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🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 127~ロンドン郊外から世界へ――キンクスと『マスウェル・ヒルビリーズ』

ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。


キンクス『マスウェル・ヒルビリーズ』 (1971年)


マスウェル・ヒルという出発点――出身地とアメリカ音楽の融合

カズヒコ「今日は、キンクスの『マスウェル・ヒルビリーズ』。まず大事なのは、このタイトルだな。」
アミ「ヒルビリーズってカントリーの人たちですよね。でも“マスウェル・ヒル”って地名なんですよね?」
ユキヒロ「そう。ロンドン北部の住宅地。しかも、レイとデイヴのデイヴィス兄弟が育った場所なんだ。」
カズヒコ「つまり、このアルバムタイトルは“自分たちの出身地+アメリカ南部の田舎者”をくっつけた造語みたいなものだ。ロンドンのマスウェル・ヒル出身のヒルビリーズ、というわけだな。」
アミ「ロンドンの住宅地なのに、ヒルビリーズ……ちょっと自虐っぽいですね。」
ユキヒロ「そこがレイのユーモアだよ。自分たちのルーツを、あえてアメリカ的なイメージと重ねてみせる。しかもこのアルバムでは、実際にカントリーやブルースの要素を強く取り入れている。」
カズヒコ「出身地への視線と、アメリカ音楽への憧れ。その両方が、この一枚には詰まっている。単なる音楽的変化じゃない。“どこから来たのか”を再確認する作品なんだ。」
アミ「“20th Century Man”とか、“Complicated Life”とか、都会で生きる窮屈さみたいな歌詞も多いですよね。」
ユキヒロ「そう。マスウェル・ヒルは当時、再開発の波にさらされていた。古い住宅地が取り壊され、新しい都市計画が進む。レイは、その変化を敏感に感じ取っていた。」
カズヒコ「だからこのアルバムには、“失われゆく街”への視線がある。アメリカのサウンドをまといながら、語っているのはロンドンの物語だ。」
アミ「アメリカ風の音なのに、歌っている内容はすごくイギリス的なんですね。」
ユキヒロ「そうなんだ。キンクスは、もともとブリティッシュ・ロックの代表格。でもこの作品では、ホンキートンク調のピアノやブラスを使い、アメリカ南部の香りを出している。それでいて、主人公はロンドンの住人。」
カズヒコ「アメリカ音楽に影響を受けながらも、あくまでロンドンの視点を失わない。それがキンクスの個性だな。」
アミ「じゃあ、タイトルは“自分たちの故郷を、アメリカ的に見立てた”ってことですか?」
ユキヒロ「そう考えるとしっくりくる。マスウェル・ヒルで育った兄弟が、世界を巡り、アメリカ音楽に触れ、そしてまた自分たちの街を見つめ直す。その結果がこのタイトルだ。」
カズヒコ「郷愁と皮肉が同時にある。自分の街を愛しながら、どこか距離を取っている。」
アミ「ちょっと、銅版画みたいですね。細かい線で街を描いている感じ。」
ユキヒロ「いい例えだ。レイは、音楽で風景を描く作家なんだよ。」

レイ・デイヴィスの物語性と都市への批評

カズヒコ「このアルバムを聴いていると、曲ごとに短編小説を読んでいるみたいだろう?」
アミ「はい。“Acute Schizophrenia Paranoia Blues”なんて、タイトルからして物語ですよね。」
ユキヒロ「あの曲は、精神的に追い込まれた男の視点。でも、悲劇だけじゃない。どこかコミカルで、滑稽さもある。」
カズヒコ「レイは、深刻なテーマをそのまま深刻に歌わない。少し斜めから見る。そこにイギリス的な批評精神がある。」
アミ「“Here Come the People in Grey”も、管理社会みたいで怖いです。」
ユキヒロ「都市計画や行政への不信感だろうね。再開発で街が変わる。住民が追い出される。マスウェル・ヒルという実在の場所が背景にあるからこそ、リアルなんだ。」
カズヒコ「つまり、これは出身地へのラブレターであり、同時に批評でもある。」
アミ「愛しているからこそ、文句も言いたくなる……みたいな?」
ユキヒロ「その通り。しかも音楽は明るいカントリー調だったりする。だから、歌詞とのコントラストが際立つ。」
カズヒコ「ロックが反抗の音楽だった時代に、キンクスは“生活の観察”を続けた。派手な革命じゃなく、日常の違和感を描く。」
アミ「今の時代にも通じますよね。再開発とか、テクノロジーとか。」
ユキヒロ「“20th Century Man”なんて、まさにそうだ。機械文明への違和感、情報社会の息苦しさ。70年代初頭に、もうそれを歌っている。」
カズヒコ「そして忘れちゃいけないのが、デイヴィス兄弟の緊張感だ。レイの作家性と、デイヴのギター。そのバランスが絶妙だ。」
アミ「兄弟だからこそのぶつかり合いもあったんでしょうね。」
ユキヒロ「ああ。でも、その衝突がサウンドに深みを与えている。」
カズヒコ「このアルバムは、ロック史の中で爆発的ヒットとは言えない。でも、キンクスの核心を知るには欠かせない一枚だ。」
アミ「出身地の名前をタイトルにしているのも、自信の表れみたいですね。」
ユキヒロ「うん。“俺たちはここから来た”という宣言だろう。そして、アメリカ音楽を吸収しても、決して自分たちの街を忘れない。」
カズヒコ「ロンドンのマスウェル・ヒルから、世界へ。だけど、視線は常に足元にある。」
アミ「なんだか、静かな誇りを感じます。」
ユキヒロ「それがキンクスだよ。声高に叫ばない。でも、確実に時代を映す。」
カズヒコ「このアルバムは、故郷というテーマを通して、都市と個人の関係を描いた作品だ。」
アミ「ロンドンのヒルビリーズ、ですね。」
ユキヒロ「そう。マスウェル・ヒルで育った兄弟が、世界を巡り、また故郷を歌う。その物語が、この一枚に刻まれている。」
カズヒコ「派手じゃない。でも、聴くほどに味が出る。」
アミ「次は、歌詞カードを見ながらじっくり聴きます。」
ユキヒロ「街の風景を思い浮かべながら、ね。」
カズヒコ「それが、このアルバムの正しい楽しみ方だ。」


次回作・・・

イエス 『海洋地形学の物語』 (1973年)

■登場人物

カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。
アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。
ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。
※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。


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