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一人旅で出会った人を覚えてる?

旅の朝は、目覚ましより先に胸が鳴る。
まだ暗い台所の空気が少し甘くて、
湯気の向こうに知らない景色の匂いが混ざっている。

チケット、財布、スマホ。
指先が確かめるたび、からだが「行け」とうなずく。

たぶん、旅に出る理由の半分は、
出発前のこの高鳴りをもう一度味わいたいからだ。

2400Kmの「はじめの一歩」

先日、松尾芭蕉が「奥の細道」へ旅立ったとされる
東京・深川、採荼庵(さいとあん)の跡地を訪ねた。
地下鉄なら清澄白河駅が最寄り。

縁側に腰かけた芭蕉の銅像は、
少し微笑んでいるように見えた。

深川エリア商店街合同HPより

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」
(月日は永遠の旅人のようで、やってきては過ぎ去る
年もまた旅人のようである)

学校で、あの序文を暗唱させられた記憶がある人、きっと多いよね。

千里の道も一歩からというけれど、
全行程2400キロの第一歩が、ここで、たしかに地面を鳴らした。

ベンチに座って息を整えていると、
脳内に山口百恵さんの「いい日旅立ち」が流れはじめる。

北海道の札幌駅ホームで実際にこの曲がかかっていたとき、
わたしは少しだけ泣きそうになった。
音楽はいつだって、出発の背中を押す準備ができている。


「自分一人では生きられない」ことを知る

仕事ではなく、一人旅で北海道を訪ねたことが二度ある。

学生時代、札幌に着いたはいいが宿が取れず、
初秋の大通公園で震えながら空を見上げた夜。

それを見かねた地元の人が、ストーブのそばに座らせてくれて、
手をあたためながら話を聞いてくれた。

お金が心細いと打ち明けたら、「持って行きなよ」と
おにぎりやお菓子を袋いっぱいに渡してくれた。

あの温度が、今も掌に残っている気がする。
思い出すたび、目頭がすこし熱くなる。

一人旅は、基本的に孤独だ。
だからこそ、旅先で触れるやさしさに、普段以上に心が震える。

一方で、時間と景色に恵まれすぎると、人は自分の内側へ降りていく。

最初は新鮮だった風景にも徐々に慣れて、
意識が外から内へ、静かに向きを変えるのだ。


「自分探しの旅」という言葉があるけれど、
ほんとうは探しにいくつもりがなくても、
人は考えてしまう生き物だ。

切符を握りしめているあいだ、
頭の中の会議室は明かりを落とさない。

自分はなぜ生まれて、どこで死ぬのだろう。
誰かに愛された記憶と、誰かを傷つけてしまった悔い。

孤独が背中に重く掛かる夜、
コンビニの店員さんの「温めますか?」の声が、
涙腺に触れることだってある。

そしてふいに、地元の人のひとことに助けられる。
孤独になりたくてひとりで来たはずなのに、
人の言葉に救われてしまう矛盾。

そこで気づく——人は、人のつながりの中でしか生きられない。
ひとりで決めて、ひとりで歩くけれど、誰かの気配に何度も助けられている。旅はそれを、体ごと教えてくれる。


祖父の言葉が、遅れて腑に落ちる

高校生だった頃、祖父と一緒に旅をしたとき、こんなことを言われた。

「旅は、人生の縮図である」

当時のわたしにはいまいちピンと来なかったが、
年を重ねるうち、「ああ、そうか」とゆっくり飲み込めるようになった。

極端に言えば、人は孤独な生き物だ。
自分のあり方や生き方は、最後の最後は自分で決めるほかない。

でも同時に、人はつながりなしに生き延びることはできない。
伸ばした指先の先に、誰かの温度が必要だ。

言葉にすると陳腐で当たり前なのだけれど、旅はそれを実感に変える。
息の上がり方、足の疲れ、背中に回る風の冷たさごと、
ぜんぶが体内に刻まれる。


はじまりは、一歩目を踏み出すところから

旅の朝、目覚ましなしで起き上がるときの心臓の跳ね方は、
恋の始まりに似ている。

予定の時刻より少し早く駅に着いて、ホームの端で深呼吸をひとつ。
会いにいくのは、知らない景色であり、まだ知らない自分であり、
そしてどこかで待っている誰かだ。

「かわいい子には旅をさせよ」という言葉があるけれど、
まずは自分から行こうと思う。

恋も旅も、結局は小さな第一歩に尽きる。
足を出す。
それだけで世界は、こちらを向く。

いつか誰かに「旅は、人生の縮図だよ」と言える日が来たら、
きっとその人は笑って「知ってる」と返すだろう。
それでも言いたい。まずは、自分の足で、旅立ちの第一歩を。

今日、どこにも行けないとしても、
地図を広げ、行きたい町の名前を見つけるところから。
ワクワクが胸を叩く朝のために、
わたしはまた、一歩踏み出すことを選ぶのだろう。

切符を改札に通す音。
車輪がゆっくり回る感触。
窓の外で、昨日のわたしが少しずつ遠ざかっていく。

旅は、日常からの逃避ではない。
日常を少し高いところから見直すための小さな遠回りだ。

帰ってきたとき、
玄関の匂いが少し好きになっている自分に気づいたら、それで十分。

旅先でだれかに孤独を救われた分だけ、
日常のなかで誰かにやさしくしたくなる。
そんな循環を、わたしは信じている。


【おまけ】 今日の「恋したくなる言葉」



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