キャンプは子どもにどんな影響を与えたのだろうか?
子どもにとって、キャンプは何か良い影響があるんだろうか。
何度も連れて行っているのに、ふとそんなことを考える瞬間がありました。
私が初めてキャンプに行ったのは息子が4歳、娘が2歳の時でした。
それからはや7年。
今では子どもたちも、すっかり少年と少女です。
昔のキャンプ写真を見返していると、
「あぁ、こんな小さな頃あったなぁ」
「可愛かったなぁ(今でも可愛いけど💦)」
「ホント大きくなったなぁ〜」
と、感慨深い気持ちになります。
そして、ふと思いました。
キャンプと共に成長してきた彼らにとって、キャンプは何かの影響を与えてきたのだろうか?
キャンプを通して子ども達は何か変わったのだろうか?
彼らの成長の過程で、キャンプは特別な役割を果たしたのだろうか?
色々と考えてみました。
感受性豊かになった。
自己肯定感が高くなった。
我慢強くなった……。
うーん、何か違う。
もちろん、そうした変化があった可能性はあります。
もしかしたら、キャンプに行って育った場合と、行かずに育った場合とで、感受性も自己肯定感も忍耐力も全く違っていたかもしれません。
でも、正直なところ、その辺りはよく分からないのです。
目に見えない心の面のことですし、日常生活と、キャンプで自然の中に身を置く時間とで、「これは明らかに違うな」と感じる場面は、あまり思い浮かびませんでした。
では、日常では見られない行動で、キャンプに行っていなければ起こらなかったかもしれない行動ってあったのだろうか。
そう考えてみたところー
ありました。
これから、その点について書いていきたいと思います。
キャンプで初めて見た、子どもたちの一面
キャンプに行かない日常に、子どもたちは何をして過ごしていたのだろう?
我が家の場合、答えはとてもシンプルで、主に「おもちゃ」です。
きっと多くの家庭でも、同じではないでしょうか。
LaQやLEGOといったブロック遊びをしたり、プラレールや機関車トーマスのおもちゃで電車遊び。
時にはパズルをしたりしながら、子ども達は日常を過ごしていました。
それ自体は、決して悪いことではありません。
おもちゃで遊ぶ中で学べることも、たくさんあると思います。
ただ、それらは全てある決められたルールの中で遊ぶものです。
全くルールのないおもちゃ、というのはなかなかありません。
そういう意味では、
「用意された遊び方の中から、子どもが何かを選んで遊ぶ」
やや受動的とも言えるような気がします。
ちなみに、今ではその選択肢の多くがYouTubeやゲームに置き換わっています。
それが日常です。
でも、キャンプに行くと、その日常はガラッと変わります。
なぜならーー
おもちゃがない!
シンプル!
もちろん、バドミントンだったり、キャッチボール、モルックなど、家から持参したものを使って遊ぶことはあります。
ただ、キャンプ場で過ごす時間は長い。
その間、ずっと持っていった道具で遊び続けることはありません。
そんな時に、ふと
「あぁ、子どもってすごいなぁ」
と思う瞬間がありました。
それは、子どもはいつだって、どんな状況でも、遊びを”創ってしまう”ということ。
キャンプ場には、基本的に何もありません。
あるのは、自然だけ。
その中で
「何ができるだろう?」
「どうしたら楽しいだろう?」
そんなことを考え、実際にやってみるのです。
例えば、こんな遊びです。
落ち葉を蹴って、土の平らな場所を広げようとする
飛び石を、とにかく早く、とにかく遠くまで渡ろうとする
凍った池の表面を、大きい石(我が家ではそれをでか石を呼ぶ)を投げて割ろうとする
川の中で、ひたすら石を積み上げようとする
雪を、ただ延々と投げ続ける
パッと見て、どうでしょう。
文字にしてみると、
「それ、そんなに楽しい?」
と思ってしまいそうなものばかりな気がします。
でも、大丈夫。
子どもたちは心から楽しんでいます。
親も一緒にやると、これがまた楽しいのです。
結果として、延々とその遊びが続き、気づけば親も夢中になっているのです。
何もないところで、なんとかして楽しもうとする。
