《静かな光とフィルムの話》 第4話──ネオ・ノワールの極北、『チャイナタウン』の衝撃
古い洋館の梁とステンドグラスが、やわらかな午後の光を受けて輝く。
ここは、時を忘れたモダンなカフェ「Caffè di Giulietta」。
かつて“ジュリエッタ”と呼ばれていた女性が夢をかたちにしたこの場所で、
今日もまた、一本の映画をめぐって、三人の会話が静かに始まる──。
『チャイナタウン』
監督:ロマン・ポランスキー
主演:ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェイ
(1974年/アメリカ)
ロサンゼルスに潜む陰影
サトシ「今日はロマン・ポランスキー監督の『チャイナタウン』を取り上げようと思うんだ。1974年の公開で、主演はジャック・ニコルソンとフェイ・ダナウェイ。カズキくんは観たことある?」
カズキ「ありますよ、サトシさん。最初はちょっと難しい映画だなって思ったんですけど、探偵ものっぽくて引き込まれました。ジャック・ニコルソン演じる私立探偵ギテスの存在感がすごくて。」
ジュリ「あの時代のロサンゼルスが舞台なのよね。水利権をめぐる陰謀というのも、ただの探偵ものにとどまらず、都市の裏側を描き出していたわ。フェイ・ダナウェイが演じたイヴリンの複雑さも印象的だったわ。」
サトシ「そうそう。ギテスが依頼を受けて、不倫調査から始まるんだけど、どんどん深みにはまっていく。やがてイヴリンと彼女の父親、そしてロサンゼルスの水資源を牛耳る巨大な陰謀にまで行き着く。表面的にはハードボイルド探偵劇なんだけど、都市の権力構造を暴き出す作品でもあるんだ。」
カズキ「僕、最初はただの不倫調査の話かと思ってました。でも水と土地の利権の話に発展していって……ラストの展開は衝撃でしたね。正義が通じないっていうか、すごく虚しい気持ちになったんです。」
ジュリ「あの有名なラストのセリフね。“Forget it, Jake. It's Chinatown.”。日本語では『忘れなさい、ここはチャイナタウンよ』って訳されていたけど、すべてを諦めさせる響きがあるわ。」
サトシ「まさに運命に逆らえない感じだよね。フィルム・ノワールの精神を70年代に復活させた、いわば“ネオ・ノワール”の代表作でもあるんだ。」

ノワールの美学と監督の視線
カズキ「ノワールって暗いイメージがあるけど、『チャイナタウン』は色彩がけっこう鮮やかじゃないですか?オレンジの夕陽とか、砂漠の乾いた感じとか。そこが新鮮でした。」
サトシ「いいところに気づいたね。40年代や50年代のモノクロ・フィルム・ノワールに比べて、この作品はカラーで撮影されている。でも光と影の演出はノワールの伝統を踏襲している。美しいのに、底に流れるのは腐敗と暴力なんだ。」
ジュリ「ポランスキー監督の視点も冷徹だったと思う。ギテスは最後まで真実を突き止めようとするけれど、結果的には何も救えない。女性も、都市も、そして自分自身も。徹底して救いのない結末を突きつけるあたり、ハリウッド的な“ハッピーエンド”とは真逆ね。」
カズキ「そこがまたリアルでした。権力に立ち向かう個人の無力さ、っていうのがずしんと来ました。」
サトシ「当時の観客にとっても衝撃だったと思うよ。ジャック・ニコルソンはこの映画でハリウッドのトップスターに躍り出たし、ジョン・ヒューストンが演じたノア・クロスは悪の象徴として圧倒的な存在感を放っていた。」
ジュリ「父と娘の関係が絡む部分は、観ていて息苦しかったわ。あのねじれた構図が、最後にギテスを追い詰める。そこに“チャイナタウン”という象徴的な場所が重なるのよね。」
カズキ「“チャイナタウン”って、物語の舞台というより、もうどうしようもない場所、運命の象徴みたいに感じました。」
サトシ「その通り。ギテスはかつてチャイナタウンで働いていた経験があるんだ。そこで“何をやっても逆効果になる”という無力感を味わった。その記憶が、最後にもう一度突きつけられるんだよ。」
ジュリ「だからあのラストの一言が、ただの言葉以上の重みを持つのね。」
カズキ「映画が終わったあとも、ずっと心に残るセリフでした。サトシさん、ジュリさん、この映画は“観終わったあとに考え込んでしまう”タイプですね。」
サトシ「まさにそうだね。『チャイナタウン』はただの探偵映画じゃなくて、社会の深い闇を映した鏡なんだ。」
次回作・・・
『第三の男』 監督:キャロル・リード 主演:ジョセフ・コットン/オーソン・ウェルズ(1949年/イギリス)
登場人物紹介
サトシ(58歳)
カフェ「Caffè di Giulietta」のオーナー。
早期退職を機に、妻の夢だったカフェを実現。学生時代からの映画好きで、特にフランス映画を愛する。
ジュリ(55歳)
サトシの妻で、カフェの料理を担当。フェリーニ作品に深い愛着を持つ。
若い頃の愛称「ジュリエッタ」が、店名の由来。
カズキ(35歳)
地元の農家。カフェに野菜を卸すうち、サトシとの映画談義を楽しむように。
近ごろはサスペンスやホラーに夢中。
Caffè di Giuliettaについて
昭和期のモダンな洋館を改装したカフェ。ジュリの愛称を冠し、落ち着いた空間で手作りの料理と映画を楽しめる。ときどき無料の映画上映も行っている。
