嘘つきの旅〜「真っ黒な男」
「ありがとうございました」
早朝、俺はボランティアのお世話になった人達に頭を下げてた。
「ひろきさん、助かりました。また来て下さい」
本心なのか嘘なのか分からない園長先生の言葉を後にして俺は園を出る。まぁ、一応やっておかないと俺の気がすまない。というか、社会人の常識的な部分だと思って……
「とは言え、人が死んだのにあんな表情一つ変えないなんて……女は怖いね」
「お前自分のツラ見ていってる?」
と、園を出て停めていた駐車場まで行く。クルマを確認した時……俺は固まった。
「ども」
灯さんが車のフロントにもたれ掛かってスマホを触ってたからだ。
「灯さん!?」
と、驚きの声を挙げてると彼女はこちらを何食わぬ顔で見つめ車から離れる。
「少し、頼みごとしたくて来たんですけど」
俺達は群上を出て双葉町に行くつもりだったんだけど……まぁ、お金が絡まない面倒事じゃなければ良いけど。
「私も連れて行ってくれませんか?」
その一言に言葉を失う。というか、驚いた。自分の想定してたことに反していて、想定してた出来事と違ったからだ。
「双葉町に?」
「えぇ。あそこへ行くなら恐らく、例の学校に行く気なんですよね」
昨日なんて俺達と話しなかった彼女が急に行きたいなんて。
「どうして一緒に行く気なの?」
「……双葉町は私のふるさとですから」
****
右、左、と車は曲がる。右には岩壁、左には川と草木、綺麗と言うには車からは少し見づらい。
「車酔いとか大丈夫?」
灯さんは関係なさそうに外を眺める。
「大丈夫ですよ」というひと言で外の音とエンジン音以外何も聞こえくなる。
「……双葉町には何があるのかい?」
何も知らないヤタガラスが空気を読んだようなりアクションで話すが……ちょっと今のタイミングだと無言の方が俺的には助かったんだが……
「あの街は3.11の影響を多く受けた所です」
「その………3.11がなんなのかボクはわからないんだが」
「アレは……地震と津波が一気に来たんだ。その結果多くの人と多くの家々が壊された」
俺が重々しく言った言葉にヤタガラスは言葉を失う。
「更に、原子力発電所が大ダメージを受けたせいで核物質が漏れ出し、今でもあんなように入れない所が多々あります」
フェンスが立てられた道。更には看板が立てられ「ここから先は関係者以外立ち入り禁止です」と書かれてた。
「核物質はそれだけ危険なのか?」
「……今は年月が経ったが、核物質は土地を汚染してその土地の空気を吸うだけで何か人間に害する悪魔の物質。と言っても不法侵入が出来て生きてるぐらいだ。今の福島は元の福島に近い状態になったんだ」
「……それでも、人に負わせた傷は大きいですよ」
彼女は俺の言葉を戒めるように鋭く言い捨てる。
「……ごめん、デリカシーの無いことを言って」
……普通に大切な人を亡くなってる人だっている。大切な人はどれだけ街が復旧しても戻らないものだ。
「いいえ。別に謝ることでは無いです。多くの人は街と共に前を向いてます。しかし、この双葉町のように未だに傷跡を残してる人も居るんですよ」
車から見えるのは数少ない家々や草木、そして、新しく治された道路だけだ。
「……言葉の綾とは言え、今のひと言でこの土地の現状が見えた……辛かったようだね」
「そんな一言でまとめなくても結構です。もう引きずってるわけではありません」
ヤタガラスの一言に眉一つ動かさない姿から彼女が過去の事を引きずってるわけではない。なんて思えたが……確かに、彼女は顔色一つも変えずに話しているが……まぁ、余計な言葉は無しだ。そろそろ目的地に着くしな。
「着いたな」
それは、一見すると古い小学校に見えるが……そうではない。
「ここは?」
「ここは……津波に耐えた建物。地震が有ったことの証言となる建物だ」
俺達は入るに辺り、受付の人に五百円払って中に入る。
そこは地震の被害の資料館とスロープが敷かれた道を通っていく。
そして、スロープを進むと学校の中に入る。順路を辿っていきなり現れたのは津波で押し流され、放置されたであろう砂と泥が混ざった床、ぶつぶつな石、剥がれた壁が出迎えてくれた。
「これが……地震と津波の後」
「あぁ。恐らく、ここまで濁流が飲み込んだんだろう」
