「テント粉砕記念日」 : テントが布切れに変わった日
私のキャンプ史上、最も過酷な一夜となったあの日。
この記事では、その一部始終について綴っていきます。
それは2022年のゴールデンウィークのことでした。
訪れたのは無印良品が運営している「カンパーニャ嬬恋キャンプ場」です。
そのキャンプ場は標高1,300メートルのバラギ高原にあります。
実はここは前年の2021年9月に一度訪れていました。
浅間山や四阿山の織りなす美しい景色や、キャンプ場近くにあるバラギ湖での釣りやボートなど、とても楽しい時間を過ごすことができてすっかり虜になり、リピートで訪れたのでした。

2022年も同じテント(ランドロック)で宿泊しました。
2022年の訪問時は友人家族とのグループキャンプでした。
ゴールデンウィークなので2泊3日でゆっくり楽しもうと、私が「去年行ってすごく良かったので、ぜひカンパーニャ嬬恋キャンプ場に行きましょう」と友人家族をお誘いをして、片道約4時間かかるキャンプ場まで一緒に来てもらったのでした。
「カンパーニャ嬬恋キャンプ場」には林間のサイトと草原のサイトがあります。
その時はグループキャンプだったことから、草原側の2家族が使っても十分にスペースが確保された広いサイトを予約しました。
視界を遮るものがなく、美しい景観を楽しむことができ、子どもたちも思いっきり広い草原の中で遊ぶことができる。
素晴らしいサイトです。
そのサイト選択が地獄への第一歩だったとは、知る由もありませんでした……。
ゴールデンウィーク初日の4月29日は夕方あたりから雨が降る予報。
アーリーチェックインで午前中早めに到着した時点で、すでにどんよりとした天気で、今にも雨が降りそうでした。
友人家族も私たちもそれぞれ急いで設営をしました。
私たちが設営したのはランドロックというテントで、いわゆるツールームテント(寝室部分とリビング部分が一体になった大型テント)です。
友人家族はワンポールテント(寝室)とシェルター(リビング)をそれぞれ張りました。
設営を終えてしばらくしたら、空模様通りに雨が降り始め、結局この日は友人家族が設営してくれたシェルターに籠もることにしました。
そのまま寝る前まで籠もることになり、グループキャンプでなければ暇を持て余してしまいそうな状態にはなりましたが、子どもは友人家族の子どもと一緒になってあそび、私は友人家族と喋りながらお酒を飲み、雨でも楽しく過ごすことができました。
夕飯も食べ終え、まったりしていたあたりから、にわかに風が強くなり始めました。
籠もっていたシェルターもだいぶ風に押されています。
もう夜遅くになっていたこともあり、シェルターは一旦畳んで寝ることにしました。
この時すでに悪魔はすぐそばまで忍び寄ってきていました。
その予兆は確かにあったのです。
にもかかわらず、キャンプ経験がまだ乏しく、そして酔っ払っていた私はその予兆を感じ取ることができぬままに就寝してしまいました。
そして、悪魔は訪れます。
就寝したのは21時ごろ。
その時から風は強くなっていましたが、それでも長時間運転をしてきて、お酒も飲んでいたこともあって、私はすぐに眠りにつきました。
しかし、眠りに落ちたかと思ったのも束の間、すぐに目が覚めてしまいます。
風の音がすごいのです。
ゴォー、ゴォー。
そしてその風に煽られてテントも音を立てています。
バサバサ、バサバサ。
それはテントの悲鳴のようでした。
ゴォー、ゴォー。
バサバサ、バサバサ。
音が鳴り止む様子はありません。
隣を見ると、妻も目を覚ましていました。
「眠れない……」
そう呟いています。
子どもたちは眠っているようです。
この音の中よく眠れるな、と感心したのを覚えています。
ゴォー、ゴォー。
バサバサ、バサバサ。
風はますます強くなっていく様子。
「ゴォーゴォー」も「バサバサ」もどんどん音が大きくなっていきます。
そのうち、パチパチ、といった変な音も混じってきました。
パチパチ、パチパチ。
何か、テントに小さくて固いものがぶつかっているような音です。
もしかして、これは雪かみぞれ?
よくわかりません。
ゴォー、ゴォー。
バサバサ、バサバサ。
パチパチ、パチパチ。
それはまさに地獄の三重奏でした。
流石にこの風にテントは耐えられない。
そう思った私は、ペグを打ち増すことを決意します。
そして寝室からツールームテントの前室(リビング)側に出て、そこで目にした光景に私は目を疑いました。
テントの入り口部分が内側に凹むように、風で大きく変形しているのです。
それは、テントが真正面から風を受けている証拠。
源義経を守るため衣川にかかる橋で立ち往生し、満身創痍になってもなお仁王立ちのまま敵兵の攻撃を一身に受け続けた弁慶の勇姿を想起させました。
しかしこのテント、この後も弁慶のように立ち続けてくれるだろうか……。
ゴォーゴォー。バサバサ。パチパチ。
耳に入ってくる阿鼻叫喚のごとき地獄の音色は、私にその希望を失わせるのに十分でした。
意を決して、ペグを打つため外に出ようと少しだけテント入り口のチャックを開けました。
その瞬間、とんでもない風圧が私を襲い、そして狂風がテント内に入り込んできました。
カランカラン。
テント内のキャンプ道具が風に飛ばされて悲鳴をあげます。
ダメだ!
すぐにチャックをしめ、外に出るのを諦めます。
これはとても外に出れる状態ではない、そう判断しました。
無理して外にでたら、風で抜けたペグが勢いよく飛んできて体に直撃する可能性があります。
それはその時点で考えられうる最も危険な可能性です。
「外には出れない。テント内で朝までやり過ごすしかない……」
朝まで到底テントが耐えられそうにないとは分かってはいるものの、外に出るのはより危険。
行くも地獄、行かぬも地獄……。
絶望を胸に抱きながら、シュラフの中に戻ります。
ゴォーゴォー。バサバサ。パチパチ。
悪魔の音を耳にしながら、ひたすらシュラフの中で風が収まるのを願います。
その時です。
「なんか、ちょっと怖いね」
隣で眠っていたはずの息子が言いました。
いつの間にか、息子は目を覚ましていたのです。
今、この夜の出来事を思い返すとき、最も印象的なのがこの場面です。
「本当だね、風強いね」
「風が強いね」なんていう優しい表現が適当ではないのは明らかでしたが、それでも息子を怖がらせないように言葉をかけます。
シュラフに横たわりながら息子と交わしたこの会話をよく覚えているのは、この直後に凶風の致命的な一太刀が我が家の弁慶を薙ぎ倒したからなのです。
ビュンッ!
その瞬間、シュラフに横になっていた私の体は後方に吹き飛ばされました。
物凄い力で寝ていた足を掬い上げられ、無理やり後ろ回りをさせられたかのように、体がグルンと回転したのです。
それは、風がテントを布切れに変えた瞬間でした。
何がどうなっているのかよくわからなかったのですが、体はヨガポーズのように頭のうえに足があるような状態、そしてインナーテントやシュラフが顔や体に纏わりついています。
家族は大丈夫だろうか、周囲をみて声をかけたかと思いますが、この時のことはあまり覚えていません。
現状を理解して次に取るべきアクションを考えるのに必死だったのでしょう。
とにかく、家族は全員無事でした。
インナーテントから抜け出すためチャックを手探りで探し、外にでます。
その外にも何かしらの布が見えます。
それを剥ぎながら、なんとか外に体を出します。
途端にみぞれが激しく体を打ってきます。
バラギ湖の方から私たちがテントを張っていたサイトに向かって凄い強風がみぞれを運んできます。
「パチパチ」の正体はこれか……。
まさにブリザード。
ゴールデンウィークにブリザードを経験するとは思ってもいませんでした。
あたりを見回しますが、テントの形をしたものはありません。
ただ、何かしらの布が地面に張っており、その上にキャンプ道具が散らばっています。
不幸中の幸いだったのは、車のキーをポケットに入れたまま寝ていたこと。
もし車のキーをテントの中に置いていたとしたら、探し出すのに大変な苦労を強いられていたことでしょう。
もし車のキーを失っていたとしたら、低体温症で……。
恐ろしくて考えられません。
すぐさま、子どもたちを抱っこして車の中に移動させます。
寒さを凌ぐため、草原に散らばったキャンプ道具の中からシュラフだけを探して車の中に運びました。
そして妻も私も車の中に逃げ込み、風が比較的弱そうなセンターハウスの脇に車を移動させました。
それは1時か2時か、それぐらいの時刻ではなかったかと思います。
車の中で浅い眠りにつきながら、風が収まるのを待ちました。
明け方、少し風が弱まってきたため、サイトまで戻って状況を確認しました。
そこにあったのは無惨な姿に変わり果てた我が家のテント。
果たして本当にそこにテントがあったのだろうか、と思うぐらいに跡形もなく立体物がなくなっていました。
あの日、朝日の下に横たわる無惨なテントの神々しい姿を私は忘れることができません。

