「諦めなければきっと授かるよ」と言われて、私は返事ができなかった。
「諦めなければ、きっと授かるよ」
そう言われたことがある。
励ましてくれたのだと思う。
だから、
「ありがとう」
と言えばよかった。
でも私は、
うまく返事ができなかった。
諦めなければ。
その言葉だけが、
胸の中に残った。
では、
授からなかった人は、
諦めた人なのだろうか。
*
妊活を始めた頃、
私も似た言葉が好きだった。
信じていれば。
前向きに。
きっと。
いつか。
希望が欲しかった。
未来が見えないから、
明るい言葉を集めた。
でも、
待つ時間が長くなるにつれて、
少しずつ怖くなった。
「諦めなければ叶う」
という言葉には、
かなわなかったときの責任まで、
自分に返ってくるような気がしたから。
*
もっと頑張れば。
もっと身体を整えれば。
もっと前向きなら。
ストレスを減らせば。
執着を手放せば。
私は、
赤ちゃんに会えない理由を、
少しずつ自分の中へ探し始めた。
そして最後には、
こんなことまで考える。
私の心が悪いのかな。
*
子宝についてお話を伺っていると、
似た言葉を聞くことがある。
「先生、私が焦りすぎているから来ないのでしょうか」
「夫にイライラするからでしょうか」
「友達の妊娠を喜べなかったから?」
「もっと穏やかにならないとだめですか?」
そのたび、
私は胸が痛くなる。
赤ちゃんを待っていたはずなのに、
いつの間にか、
自分を裁く時間になっている。
*
ある女性が、
泣きながら言った。
「先生。
もう疲れたって思ってしまいました」
そしてすぐ、
「こんなお母さんじゃ、来たくないですよね」
と続けた。
私は、
その言葉を忘れられない。
まだ母親になっていない人が、
もう、
母親失格の判定を自分に下していた。
*
疲れていい。
嫌になっていい。
夫に腹が立つ日もある。
友達を羨む日も。
病院へ行きたくない朝もある。
赤ちゃんのことなんて、
一日考えたくない日だってある。
それは、
願いが弱いからではない。
長く大切にしてきたから、
疲れることもある。
*
私は月村あかりとして、
子宝について言葉を届ける立場だからこそ、
最近とても怖いと思うことがある。
希望は、
使い方を間違えると、
人を追い詰めることがある。
「絶対大丈夫」
「信じれば叶う」
「諦めないで」
言う側には、
愛しかないこともある。
でも、
受け取った人が、
かなわなかった未来で、
「あのとき私の信じ方が足りなかったから」
と自分を責めるなら。
その希望は、
少し重すぎる。
*
だから私は、
未来を簡単に約束する言葉より、
今日の心を聞ける人でいたい。
今、
怖いですか。
疲れていますか。
まだ続けたいですか。
少し休みたいですか。
本当は、
誰にも言っていないことがありますか。
答えは、
毎日変わっていい。
*
ある夜、
相談してくださった方が言った。
「先生、今日はもう頑張りたくありません」
私は、
その言葉が少しうれしかった。
もちろん、
苦しんでいることがうれしいのではない。
「頑張りたくない」と、
誰かに言えたことがうれしかった。
人は、
弱音を吐ける場所があると、
少しだけ自分に戻れる。
*
翌日。
その方から、
短いメッセージが届いた。
「昨日、久しぶりによく眠れました」
妊娠しました、
ではない。
治療が成功しました、
でもない。
でも私は、
大切な報告だと思った。
人は、
未来が変わったときだけ、
救われるのではない。
今日の苦しさが、
ほんの少し軽くなるだけで、
また朝を迎えられることがある。
*
私は今でも、
希望が好きだ。
月を見ると、
まだ見ぬ小さな命を思う。
会えたらいいね。
そう心の中で話す。
でも、
「絶対会える」
とは言わない。
未来は、
私のものではないから。
その代わり、
今ここにいる人へは、
言えることがある。
あなたの価値は、
妊娠したかどうかで決まらない。
今日泣いたから、
願いが遠ざかるわけでもない。
休んだから、
愛が足りないわけでもない。
*
「諦めなければ、
きっと授かるよ」
あの日、
私は返事ができなかった。
今なら、
その人の優しさには、
「ありがとう」
と言える。
そして、
心の中で、
もう一つだけ付け足す。
諦めない人も。
休む人も。
治療を終える人も。
どの人にも、
その先の人生がある。
命を授かることだけを、
「報われる」と呼ばない世界であってほしい。
*
もし今日、
誰にも言えず、
「もう頑張れない」
と思っている人がいたら。
私は、
すぐに立ち上がらせようとは思わない。
少し、
そこに座っていてもいい。
話したければ、
話せばいい。
言葉にならなければ、
ならないままでもいい。
私は、
未来へ引っ張っていく人ではなく、
その人が自分の足でまた歩きたくなるまで、
隣に座れる人でいたい。
月は、
「頑張れ」とは言わない。
それでも、
暗い夜にずっとそこにいる。
私も、
そんな言葉を届けられたらと思っている。
