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生きるための根源

問い、祈り、赦し
人が本質的に求める精神世界の柱

問い

アニメ「チ。」から教えてもらったもの
それは人間は知的好奇心の欲求から逃れられないということ
AIには絶対に出来ない領域、それは”問い”と立てる事
天動説から地動説への転換などAIには絶対に不可能であろう
まさに「チ。」の世界同様に根本的概念が覆ることなどあってはならない事
その絶対不変領域に対して問いを立てる勇気
その根源にあるものが知的好奇心
地動説ほど大きなものでなくとも人は日々、問いを立てて生きている
ふと感じる”違和感”こそが問いの種であり、やがて発芽する可能性を帯びている

AIが世に出てきた頃にチェスにおいて人間とAIの対決が叫ばれた時期があった
当時、チェスそのものの価値すらよく理解できていなかった
チェスや将棋、クイズやパズル、すべて”問い”の中に答えを見つける瞬間の喜び、いわゆるアハ体験
これこそが人類究極の問いへの欲求の源泉

自らの知的好奇心に追い立てられ人は問いを立て行動する
なんど失敗しようとも、どんな苦難に直面しようとも自分自身が見つけた問いの答えを探して人は歩き続ける
そこにやりがいや充実感や達成感、そしてそもそもの使命感が眠っていることにすでに気づいている

祈り

自尊心、自我、尊厳
人の精神構造を守る3層構造
某アニメで有名なATフィールドは自尊心を守るためのバリア
それを突破され自我を傷つけられると自我崩壊が始まり、やがて自分自身の尊厳まで傷つけられた時、人は深い哀しみ、もしくは激しい怒りを覚える
どちらにせよ、その行動結果は本人の心に深い傷を残し永遠に苦しみ続けることとなる。被害者であれ、加害者であれ
やがて人の願いは苦難の末に、祈りになって昇華される
もう二度と同じ過ちを繰り返さぬようにと
祈ることしか出来ないほどの深い深い心の痛み
それを抱えて生きていくために今日も人は祈りを捧げる

赦し

人は誰しもなぜ、自分が生まれてきたかを知らない
どこから来たかも、どこへ行くべきかも知らずに今日を生きている
そんな自分が存在していて良いのだろうか?
挫折、後悔、懺悔
苦難の結果、消えてなくなりたいほどの気持ちになった時に人は赦しを請う
誰でも良いから自分を赦して、そこに居ていいんだと言って欲しい
ただ生きているだけで自然に負荷をかけ、大気を汚し、人間関係の軋轢の中でマイナスの存在でしかない自分が、ただ単純にいてもいい場所
そんな場所を求めて人は赦しを請う

問いを求め、祈りを捧げ、赦しを請いながら、人生を歩き続け、そして永遠に繰り返される螺旋の中で生きることを輪廻というのかも知れない

他者との関わりの中で生き、自分らしく生きようと足掻き、うまく行かない人生を嘆き、それでも生まれてきて良かったと思える瞬間に出会う
それが人生なんだとこの歳にして思えるようになれた

いつか、忘れないようにここに書き記しておく

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