布団の中で、知らない世界を聴いていた|子ども時代のラジオの思い出 #わたしとラジオ
子どものころ、夜は今よりずっと暗かったような気がする。
もちろん、本当に昔の夜のほうが暗かったのかは分からない。
けれど、スマートフォンもインターネットもなかった昭和の時代。
布団に入って電気を消せば、そこから先は「一日の終わり」だった。
そんな暗闇の中に、別の世界への入口があった。
ラジオだった。
小さな箱から聞こえてくる、大人たちの世界
私は1967年生まれ。
子ども時代を過ごした1970年代から80年代初め、今のように知りたいことを検索すれば何でも出てくる時代ではなかった。
テレビはあった。
新聞もあった。
本もあった。
でも、ラジオは少し違っていた。
姿の見えない誰かが、自分に話しかけてくる。
ニュースが流れる。
音楽が流れる。
知らない街の話が聞こえてくる。
パーソナリティが笑えば、こちらまで少し楽しくなる。
小さなラジオの向こうには、自分の知らない世界が広がっていた。
子どもの私には、それが不思議だった。
ラジオは「見ることのできない窓」だった
テレビなら、東京の景色を見ることができる。
外国の映像だって見ることができる。
けれど、ラジオからは何も見えない。
だから私は、想像した。
この声の人は、どんな部屋で話しているのだろう。
この曲を歌っている人は、どんな顔をしているのだろう。
東京とは、どんな街なのだろう。
外国とは、どんなところなのだろう。
何も見えないからこそ、自分の頭の中では、どこへでも行くことができた。
考えてみれば、ラジオとは不思議な「窓」だ。
窓なのに、景色は見えない。
それでも、その向こう側には確かに広い世界がある。
夜になると、ラジオは少し違う顔をした
昼間に聞くラジオと、夜に聞くラジオは違って感じた。
家族が眠り、家の中が静かになる。
そんな時間にラジオから聞こえてくる声は、昼間より近かった。
音量を少し小さくする。
耳を澄ます。
すると、パーソナリティの声が、自分だけに話しかけているように感じられる。
子どもにとって、夜更かしには少しだけ「秘密」の匂いがある。
本当なら、もう寝ている時間。
それなのに、自分だけが起きている。
そしてラジオの向こう側にも、まだ起きている人たちがいる。
それだけで、少し大人になったような気がした。
深夜ラジオという言葉には、今でもそんな記憶が重なる。
知らない曲との出会い
ラジオの楽しみのひとつは、次に何が流れるか分からないことだった。
今なら、聴きたい曲を検索すればすぐに聴ける。
好きなアーティストだけを選ぶこともできる。
でも、ラジオはこちらの都合を聞いてくれない。
知らない曲が流れる。
興味のなかった話が始まる。
「なんだ、この曲は」
と思いながら聴いていると、いつの間にか好きになっている。
そんな偶然があった。
これは今考えると、とてもぜいたくなことだったのかもしれない。
検索するということは、自分が「知りたい」と思ったものに近づくことだ。
ラジオは違う。
自分が知りたいとさえ思っていなかったものを、向こうから連れてきてくれる。
子どもの私にとって、その偶然は世界を広げる入口だった。
あの少年は、やがて外国で暮らした
子どものころ、ラジオを聴きながら外国のことを想像していた私が、その後、本当に海外で暮らすとは思っていなかった。
大学では機械工学を学び、機械設計の仕事に就いた。
そして2003年、タイへ渡った。
そこから20年以上、タイで働き、暮らした。
英語やタイ語を使い、日本とは違う文化の中で生活した。
子どものころ、小さなラジオから聞こえてきた「自分の知らない世界」。
そのずっと先まで、私は実際に歩いていくことになった。
もちろん、ラジオを聴いたからタイへ行ったわけではない。
それでも、ときどき思う。
何も見えない小さな箱の向こう側に広い世界があることを、私はラジオから教えてもらったのではないか、と。
そして59歳、また知らない世界へ
2025年、私は長かったタイ生活を終えて日本へ帰国した。
そして59歳になった今、建築の仕事をしながら大学の建築学科で学んでいる。
建築構造。
環境工学。
建築史。
製図。
知らないことばかりだ。
分からないことに出会うたび、調べる。
教科書を開く。
図面を描く。
そうしていると、ときどき子どものころの自分と重なる。
ラジオを聴きながら、
「これは何だろう」
「この向こうには何があるんだろう」
と思っていた少年。
59歳になっても、私はあまり変わっていないのかもしれない。
知らないものの向こう側を、見てみたい。
ただ、今度はラジオのチューニングダイヤルではなく、鉛筆やCADを使って探している。
「選ぶ時代」に、ラジオを聴く意味
現在はradikoがある。
ラジオは、昔のように受信機だけで聴くものではなくなった。
スマートフォンやパソコンからラジオ番組に触れられる。
ずいぶん便利になった。
でも、私はラジオの魅力そのものは、それほど変わっていないと思う。
インターネットでは、自分が興味を持った言葉を検索する。
動画配信サービスでは、見たい作品を選ぶ。
SNSでも、自分が興味を持つ情報が次々と表示される。
私たちは「選ぶこと」が上手になった。
だからこそ、ラジオから偶然流れてくる何かには価値があるのではないだろうか。
知らない人の話。
知らない音楽。
知らない考え方。
自分からは検索しなかった世界。
それが突然、生活の中に入ってくる。
そこには、子どものころ私が感じた「知らない世界への入口」が、今も残っている。
ラジオから聞こえていたのは、未来だったのかもしれない
あのころ、布団の中でラジオを聴いていた少年は、59歳になった。
日本を飛び出し、タイで20年以上暮らし、日本へ帰り、今度は建築を学んでいる。
ずいぶん遠くまで来た。
それでも、ラジオから懐かしい音楽が流れてくると、一瞬であのころに戻ることがある。
暗い部屋。
小さな音。
耳を澄ましていた自分。
何も見えないのに、その向こうには大きな世界があった。
当時の私は知らなかった。
その世界の一部を、いつか自分自身が歩くことになるなんて。
そして、還暦を目前にして、また新しい世界の入口に立っているなんて。
人生は、ラジオに少し似ている。
次に何が流れてくるのか、分からない。
予定していなかった出来事があり、知らなかった人と出会い、ときには思いもしなかった場所へ連れていかれる。
でも、それでいい。
次に何が聞こえてくるのか分からないから、耳を澄ませる。
子どものころ、ラジオから聞こえていたのは、音楽や誰かの声だけではなかったのかもしれない。
あの小さなラジオから聞こえていたのは、まだ知らなかった私自身の未来だった。
今も私は、その続きを聴いている。
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