見出し画像

神様からのプレゼント

🎧️夏の夜風と風鈴の曲を作りました♪
よかったら聴きながらお読み下さい♪

あるドラマの一場面が、ずっと心に残っている。

足の不自由な年頃の娘を持つ父親に、友人の男性がこんなことを言った。

「〇〇ちゃんの足が不自由なのは、神様からのプレゼントだよ」

父親は黙って聞いていた。

「足が不自由な〇〇ちゃんと、それでも結婚したいという人が現れたら、その人は本当に優しい人だから」

男性は、そう言ってほほ笑んだ。

私はその言葉を聞いたとき、二人の人を思い出した。

一人は、私が初めて勤めた会社の上司だった。

六十代くらいの男性で、片足が義足の女性と結婚していた。

奥さんが妊娠すると身体に負担がかかるからと、二人は子どもを持たなかったと聞いた。

仕事には厳しい人だった。

「鉄は熱いうちに打て」

それが口癖だった。

机の上に小さなゼムクリップが一つ落ちていても、注意するような人だった。

けれど、私がその部署から総務へ異動したあと、父が脳卒中で倒れて入院したとき、真っ先に個人で三万円のお見舞いを包んで持ってきてくれた。

若い頃の私は、その人の優しさをそれほど深く考えたことがなかった。

けれど年を重ねるほど、

あの人は、本当に優しい人だったのだなと思うようになった。

そして、もう一人。

私と同じ時期に、その会社へ入った女性がいた。

大学を卒業したばかりだった。

彼女には、右足の膝の少し上から足がなかった。
小学生の時、病気で足を切断したらしい。

フランス製の30万円するという義足はとてもよくできていて、ぱっと見ただけでは義足だとは分からなかった。

ただ、歩くとほんの少しだけ足を引いていた。

いつもズボンをはいていた。

裕福な家庭で大切に育てられた、お嬢さんという感じの人だった。

明るくて、素直で、人に対する悪意のようなものを少しも感じさせない人だった。

けれど、若かった私は彼女に嫉妬していた。

同じような仕事をしているのに、どうして大学を出ているというだけで、高卒の私より給料が高いのだろう。

そんなことを思っていた。

今なら分かる。

大学へ四年間通い、そのために家族も相当な学費を払っている。

大卒と高卒で初任給が違うことなど、当時でも珍しいことではなかった。

でも、若い私はそんなふうには考えられなかった。

彼女は毎日、手の込んだお弁当とインスタントのお味噌汁を持ってきていた。

お弁当を見るだけで、お母さんが娘のために一生懸命作っていることが分かった。

私は、それさえ少し羨ましかったのかもしれない。

ある日、彼女が二枚の写真を会社へ持ってきた。

一枚は、黒いロングドレスを着て、アクセサリーをたくさんつけた写真。

もう一枚は、振袖姿だった。

きっと、褒めてほしかったのだと思う。

黒いロングドレスを着た彼女は、とても華やかだった。

それなのに私は、その写真を見て言った。

「夜のお仕事みたい」

褒めるどころか、くさした。

私は彼女に嫉妬していたのだ。

今思えば、意地悪だったと思う。

そんな彼女と、会社の社員旅行へ行ったことがある。

みんなで旅館に泊まり、大浴場へ入った。

私が湯船につかっていると、彼女が入ってきた。

義足を外していた。

彼女は濡れた黒い石畳の上に身体を寝かせ

両手を使い、這うようにして湯船へ向かってきた。

私は、動けなかった。

若く、白いもち肌の身体だった。

その身体が、濡れた黒い石畳の上を這っていた。

それでも彼女の顔から、笑顔は消えなかった。

私はそのとき初めて、

彼女が毎日、どんな身体で生きているのかを知った。

風呂からあがった彼女は
切断した足の切り口に絆創膏をはっていた。

義足が当たって痛いのかもしれない。
彼女は毎日、こんなことをし続けてきたのだろう。

会社では普通に歩いていた。

いつも明るかった。

お弁当を食べて、笑って、私と同じように仕事をしていた。

だから私は、分かったつもりになっていた。

何も分かっていなかった。

彼女の両親が、娘のために何でもしてやりたいと思う気持ちも、そのとき初めて分かったような気がした。

彼女のご両親から、宝塚歌劇のチケットをいただいたこともある。

「二人で行っておいで」

そう言ってくださり、彼女と二人で宝塚を観に行った。

彼女から、おさがりのイヤリングをもらったこともあった。

彼女は、私によくしてくれた。

それなのに私は、何のお返しもしないまま会社を辞めた。

その後、私も子どもを産んだ。

親になって初めて、彼女のご両親の気持ちが痛いほど分かった。

もし、自分の娘が急に片足を無くしたら。

転ばないだろうか。

痛い思いをしないだろうか。

人から傷つけられないだろうか。

そして、幸せになってくれるだろうか。

きっと、いくつになっても心配したと思う。

できることなら、何でもしてやりたいと思っただろう。

あのドラマの言葉を聞いたとき、私は彼女のことを思った。

「足が不自由なのは、神様からのプレゼントだよ」

私は、彼女の足が不自由だったことを、そんなふうに簡単に言うことはできない。

彼女自身が、それをどう思っていたのかも知らない。

本人にしか分からない苦しみも、たくさんあったと思う。

けれど、あの言葉には、希望があるような気がした。

身体が不自由だから、幸せになれないわけではない。

身体が不自由だから、愛されないわけでもない。

人は、自分が欠けていると思っているものも含めて、

「あなたがいい」

と言ってくれる人に出会うことがある。

私の上司のように、その人のすべてを受け入れて、一緒に人生を歩いていこうと思う人もいる。

「神様からのプレゼント」

あのドラマの言葉を、私はそんなふうに受け取った。

彼女がその後、どんな人生を歩いたのか、私は知らない。

結婚したのかもしれない。

しなかったのかもしれない。

それでも、あの明るく、いつも笑っていた彼女が、自分らしい人生を歩いていてくれたらいいと思う。

そして、もしもう一度会えるなら、私は彼女に言いたいことがある。

あのときは、ごめんね。

あなたは私によくしてくれたのに、

私は嫉妬して、意地悪だった。

そして、もう一つ。

あの日、黒いロングドレスの写真を見せてくれたあなたに、

私は言えなかった。

とても、きれいだったよ。


100本、書きました

昨日、noteの記事が100本になりました。

毎日書いてきたので、中には愚作もあります。

それでもここまで続けてこられたのは、読んでくださる皆さまがいたから
です。

スキやコメントをくださった方、いつも読みに来てくださる方、本当にありがとうございます。

100本書いてみて、私は仕事の話を書いているようで、実はそこで出会った人の人生を書いていたのだと気づきました。

これからも、私の人生の中で出会った、忘れられない人たちのことを書いていきたいと思います。

101本目からも、お付き合いいただけたらうれしいです。

いいなと思ったら応援しよう!