周囲を確認したら、やはり相当数のペグが抜けていました。
もし夜中に外に出ていたら、と思うとゾッとします。
そして、本当に私たちも周囲の方も被害がなくて良かったと思います。
その後、テントを片付けながら朝を迎えることになりました。
悪夢のような一夜が嘘だったかのように風は止み、青空が拡がっています。

子どもたちは広い草原を走り回って遊んでいます。
あの恐怖の時間のことはすっかり忘れているようです。
あぁ、これが自然なんだなぁ。
自然は無情で、そして人間は無力なんだなぁ。
そんなことを思いながら迎えた朝。
忘れ得ぬ、キャンプの思い出です。

なお、友人家族のワンポールテントはこの夜を無事に過ごすことができていました。
そして、私はこの後本気で「風」と向き合い、そして「風」の対策を打っていくことになるのです。
その対策が身を結んだのは2023年〜2024年の年越しを過ごした「ふもとっぱらキャンプ場」なのですが、それはまた別の話。
結局嵐を乗り越えた次の日、私はもちろん、テントが無事だった友人家族も帰宅しました。
私が誘ったがばっかりに、ブリザードの中を過ごすことになり、片道4時間かけて行ったのに1泊だけで帰るという、大変なキャンプを経験させることになってしまいました。
改めて、本当にごめんなさい。
ちなみに、私はこの過酷な体験の後も「カンパーニャ嬬恋キャンプ場」にはお世話になっていて、今年もキャンプ場のクロージングの時期に訪れようと計画しています。
それぐらい大好きなキャンプ場だということを最後にお伝えしておきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ひろあそび
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