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【The Chiplet Rebellion】 カーテンコール (AFTER THE BELL)

『The Chiplet Rebellion』三部作、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

あとがきでは少し長くお話ししましたので、ここでのお礼は簡潔に。

その代わりに、ほんの少しだけ。

あの物語が終わった後、彼女たちがどうなったのかを、お話ししておこうと思います。

――以下は、あるGCH公式雑誌のマキナ特集号から、一部を抜粋してお届けします。
  

   
GCH CHRONICLE
マキナ、その軌跡
AFTER THE BELL / ゴングの、その後

【編集部より】

本誌の企画が立ち上がったのは、あの王者がリングを去ってから、かなりの年月が過ぎた頃だった。

当時を知る関係者が現場から退き始めている。記録は残っていても、それを語れる人間が減っていく。そういう時期に差しかかっていた。

情報のほとんどが端末上を流れていく時代に、あえて紙で出す意味があるのか。編集会議では、当然その議論もあった。

結論から言えば、あった。

初版は発売三日で完売。
即日重版が決定し、それも二週間で消えた。

書店には問い合わせが殺到し、一時は財団の公式サイトが対応を告知する事態にまでなった。

購入者の多くが、あの時代をリアルタイムで見ていた世代だったという。

なぜ、これほどまでに求められたのか。
答えは単純だったのだろうと思う。

あの時代は、確かに終わった。

そしてそれを生きた人々が、
それを手元に置いておきたかった。

ただ、それだけのことである。

本誌では、一人の王者の軌跡を軸に、その前後で何が起きていたのかを改めて追う。

彼女がどのように王座を失い、どのように取り戻し、そしてどのように去ったのか。

その全てが終わった今だからこそ、見えるものがある。

【巻頭特集】
  

▶沈黙の王者、静かに退く
  
ある日の記者会見。

マキナ:次戦以降の試合には出場しません。

記者:怪我ですか。

マキナ:いいえ。

記者:では、なぜ。

マキナ:現在の私の、年齢的な出力低下率と回復速度を考慮した場合、競技継続は既に合理的ではありません。

――誰かに引導を渡されるまで続ける、という選択を、彼女はしなかった。

数値を見て。
動きを確認して。
自分の現在地を正確に計算して。

そして、静かに引退を発表した。

会見の終わりに、
一人の記者がこう尋ねている。

記者:リングに、未練は。

(少し間があった)

マキナ:……十分に戦いました。

記録に残っているのは、それだけである。

【DATA】

MACHINA / 生涯戦績

64戦 63勝 0分 1敗

KO勝ち   41
判定勝ち 22
防衛回数 通算29

※唯一の敗戦は、暁雷戦(判定)

