思い返すたびに笑う、過去いちばんの迷惑キャンパー
これは、過去いちばん迷惑だったが愉快でもあった、思い出に残るキャンパーのお話です。
今でも時々、彼のことを思い返しては妻と笑っています。
それは、泣く子も黙る(?)2021年のことでした。
私たちは群馬のキャンプ場に行きました。
金曜日に仕事の休みをとってチェックインしたこともあり、場内に人は少なく、とても静かで落ち着いた時間を過ごすことができました。
「人がいなくて、静かで、ただただ自然に抱擁されている感じがする…。
最高だねぇ、最高でしかないねぇ」
そんな会話を妻と交わしたのを覚えています。
次の日の土曜日、私たちは朝からキャンプ場のすぐ脇にある湖でカヌーをする予定でした。
朝ご飯を食べ、早速カヌーを楽しみました。
それは私にとっても子どもたちにとっても初めてのカヌー。
少し曇り空ではありましたが、それでも楽しくて楽しくて、最高のキャンプを過ごすことができていたのです。
そう、その時までは……。

楽しいカヌーが終わり、サイトに戻りました。
土曜日の昼です。
キャンプ場のチェックイン時間になります。
少しずつキャンプ場に人が増えてきました。
流石に土曜ともなるとお客様は多くなります。
そして、遂に彼らが降臨したのです。
私たちのサイトの隣に現れたカップル。
いや、カップルかどうかは分からないが、カップルに見える男と女。
一目でわかりました。
彼らは、キャンプ慣れしている人たちではない、ということを。
男性の方はものすごく大きいサイズの服を着ていました。
いや、「大きいサイズの服」ではうまく表現できていませんね。
それはダボダボのスウェットでした。
クラブDJや、ラッパーのような雰囲気を醸し出しています。
かつて、キャンプ場でそのような格好をした人を私は見たことがありませんでした。
女性の方は男性ほど違和感のある格好ではありませんでしたが、それでも街着かな?といった感じです。
瞬間、嫌な予感が頭をよぎりました。
もしや、彼らはこのキャンプ場で大騒ぎするのではないか、と……。
否。
人を見た目で判断しちゃいけません。
昔から親にも先生にも言われてきました。
そう、ふたりはただ純粋にキャンプを楽しみに来ただけかもしれないのです。
心の中に渦巻く疑念を無理やり押しのけ、私は自分のサイトで昼ご飯を作り始めました。
その日の献立は、マンガ「ゆるキャン△」で志摩リン(という登場人物)が作っていた「牛乳で作るクリームパスタ」です。
ウィンナー、しめじ、玉ねぎ、ニンニクといった材料をカットしていき、オリーブオイルで炒めます。
水とコンソメを入れて煮立てたら、半分に折ったパスタと牛乳を投入。
最後にチーズとブラックペッパーをかけて出来上がりっ!
いやぁ、美味しそうです。
さ、いただきましょう!!
その時、事件は起こりました……。

ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン
聴こえてきたのは、山の空気を震わす魂のクラブビート。
はっ、まさか!
すっと隣のサイトに目をやると、そこには恐れていた光景が。
サイト内に設営されていた、やけに小さく、やけに背が高いテーブルにスピーカーが設置されていて、そこから音楽が流れてきているではありませんか!
そしてそばにいた男性はそのグルーブに身を委ね、頭を振りながら、体をクネクネ揺らしております。
その姿を見た瞬間、私の頭には「イルマニア」という言葉が浮かんできました。
それは、その体をくねらせている男性が、当時TVによく出演されていたイルマニアというパーティーピーポー集団のリーダーであるMCMA(エムシーマ)さんに見えたからです。
関越道で入間を通ってこのキャンプ場までやってきたという事実も、イルマニアを連想したことと無関係ではないでしょう。
その時から、私たち家族は彼のことは「イルマニア」という通称で呼ぶことにしました。
ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン
自然を揺さぶる重低音のビート。
ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン
木々が風で揺れているかの如く体を動かすイルマニア。
その後ろには、かつてキャンプ場で見たことがないエアーソファーに座ってお酒を飲む女性。
コントか、コレは……。
黙って食事を終えた私たちは、流石にこのリズムに包まれながらサイトで過ごす気にはならず、車で近くのダムに観光へ向かったのでした。
ダムはキャンプ場のすぐ近くにありました。
ダム周辺を散歩したり、ダム工事で使われた車両の巨大なタイヤを見たり、謎のオブジェを眺めたり。
ゆっくり、のんびりとダムを楽しみました。
近くのダム資料館にも立ち寄り、お菓子を購入。
ダムカレーもあるようでしたが、今回はキャンプ場でご飯を食べるため見送りました。
ひととおりダム観光を終えた私たちは、イルマニアがどうなっているのか一抹の不安を抱えながらも、キャンプ場へと戻ることにしました。
残念なことに、私の不安は的中します。
そこには、信じられない光景が待ち受けているのでした……。

