【The Chiplet Rebellion】 カーテンコール (AFTER THE BELL)
『The Chiplet Rebellion』三部作、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
あとがきでは少し長くお話ししましたので、ここでのお礼は簡潔に。
その代わりに、ほんの少しだけ。
あの物語が終わった後、彼女たちがどうなったのかを、お話ししておこうと思います。
――以下は、あるGCH公式雑誌のマキナ特集号から、一部を抜粋してお届けします。
◇
GCH CHRONICLE
マキナ、その軌跡
AFTER THE BELL / ゴングの、その後

【編集部より】
本誌の企画が立ち上がったのは、あの王者がリングを去ってから、かなりの年月が過ぎた頃だった。
当時を知る関係者が現場から退き始めている。記録は残っていても、それを語れる人間が減っていく。そういう時期に差しかかっていた。
情報のほとんどが端末上を流れていく時代に、あえて紙で出す意味があるのか。編集会議では、当然その議論もあった。
結論から言えば、あった。
初版は発売三日で完売。
即日重版が決定し、それも二週間で消えた。
書店には問い合わせが殺到し、一時は財団の公式サイトが対応を告知する事態にまでなった。
購入者の多くが、あの時代をリアルタイムで見ていた世代だったという。
なぜ、これほどまでに求められたのか。
答えは単純だったのだろうと思う。
あの時代は、確かに終わった。
そしてそれを生きた人々が、
それを手元に置いておきたかった。
ただ、それだけのことである。
本誌では、一人の王者の軌跡を軸に、その前後で何が起きていたのかを改めて追う。
彼女がどのように王座を失い、どのように取り戻し、そしてどのように去ったのか。
その全てが終わった今だからこそ、見えるものがある。
◇
【巻頭特集】
▶沈黙の王者、静かに退く
ある日の記者会見。
マキナ:次戦以降の試合には出場しません。
記者:怪我ですか。
マキナ:いいえ。
記者:では、なぜ。
マキナ:現在の私の、年齢的な出力低下率と回復速度を考慮した場合、競技継続は既に合理的ではありません。
――誰かに引導を渡されるまで続ける、という選択を、彼女はしなかった。
数値を見て。
動きを確認して。
自分の現在地を正確に計算して。
そして、静かに引退を発表した。
会見の終わりに、
一人の記者がこう尋ねている。
記者:リングに、未練は。
(少し間があった)
マキナ:……十分に戦いました。
記録に残っているのは、それだけである。

【DATA】
MACHINA / 生涯戦績
64戦 63勝 0分 1敗
KO勝ち 41
判定勝ち 22
防衛回数 通算29
※唯一の敗戦は、暁雷戦(判定)
この数字を、どう読むべきか。
編集部としては、多くを語る必要はないと考えている。
ただ一つだけ書き添えるなら――
その「1敗」は、長い義体格闘技の歴史の中で、最も重い一敗だった。
そしてその一敗こそが、後の彼女を作った。
本誌は以下、その「1」から始まる物語を追いたいと思う。
◇
【特集1】
▶唯一の敗北
あの夜のことを、
詳細に語る必要はないだろう。
無名に近い代替挑戦者が、王者の深層へ届いた。十二ラウンド。判定。
観客席の誰もが、何かが起きたことだけは理解していた。ただ、それが何だったのかを言語化できる人間は、あの会場にほとんどいなかったはずだ。
王座陥落から一夜明けた記者会見の記録が、財団のアーカイブに残っている。
質問は、当然そこに集中した。
記者:敗因について、どう分析していますか。
マキナ:解析中です。
記者:暁雷選手との再戦を望みますか。
マキナ:必要になれば。
記者:悔しくはありませんか。
マキナ:その質問は、競技上の改善に寄与しますか。
その時、会見場は静まり返った、と当時の記事は伝えている。
敗北しても、マキナは変わらなかった。
いや、正確には――変わらないように見えた。
彼女はただ、敗北という新しいデータを、静かに自分の中へ取り込んでいた。
一方、勝者となった暁雷は試合の後、こう考えていたという。
――次は、同じ手は通じないだろう。
その予感は、後に正しかったと証明されることになる。