この数字を、どう読むべきか。
編集部としては、多くを語る必要はないと考えている。

ただ一つだけ書き添えるなら――

その「1敗」は、長い義体格闘技の歴史の中で、最も重い一敗だった。

そしてその一敗こそが、後の彼女を作った。

本誌は以下、その「1」から始まる物語を追いたいと思う。

【特集1】
  

▶唯一の敗北

あの夜のことを、
詳細に語る必要はないだろう。

無名に近い代替挑戦者が、王者の深層へ届いた。十二ラウンド。判定。

観客席の誰もが、何かが起きたことだけは理解していた。ただ、それが何だったのかを言語化できる人間は、あの会場にほとんどいなかったはずだ。

王座陥落から一夜明けた記者会見の記録が、財団のアーカイブに残っている。

質問は、当然そこに集中した。

記者:敗因について、どう分析していますか。

マキナ:解析中です。

記者:暁雷選手との再戦を望みますか。

マキナ:必要になれば。

記者:悔しくはありませんか。

マキナ:その質問は、競技上の改善に寄与しますか。

その時、会見場は静まり返った、と当時の記事は伝えている。

敗北しても、マキナは変わらなかった。
いや、正確には――変わらないように見えた。

彼女はただ、敗北という新しいデータを、静かに自分の中へ取り込んでいた。

一方、勝者となった暁雷は試合の後、こう考えていたという。

――次は、同じ手は通じないだろう。

その予感は、後に正しかったと証明されることになる。


【SPECIAL COMMENT】
  

暁雷 ――唯一、マキナに土をつけた選手

――マキナ選手の引退を聞いて、どう思いましたか。

暁雷:そうですか、と思いました。

――驚きは。

暁雷:あまり。
あの人は、自分の状態を誰より正確に見ている人なので。辞めると決めたなら、それが一番合理的な時期だったんだと思います。

――あなたは、そのマキナ選手に唯一勝った選手です。

暁雷:そういう言われ方は、今でも少し困ってしまいますね。

――なぜですか。

暁雷:私が勝った時のマキナと、その後のマキナは、もう同じ選手じゃなかったからです。

――もし、もう一度戦っていたら。

(少し間があった)

暁雷:同じやり方では、絶対に勝てなかったと思います。

――それでも、もう一度戦ってみたかった。

暁雷:……それは。

(少しだけ笑う)

暁雷:まあ、少しは。


【特集2】

▶敗北の、その後

新王者となった暁雷は、その数か月後、
ランキング上位の挑戦者を迎えて初防衛戦を行っている。

結果は、勝利。

一度きりの奇跡ではないことを、彼女は自らの拳で証明してみせた。

ところが、その試合を最後に。
暁雷は、王座を返上する。

記者:返上の理由を教えてください。

暁雷:防衛戦も終わりましたし、王者として最低限やるべきことはやったと思っています。

記者:では、今後は。

暁雷:ジムの運営に戻ります。

記者:現役続行ではなく、ということで。

暁雷:はい。

(少し考えて)

暁雷:……やっぱり私には、こっちの方が性に合っているので。

数日後。
暁雷の姿は、暁ジムの事務室にあった。

選手を観察し。
データをまとめ。
対戦相手を分析し。

試合を組み。

若い選手たちを、リングへ送り出す。

長い遠回りをして、結局戻ってきたのは、彼女が何年も立ち続けてきた場所だった。

ただし。

以前とまったく同じではない。

観測者は一度、
自分自身でベルトを手にした。

その経験が、その後の彼女の指導をどう変えたのか、それは暁ジムの選手たちが一番よく知っていることだろう。


暁雷の王座返上により、
タイトルは空位となった。

当時のランキング一位は、マキナ。
そして三位に、暁ジムの陳がいた。

二位のヴェルダは直前に別の試合を終えていたため、短期間での王座戦出場は現実的ではないとして見送られている。

こうして、奇妙な因縁を持つ二人による王座決定戦が組まれた。

試合前、陳は短いインタビューに答えている。

記者:マキナ選手とは、二度目ですね。

:はい。

記者:以前とは違いますか。

:私が違います。

短い。

だが、この時点では――
まだ、マキナの方が一枚上だった。
ベルトは再び、沈黙の設計者の腰へ戻る。

【特集3】

▶第二次マキナ政権

そこから数年間。義体格闘技界には、
再びマキナの時代が訪れる。

挑戦者が現れる。
マキナが迎え撃つ。

研究される。
対策される。
それすらも解析して、修正する。

それはかつてのような「揺らがない完璧さ」
とは、少し違っていた。

あの一敗を経たマキナは、自分が揺らぐ可能性そのものまで含めて戦うようになったからだ。

それでも、強かった。

むしろ、一度敗北を知ったことで以前より厄介になった、と語る関係者は多い。

【VOICE】

あの時代を、間近で見てきた二人に短くコメントを寄せてもらった。

ライザ(解説者)

完成された王者って、普通は壊れたら終わるんです。でもマキナは違った。壊れたことそのものを、次の設計に入れた。あれは、ちょっと反則ですよね。

コア・プライム(財団幹部)

