春休み、誰もいない日曜日の午後に
こんにちは、日向です。
今日は少し照れくさいけれど、誰にも言えていないことを、ここなら書けるかもしれないと思って。
春休みって不思議な時間だと思いませんか?
大学が始まるまでのカウントダウンみたいな焦りと、
でもまだ「準備の時間」があるという安心感が
混ざり合った、どこか宙ぶらりんな気持ち。
今日はそんな春休みの日曜日、シェアハウスが珍しく静かでした。
遥ちゃんは友達とライブに行くって朝早く出かけて、
咲良さんは日曜日なのにお仕事で、優佳さんは研究室、
サーシャさんは友人の展示会を見に行くって言ってました。
美菜子さんも彼氏さんとお出かけ。
気づいたら、わたしひとり。
ひとりの時間って、たまにあると嬉しいような、
少し寂しいような…複雑な気持ちになります。
特にこのシェアハウスでは、誰かしら必ずリビングにいて、
お風呂場から誰かの歌声が聞こえてきたり、
キッチンからいい匂いがしたりするのが当たり前だから。
でも今日は違いました。
真昼間から、家の中が自分だけのものになる感覚。
ちょっと贅沢な時間です。
ひとりになった静かな部屋で、
何をしようか少し迷いました。
大学入学前の課題をするべきなのかな、と思いつつも、
なんだか身体が別のことを求めているような…?
外に出よう、と決めて近所のカフェに行きました。
ガラス張りで光がたくさん入る、居心地のいい場所。
ミルクティーを注文して、窓際の席に座りました。
隣のテーブルにはお父さんと小さな女の子。
多分5歳くらいかな。女の子がチョコレートケーキを口いっぱいに頬張る姿に、思わず笑みがこぼれました。
わたしも小さい頃、お父さんとケーキを食べに行ったなぁ…
妹ができる前、わたしだけの時間だった記憶。
ミルクティーを飲みながら、ぼんやり窓の外を眺めていると、自分の身体の中に静かな波のようなものを感じました。
それは不安でも焦りでもなく、ただ「わたし」という存在が、そこにあることの確かさみたいなもの。
ちょっと恥ずかしい話なんですけど…
最近、朝起きたときに自分の身体に触れる時間を作るようにしています。
咲良さんが「自分の身体と仲良くなることが大事」って言っていたのを思い出したからかもしれません。
指先から肩、お腹、太もも…
「おはよう、ここはわたしの一部なんだ」って
静かに認めるような、そんな時間。
自分で自分に触れることって、なんだか不思議な感覚です。
触れる側でもあり、触れられる側でもある。
高校の時は「変なこと」だと思って、罪悪感を感じたりもしたけど、今は違います。
これも自分を知る一つの方法なのかもしれない、って。
カフェを出た後、帰り道を少し遠回りしました。
いつもは通らない住宅街の細い道。
小さな公園があって、ブランコに座ってみました。
誰もいない公園で、ブランコに乗るのって子どもみたいで
ちょっと恥ずかしかったけど、でも懐かしい感覚。
体を揺らすと、風が頬をなでていきます。
そういえば遥ちゃんが言ってました。
「自分の身体って、喜びを感じるためにあるんだよ」って。
その時は恋愛の話をしていたと思うけど、
ブランコに乗って風を感じる喜びも、
たぶん同じなのかもしれない。
ブランコを漕ぎながら、ふと思いました。
「自分を知る」って、こういうことなのかな?
他の人の視線がない時に、自分の感覚だけに集中すること。
それは性的なことだけじゃなくて、
風の感触だったり、ミルクティーの甘さだったり、
ブランコの揺れる感覚だったり。
帰り道、カメラを持ってくればよかったなと後悔しました。
道端に咲いていた小さな花や、
古い家の塀に絡まったつる植物や、
春の陽光に照らされた道…
でも、写真に撮らなかったことで、
より鮮明に心に残った気もします。
カメラを通さない、直接的な体験。
シェアハウスに帰ると、まだ誰も戻っていませんでした。
お風呂に入って、髪を乾かして。
部屋に戻ると、窓から見える空が少しずつ色を変えていました。
もうすぐ大学が始まる。
新しい環境、新しい人たち…考えるとドキドキします。
でも、このシェアハウスという小さな世界があることが、今は支えになっています。
たぶん、これって変じゃないですよね…?
こうやって自分だけの時間を大切にすることは、
自分自身との対話なのかもしれないって思います。
明日からも春休みの時間は続くけれど、
少しずつ大学生になる準備をしながら、
今日の静かな午後の感覚を、どこかに持っていたいです。
ではまた書きますね。
日向
