原因がわからない自分をダメにしていた
学生の時
「なんでこうなってるの?」
「どうしてこれが起こってるの?」
原因を考えることを
何度も何度も求められた。
うまく答えられないと
指導が入ってまた直し
逆にちゃんと出来た時は
なんだか少しうれしかった。
そのうち
原因まで考えられる自分を
「すごい」にしていたのかもしれない。
それが今でも
身体や人間関係
noteで何かあると
「あれが原因かな」
「もしかしたら、こっちかな」
いろんな可能性を考える。
別に誰かから
原因を考えろと言われたわけでもない
それでも
勝手に原因を探している。
そして
自分なりに納得できる答えが出ると
「ああ、そういうことか」って
それで満足している。
人の話を聞いているときも同じ。
相手のために
考えているつもりだったけど
もしかしたら
「原因が分かる自分」を
やりたかっただけなのかもしれない。
原因を考えることは
これからもきっとある。
でも
「なんでこうなった?」だけじゃなく
「じゃあ、自分はどうしていく?」
そんなことも
少し考えてみようと思う。
それでも一日は終わる
今日もしずかにテキトーに。
※今回につながった記事です