【SPECIAL COMMENT】
暁雷 ――唯一、マキナに土をつけた選手
――マキナ選手の引退を聞いて、どう思いましたか。
暁雷:そうですか、と思いました。
――驚きは。
暁雷:あまり。
あの人は、自分の状態を誰より正確に見ている人なので。辞めると決めたなら、それが一番合理的な時期だったんだと思います。
――あなたは、そのマキナ選手に唯一勝った選手です。
暁雷:そういう言われ方は、今でも少し困ってしまいますね。
――なぜですか。
暁雷:私が勝った時のマキナと、その後のマキナは、もう同じ選手じゃなかったからです。
――もし、もう一度戦っていたら。
(少し間があった)
暁雷:同じやり方では、絶対に勝てなかったと思います。
――それでも、もう一度戦ってみたかった。
暁雷:……それは。
(少しだけ笑う)
暁雷:まあ、少しは。

【特集2】
▶敗北の、その後
新王者となった暁雷は、その数か月後、
ランキング上位の挑戦者を迎えて初防衛戦を行っている。
結果は、勝利。
一度きりの奇跡ではないことを、彼女は自らの拳で証明してみせた。
ところが、その試合を最後に。
暁雷は、王座を返上する。
記者:返上の理由を教えてください。
暁雷:防衛戦も終わりましたし、王者として最低限やるべきことはやったと思っています。
記者:では、今後は。
暁雷:ジムの運営に戻ります。
記者:現役続行ではなく、ということで。
暁雷:はい。
(少し考えて)
暁雷:……やっぱり私には、こっちの方が性に合っているので。
数日後。
暁雷の姿は、暁ジムの事務室にあった。
選手を観察し。
データをまとめ。
対戦相手を分析し。
試合を組み。
若い選手たちを、リングへ送り出す。
長い遠回りをして、結局戻ってきたのは、彼女が何年も立ち続けてきた場所だった。
ただし。
以前とまったく同じではない。
観測者は一度、
自分自身でベルトを手にした。
その経験が、その後の彼女の指導をどう変えたのか、それは暁ジムの選手たちが一番よく知っていることだろう。

暁雷の王座返上により、
タイトルは空位となった。
当時のランキング一位は、マキナ。
そして三位に、暁ジムの陳がいた。
二位のヴェルダは直前に別の試合を終えていたため、短期間での王座戦出場は現実的ではないとして見送られている。
こうして、奇妙な因縁を持つ二人による王座決定戦が組まれた。
試合前、陳は短いインタビューに答えている。
記者:マキナ選手とは、二度目ですね。
陳:はい。
記者:以前とは違いますか。
陳:私が違います。
短い。
だが、この時点では――
まだ、マキナの方が一枚上だった。
ベルトは再び、沈黙の設計者の腰へ戻る。