こんなにも能動的に遊ぶ子どもたちの姿を、私はキャンプ場で初めて見ました。
それは、ちょっとした感動でもありました。
「子どもは遊びの天才」
どこかで聞いたことのある言葉でした。
その言葉って本当だったんだ、と実感を持って感じた瞬間でした。

あの時、息子は一歩前に出た
ある時、バスケットコートがあるキャンプ場に行ったことがあります。
もちろんキャンプ場なので、バスケットコートがいくつもあるわけではありません。
場内にひとつだけです。
キャンプ場に到着してすぐ、息子はひとりでバスケットコートに向かい、遊び始めました。
その後、続々とキャンパーがやってきます。
そして、あるキャンパー家族の子どもがバスケットコートにやってきました。
パッと見たところ、息子より学年が上の男の子でした。
そんな彼がプレーを始めたのですが、
「あぁ、経験者だな」
とすぐにわかるような動きでした。
その時、ちょっとびっくりしたことがあったのです。
息子はその彼に声をかけ、ふたりでゲームを始めたのです。
いわゆる1on1というやつです。
少し恥ずかしがり屋で、少し引っ込み思案。
積極的なタイプではなく、知らない子に自ら話しかけることはない。
そんなふうに思っていた息子が、見ず知らずの子とバスケットボールで勝負している。
全く考えもしていなかった光景に、ちょっとした感動を覚えました。
何に背を押されたのかわかりませんが、あれは息子が一歩前に出た瞬間だったと思います。
その後、バスケットコートにやってくる子どもの数は増えていきます。
いつの間にかその子たちも混ざって、みんなでバスケットを楽しんでいました。
「あぁ、こうやって友達の輪を広げていけるんだ、いいなぁ」
そう思いました。
私はバスケットコートの近くにテントを張っていました。
しばらくして、そこへ息子が、1on1をした彼と一緒にやってきました。
話をしてみると、彼はやはりバスケ経験者でした。
通っている小学校のミニバスケットチーム(通称ミニバス)に所属しているとのこと。
その時、彼は息子にこう言ったのです。
「バスケ上手いんだから、学校のミニバス入ったら?」
その言葉に、息子は心を動かされたのでしょう。
キャンプからの帰り道、
「小学校のミニバス入りたい」
息子は私にそう言ってきたのでした。
それは、自分の人生でひとつの決断をした瞬間でした。
この先ずっとバスケットを続けるかは分かりません。
でも、その時やりたいと思ったバスケットを、この先もっと頑張りたい、という明確な意思表示をして、自分の歩む道を決めたのです。
こんなこと、おそらく日常ではそうそうないんじゃないかと思います。
キャンプという非日常が、少しだけ息子の行動を変え、少しだけ息子の人生を変えたのかもしれません。

子どもたちに願うこと
人生でいちばん大切なことってなんでしょう。
いつか人生が終わるときに、
「あぁ、いい人生だった」
そう思えるために、何が必要なのでしょう。
最近、私は思うのです。
それは、たくさんの「思い出」だろう、と。
だから、私は子どもたちに願います。
いつか、大きくなった時に、
「小さい頃、よく親とキャンプに行ったなぁ」
「親とキャンプに行って、あんな失敗したなぁ」
「あの時の食べたご飯、美味しかったなぁ」
そんなふうに、ふと昔のことを思い出してほしい、と。
それが、
「いつもキャンプに連れて行かれて、ちょっと面倒だったなぁ」
そんなことでも構いません。
今、私たちと一緒にキャンプで過ごしている時間が、
少しでも子どもたちの心のどこかに残ってくれて、
そして、ふと立ち止まった時に思い返す瞬間があれば。
それだけで十分です。
最後に子どもたちへのメッセージ
気づけば、僕はたくさんの思い出を君たちからもらっていました。
いつか自分の人生を振り返る最後のときに、その思い出が胸にあれば、僕はきっと幸せです。
いつもありがとう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ひろあそび
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