・オールマンのスライド・ギターに溶かされていく。ジャズも忘れてはならない。ファンキーなリー・モーガンにくつろいだスタン・ゲッツ。そんなレコードを大きな音で聴きながら、やる気なさげに仕事をする。煙草の匂いが染みついた、古くて大きなスピーカーの分厚いコーンが唸り、店の空気をビリビリと震わせる。音の数だけ重なった幾層もの空気の震えがほこり臭くて狭苦しい店に満ちて、壁や天井をも震わせてその中へと染み込んでいく。そうして店に音楽の音霊がやどり、私はそんな霊に抱かれながら、好きな音楽の世界に入り込んだまま抜け出そうとしない。そんな場所で聴くロックやソウルミュージックはどういう風に聴こえるのだろう。我が家のリビングで聴く音よりも、なんだかそれっぽい音で聴こえそうな気がする。

昔臭いモコモコっとした太い音のベース。ペタペタとしたスネアドラムの頼りなさげな音が、最新の録音では得ることができない、丁度良い加減に角の取れたやさしい音で、なんともいえない味わいでもって、私の心と身体を抱きしめて揺らし、しっとりと濡らす。そんな妄想にはロマンスなんていらない。っていうかセックスよりも気持ちいいこと、おしえてほしい。噛み砕いた眠剤の苦さにうんざりしながら、ラフロイグのソーダ割りでいっきに飲みほす。そっと目を瞑る。マイルスのミュート。ジョー・ザビヌルのシンセサイザー。サイレントアウェイ。ハイハットが刻むリズムがわたしを眠りに誘う。肉体は滅んでも魂は残るって本当なんだろうか。さまよう霊。このまま消えてもいい。うそ。セックスよりも気持ちいいことをだれかがおしえてくれるまでわたしは消えない。(改稿して再掲)


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