【特集3】
▶第二次マキナ政権
そこから数年間。義体格闘技界には、
再びマキナの時代が訪れる。
挑戦者が現れる。
マキナが迎え撃つ。
研究される。
対策される。
それすらも解析して、修正する。
それはかつてのような「揺らがない完璧さ」
とは、少し違っていた。
あの一敗を経たマキナは、自分が揺らぐ可能性そのものまで含めて戦うようになったからだ。
それでも、強かった。
むしろ、一度敗北を知ったことで以前より厄介になった、と語る関係者は多い。
【VOICE】
あの時代を、間近で見てきた二人に短くコメントを寄せてもらった。
ライザ(解説者)
完成された王者って、普通は壊れたら終わるんです。でもマキナは違った。壊れたことそのものを、次の設計に入れた。あれは、ちょっと反則ですよね。
コア・プライム(財団幹部)
一度敗北を経験してからの方が、彼女は完成に近づいたと思います。
長い王座政権。
そして、年月は流れていく。
防衛戦を重ねるマキナ。
新しい挑戦者。
また、新しい挑戦者。
年月とともに、少しずつ変わっていく義体。
白銀の髪に、さらに淡い色が混じり始めた頃。
彼女は自ら、退き際を計算した。
――冒頭の会見は、その結論である。
【特集4】
▶あの「退屈」の正体
ここで、少し正直な話をしたい。
現役当時、マキナの試合を「退屈だ」と評する声は、決して少なくなかった。
理由は単純だった。
どうせ勝つ。
誰が挑んでも、最後にはマキナがベルトを巻いているのだろう。
王座戦でありながら、結果が予想できてしまう。それを「つまらない」と呼ぶ者もいた。
王者が強すぎると、観客は贅沢になる。
勝つことに驚かなくなる。
防衛することに、歓声を上げなくなる。
「またマキナか」
そんな言葉すら聞かれた時代が、
確かにあった。本誌にも当時、そうした論調の記事が掲載されている。
今読み返すと、少し気恥ずかしい。
だが、彼女がリングを去って何年も経った今、
その言葉は、まるで違って聞こえる。
誰が挑んでも勝った。
何年も、それを続けた。
それは本当に、
ただ「つまらなかった」のだろうか。
「また勝った」と言われ続けることが、どれほど異常なことだったのか。
私たちは、彼女がいなくなってから何年もかけて、ようやくそれを理解し始めている。
あれは予定調和ではなかった。
一つの時代が、あまりにも長く完成されていただけなのだ。
現役の頃、あれほど【退屈】と呼ばれたものが。今では、【伝説】と呼ばれている。
【特集5】
▶王者なき時代
絶対王者が消えた後。
リングは、一気に戦国時代へ突入する。
王者が変わった。
また、変わった。
昨日の王者が、次の試合では挑戦者になる。
ランキングが目まぐるしく入れ替わり、新しい名前が次々と表舞台へ出てくる。
そこで初めて、人々は気づくことになる。
王座とは。
本来これほど不安定なものだったのだ、と。
マキナがいた時代が異常だったことを、マキナがいなくなった世界が証明してしまった。
だから今、あの時代を知る者は言う。
「もっと、ちゃんと見ておけばよかった」
入れ替わり続けるランキングの中には――
もちろん、陳の名前もあった。
あの日、マキナに届かなかった暁ジムの若き選手は、その後も戦い続け。
そしてついには、一度だけ。
世界王座ベルトを、その腰に巻くことになる。
けれど。
その物語まで語り始めると、少し長くなる。
だから、それは。
――また、別の話。
【人物欄】
▶あの時代を見た人々
コア・プライムはGCH幹部として競技運営に携わり、後には会長職も務めた。
選手時代より穏やかになった、と周囲は語るが、本人はその評価を一度も認めていない。
成石の古いジムには、朝五時になると今も若い選手たちの足音が響く。
リサ先生の庭では、毎年、薔薇が咲く。
ヴェルダはその後もしばらく、トップ戦線に残り続けた。
華麟があの夜に残した「熱」は、今も時折、若い選手たちの口から語られている。
そしてライザは今も解説席にいる。新しい挑戦者がリングに上がるたび、解説席から少しだけ身を乗り出すのだという。
三つの時代。
三人の挑戦者。
そして、リングを去った者と、残った者。
あの最後のゴングの後も、彼女たちの時間は、確かに続いていた。
【編集後記】
本誌の制作にあたり、多くの関係者にご協力をいただいた。
その中で、ある一人の元選手がこう言っていたのが忘れられない。
「あの時代を見られたのは、そしてあの時代に共に戦えたことは本当に幸運だった」
編集部も、まさに同じ気持ちである。
『GCHクロニクル マキナ、その軌跡』
――AFTER THE BELL ――
ゴングの、その後
――The Chiplet Rebellion 本編 完結――
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