一度敗北を経験してからの方が、彼女は完成に近づいたと思います。

長い王座政権。
そして、年月は流れていく。

防衛戦を重ねるマキナ。

新しい挑戦者。

また、新しい挑戦者。

年月とともに、少しずつ変わっていく義体。
白銀の髪に、さらに淡い色が混じり始めた頃。

彼女は自ら、退き際を計算した。

――冒頭の会見は、その結論である。
   

【特集4】
    

▶あの「退屈」の正体

ここで、少し正直な話をしたい。
現役当時、マキナの試合を「退屈だ」と評する声は、決して少なくなかった。

理由は単純だった。

どうせ勝つ。

誰が挑んでも、最後にはマキナがベルトを巻いているのだろう。

王座戦でありながら、結果が予想できてしまう。それを「つまらない」と呼ぶ者もいた。

王者が強すぎると、観客は贅沢になる。

勝つことに驚かなくなる。
防衛することに、歓声を上げなくなる。

「またマキナか」

そんな言葉すら聞かれた時代が、
確かにあった。本誌にも当時、そうした論調の記事が掲載されている。

今読み返すと、少し気恥ずかしい。

だが、彼女がリングを去って何年も経った今、
その言葉は、まるで違って聞こえる。

誰が挑んでも勝った。
何年も、それを続けた。

それは本当に、
ただ「つまらなかった」のだろうか。

「また勝った」と言われ続けることが、どれほど異常なことだったのか。

私たちは、彼女がいなくなってから何年もかけて、ようやくそれを理解し始めている。

あれは予定調和ではなかった。

一つの時代が、あまりにも長く完成されていただけなのだ。

現役の頃、あれほど【退屈】と呼ばれたものが。今では、【伝説】と呼ばれている。
    

【特集5】

  
▶王者なき時代

絶対王者が消えた後。
リングは、一気に戦国時代へ突入する。

王者が変わった。
また、変わった。

昨日の王者が、次の試合では挑戦者になる。

ランキングが目まぐるしく入れ替わり、新しい名前が次々と表舞台へ出てくる。

そこで初めて、人々は気づくことになる。

王座とは。
本来これほど不安定なものだったのだ、と。

マキナがいた時代が異常だったことを、マキナがいなくなった世界が証明してしまった。

だから今、あの時代を知る者は言う。

「もっと、ちゃんと見ておけばよかった」

入れ替わり続けるランキングの中には――
もちろん、陳の名前もあった。

あの日、マキナに届かなかった暁ジムの若き選手は、その後も戦い続け。

そしてついには、一度だけ。
世界王座ベルトを、その腰に巻くことになる。

けれど。

その物語まで語り始めると、少し長くなる。

だから、それは。

――また、別の話。

    

【人物欄】
   

▶あの時代を見た人々
 
  
コア・プライム
はGCH幹部として競技運営に携わり、後には会長職も務めた。
選手時代より穏やかになった、と周囲は語るが、本人はその評価を一度も認めていない。

成石の古いジムには、朝五時になると今も若い選手たちの足音が響く。

リサ先生の庭では、毎年、薔薇が咲く。

ヴェルダはその後もしばらく、トップ戦線に残り続けた。

華麟があの夜に残した「熱」は、今も時折、若い選手たちの口から語られている。

そしてライザは今も解説席にいる。新しい挑戦者がリングに上がるたび、解説席から少しだけ身を乗り出すのだという。

三つの時代。
三人の挑戦者。

そして、リングを去った者と、残った者。

あの最後のゴングの後も、彼女たちの時間は、確かに続いていた。
   

【編集後記】
   

本誌の制作にあたり、多くの関係者にご協力をいただいた。

その中で、ある一人の元選手がこう言っていたのが忘れられない。

「あの時代を見られたのは、そしてあの時代に共に戦えたことは本当に幸運だった」

編集部も、まさに同じ気持ちである。

『GCHクロニクル マキナ、その軌跡』
 ――AFTER THE BELL ――
ゴングの、その後
 
――The Chiplet Rebellion 本編 完結――
  
 
 

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