キャンプ場のサイトに戻った私たち一家。
もちろん、真っ先に気になるのはイルマニアの現在の姿です。
車から降りました。
ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン
やはりあのリズムが大地を震わせています。
しかし、心なしか音量は小さくなっているような気がしました。
意を決して隣のサイトに目を向けます。
そこには、昼にノリノリで体を揺らしていたイルマニアの姿はありません。
よく見ると、イルマニアはゆったりとエアーソファーに腰掛けて、頭を垂れています。
ん?
何か様子が変だぞ。
チラチラとイルマニアの様子を見ていたら、その異変の正体に気づきました。
イルマニアは、酩酊状態に陥っているようなのです。
おそらく、酒の飲みすぎです。
いったい、どんなペースでお酒を飲んだのでしょう。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
連れの女性がイルマニアに声をかけています。
ん?
女性は敬語を使うのか。
敬語を使うということは、ふたりはカップルではないということなのか?
それとも、まだまだ付き合いたてで敬語が取れていないということか?
色々な疑問が私の頭の中を駆け巡ります。
「ん?あ、あぁ」
明らかに酔っ払っているであろうイルマニアは女性から声をかけられて立ちあがろうとします。
ガクガクブルブル…
え?
脚震えてね?
なんとか立ち上がり歩き出すイルマニア。
例のやけに小さくて、やけに高いテーブルまで歩いて行こうとした時、地面の石に躓いて転びそうになりました。
「ちょっと〜、気をつけてくださいよ」
声をかける女性。
やっぱり言葉遣いは敬語です。
ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン、ズン、ドゥン
昼間にイルマニアが身も心も委ねていたあのリズムが、今は少し寂しげに聞こえます。
そこへやってきたのはキャンプ場のスタッフです。
イルマニアのサイトに近づき、何やら声をかけています。
おそらく、「スピーカーの音量を落とすように」とか「大丈夫ですか」とか、そんなことを伝えたのではないでしょうか。
しかし、お酒の力で普段の意識を保てていないイルマニアの耳にはスタッフの声は届かなかったでしょう。
連れの女性がスタッフに対応し、そしてふたりは早々とテントの中へ入って行ったのでした。
図らずも静かな夜を迎えることができた私たちはその後、夕飯を作って食べ、寝る準備をしてテントに入りました。
その間、ずっとイルマニアと女性はテントから出てくることはありませんでした。
サイトの中央には心許ない感じで、やけに小さく、やけに高いテーブルが佇んでいました。
次の日はキャンプ最終日、チェックアウトの日です。
私たちはレイトチェックアウトを申し込んでいて、最後の日もゆっくり過ごす予定でした。
朝起きた時、やはり隣のサイトにはイルマニアの姿はありません。
ささっと朝食を食べてから、私たちはカヌーをした湖の方へ散歩に行きました。
湖で石を投げたり、池に点在している石をジャンプして渡ったり、持参した自転車に乗ったり、色々と遊んでからサイトに戻りました。
サイトに戻った時、私たちの隣にいたはずのイルマニアはもう居なくなっていました。
やけに小さくて、やけに背が高い謎テーブルも、エアーソファーも、全て無くなっていました。
風のように現れ、風のように去っていったイルマニアとその彼女(と思しき女性)。
あれは幻だったのだろうか。
そんな思いを胸に、私たちも帰宅したのでした。
あれだけのボリュームで音楽をかけられたわけですから、やはりその時はちょっと迷惑だな、と思いました。
しかし、こうも思うのです。
あれから約5年経った今でも、時折思い返しては笑うことができる。
イルマニアは私たちに忘れ得ぬ楽しい思い出をもたらしてくれたのだ、と。
彼こそ、過去いちばん迷惑だったが愉快でもあった、思い出に残るキャンパーでした。
ありがとう。
ひろあそび
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