「あの時に比べればまだ良いですよ。あの頃はここなんて飲まれて水さえ抜けなかったんですし、瓦礫まみれでしたから」
やはり、リアルを知ってる人からするとここは復旧してるという扱いなんだろう。
「まぁ、進んでいきましょう」
少し進むと白く文字の書いてある黒板が現れた。
「がんばれ!!」や「絆」と書かれており、被災の後に誰かが書いたことが伺える。
「……どの面で言ってるんだか」
自分がここまで接して灯さんに思ったことは彼女は多分……過去の傷のせいで歪んでしまったこと。
「……キミは、どうしてここに来たの?」
土まみれで汚い廊下の奥へ進んでいく。この場に合わないような気持ちの良い潮風が波の音とともに吹く。
「……過去を懐かしみたかったからです。嫌なことであっても過去は過去。それを忘れたくないから」
一階の中間辺りに来てからは一変した。急に上れるようなバリアフリーの足場と青く綺麗な廊下へとグラデーションチェンジしたからだ。
「ほんと、こういう過去を愚弄するような修理はやめてほしい」
しかし、階段を無視して奥へ進む。進んで行き、窓に近づく頃には押し流されたであろう複合板が死体のように倒れて放置されてた。
「……あれって滅茶苦茶重いやつだろ!?」
俺はその複合板と部屋の汚れ具合に驚きの声を上げる。その部屋の鉄骨も床も汚れてる。逆に整備されたであろう床が綺麗すぎて気持ち悪さを覚えるほど部屋自体はボロボロだった。
「これが……津波か」
「ヤタガラスさんは津波を知らないんですか?」
彼女は相変わらず何も感情的にならずに話し出す。ヤタガラスも違和感をそろそろ覚えてきたのか、少し間を空けて返答する。
「……ボクは山に囲まれた村だったからね」
「幸せですね。さて、そろそろ外の巡回口、と言っても後はそんな大したものは無いですけどね」
外の順路を通る。
最初に目に入ったのは給食の調理室だ。窓は割れていて、大きな鍋が、色を剥げ二つほど残されてた。
「……ここも変わりませんね」
その声にはダルそうなあまり感情のこもってないような声だった。表情も何も変わらず目の前のことを淡々と観てるような、面倒な授業の内容を聞き流しているようなそんな顔だ。
「……ひろき、彼女は……」
「多分、お前の言うとおりだと思うが口にするな」
ヤタガラスの囁きに俺は釘を差す。多分、彼女の心は歪な形をして存在してるのだろう。いや、これがあの地震の本来の被害者と言うべきか。
「俺達がどうこう言うことはきっと違う」
「……余計なおせっかいの可能性があるということかい?」
俺の無言の頷きを見てヤタガラスは納得したかの様に視線を交わす。
****
外側を回ると校舎の裏側に辿り着いた。一面を見てみると雑草が生い茂る農家。復旧してるというにはあまりにも殺風景だ。
「復旧と言うのは村街が出来てるものだと思ったが……」
「指定区域がまだあるのが影響してるかもな」
基本的に道路等は綺麗だが、そこ建ってる建造物はあまり見当たらない。
「どちらかと言うと悲惨さを伝える為に残したい旨があるかも知れませんよ」
「……確か、石巻は都市化してるんだっけ?」
と、話をしてると体育館へ着く。
入る事は出来なかったが、外から見えたものは土と凹んだ床。まるで相撲場だ。ここで力士がしこを踏んでもおかしく無い。
「えぇ。あそこら辺に比べてこちらはまだまだ」
……だが、彼女は何食わぬ顔でそんな言葉を淡々と吐く。
昨日まであったものがこうも変わってしまうのは彼ら彼女らにとってどれだけ心に傷を残したのか、彼女の姿から胸をえぐられたような痛みを感じる。大学生なんて明るくキラキラ生きるのがベストだ。
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「さっ、久しぶりにここを見れて満足しました」
口では言うが……相変わらず彼女の顔は変わらない。彼女の言葉が本心なのか、それとも嘘なのか……と言うより何を考えてるのか分からない。
「それはよかった」
俺はそんな彼女に笑顔を作って嘘でも嬉しそうに語った。
「後、もう一つ……今日最後のお願いしていいですか?」
「最後のお願い?」
「私と共に、黒い人影を見つけて下さい。友達の記憶を知っていると思うんです」
今まで表情を変えなかった彼女が頭を下げて、必死な声のトーンで俺に訴えてきた。
