🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 43〜都市の亡霊と反逆者たち――ボウイ『ダイヤモンドの犬』の世界
ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。
デヴィッド・ボウイ 『ダイヤモンドの犬』 (1974年)
未来都市の亡霊たち
アミ「ねえ、マスター。昨日の閉店後にかけてたレコード、あれって……なんか、ちょっと怖くて不思議で……でもかっこよかったです」
カズヒコ「あれはデヴィッド・ボウイの『ダイヤモンドの犬』。1974年の作品だよ。ちょうど“ジギー・スターダスト”のキャラを終わらせたあと、次のステージに進もうとしてた頃だな」
ユキヒロ「うん。ボウイの“変化欲”が全開になったアルバムだ。グラムロックからファンクやソウルへと向かう途中で、まだどこにも着地してない、不安定で実験的な時期。そこがいいんだよな」
アミ「なんだか、未来の廃墟を歩いてるような感じがしました。“ダイヤモンドの犬”って……どういう意味なんですか?」
カズヒコ「“ダイヤモンドの犬”っていうのは、ジョージ・オーウェルの『1984年』にインスパイアされた、ボウイの独自の世界観だよ。荒廃した未来都市“ハンガー・シティ”に生きる野良の若者たち、ってイメージ。タイトル曲では、まるでマッドマックスの先祖みたいな世界が描かれてる」
ユキヒロ「本当は『1984年』そのものを舞台にしたミュージカルを作ろうとしてたんだけど、権利関係で挫折してね。その断片がこのアルバムに溶け込んでる。“1984”っていう曲もあるし、“ビッグ・ブラザー”も登場する」
アミ「“ビッグ・ブラザー”?あ、なんか聞いたことあります。監視社会の……」
ユキヒロ「そう、それ。全体主義の象徴だ。ボウイはその時代の空気を読み取りつつ、自分のビジュアルと音楽でSF的に語り直してるんだ。しかも、演劇的な要素がすごく強い」
カズヒコ「アート・ロックの真骨頂ってやつだな。ギターはボウイ自身が弾いてるんだよ。いつも一緒だったミック・ロンソンがいないから、自分で全部やった。だからちょっと粗いけど、妙な迫力がある」
アミ「へえ〜、自分でギターも……。なんか、音がギシギシっていうか、雑だけど“わざと崩してる”感じします」
ユキヒロ「そこが面白いところ。完璧に磨き上げた“ジギー”から一転して、崩して、削って、汚して、新しいボウイ像をつくってる最中の音なんだよな」

崩壊のなかのスタイル
アミ「“スウィート・シング”って曲、すごく演劇的というか……舞台の幕が開いてるみたいでした」
カズヒコ「あれは名曲だね。実は“スウィート・シング”から“キャンディデイト”を挟んで再び“スウィート・シング”に戻る、いわゆる“組曲”形式になってるんだ。ロックだけど構成はクラシック的なんだよ」
ユキヒロ「その流れのなかで、ボウイの声が変わっていくのも聴きどころ。最初は落ち着いた低音で囁くように歌い出して、だんだん高揚していって、最後はシャウトする。演技をしてるみたいなんだ」
アミ「“アクター”としてのボウイって感じですね。アルバムジャケットもちょっと……強烈ですよね。犬になってるし」
ユキヒロ「あのジャケットはガイ・ペイルソープのイラストで、当時かなり物議を醸した。元々は下半身も描かれてたんだけど、流通の関係で修正されたって話もある。つまり“センシティブな表現”ってことで」
カズヒコ「でもボウイは、そういうギリギリの表現をあえてすることで、時代の限界を突いてたんだよ。“見てはいけないもの”を見せることで、社会に問いを投げかけてたとも言える」
アミ「なんだか、すごく深い……。でも、音楽としてはすごく踊れる感じもあって。ファンクっぽい曲もありましたよね?」
ユキヒロ「“1984”だな。ワウギターが効いてて、もうすでにファンクの香りがする。次のアルバム『ヤング・アメリカンズ』に繋がる予兆があるんだ」
カズヒコ「そうそう、この頃にはすでにボウイはアメリカ文化に強く影響を受けてて、自分の“UKロック”的なルーツとアメリカのソウル・ファンクをどう融合させるか試行錯誤してるんだよ」
アミ「変化することが、怖くない人だったんですね……」
ユキヒロ「むしろ、変化しないことの方が怖かったんだろうね。ボウイにとっては、“変身”が生きることだった」
カズヒコ「レコードって、音楽だけじゃなくて、アートでもあるってことをボウイは教えてくれる。『ダイヤモンドの犬』はその象徴だよ。ときどき聴き返したくなる一枚だな」
アミ「今度、銅版画で“ハンガー・シティ”みたいな世界、描いてみようかな……」
ユキヒロ「お、いいじゃない。アナログの表現って意味でも、ボウイとアミは通じるものがあるよ」
カズヒコ「うちの“フォックストロット”から、未来のアーティストが育つってわけだな」
次回作・・・
■登場人物
カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。
アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。
ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。
※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
