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6割がBCPを持っていた、それでも工場長は不在だった 熊本地震1カ月、61社調査が映す「運用」の壁

2026年7月28日に熊本県熊本地方で発生したマグニチュード7.1の地震から、8月28日で1カ月が過ぎました。日本経済新聞が熊本県内に拠点を持つ中小規模の製造業に聞き取りをしたところ、回答した61社のうち6割が事業継続計画(BCP)を策定していたことがわかりました。2016年の熊本地震から10年、地方の中小製造業にもBCPは確実に浸透していたということです。

ところが、同じ調査は別の事実も浮かび上がらせました。地震発生の瞬間、飲料メーカーの工場では指揮をとるべき工場長が不在でした。造船会社では、避難経路を記したBCPが日本語だけで書かれており、外国人労働者を日本人スタッフが避難所まで案内しました。プラスチックメーカーでは、被害が小さかったがゆえに避難の判断が従業員ごとにばらばらになりました。

いずれも、BCPという書類は存在していたのに、その書類に書かれていなかったこと、あるいは書類が届いていなかった人たちのところで起きた出来事です。BCPは「策定率」という指標で語られがちですが、災害が突きつけるのは策定率ではなく運用の質でした。この記事では、61社調査が映し出した具体的な現場の姿から出発して、内閣府や帝国データバンクの統計、2016年熊本地震の記憶、そして南海トラフ地震や首都直下地震の被害想定までを行き来しながら、「作っただけのBCP」を「動くBCP」に変えるために何が必要なのかを考えます。


1. 熊本地震から1カ月、61社が答えたこと

まず、今回の地震そのものを確認しておきます。気象庁によれば、地震の発生は2026年7月28日16時27分ごろ。震源は熊本県熊本地方、深さは暫定値で16キロメートル、地震の規模を示すマグニチュードは7.1でした。熊本県宇城市と氷川町で最大震度7を観測し、熊本県熊本では長周期地震動階級4も記録されています。発震機構は横ずれ断層型で、揺れは九州から北陸地方にかけての広い範囲に及びました。

気象庁が8月10日時点でまとめた資料では、この地震のあとに震度1以上を観測した地震が590回発生しています。内訳は震度5弱が5回、震度4が22回、震度3が58回、震度2が149回、震度1が356回でした。余震活動は1カ月を経てもなお続いており、被災した企業にとっては「復旧作業そのものが揺れの中で行われる」状況が続いたことになります。

日本経済新聞の調査は、この発災から1カ月というタイミングに合わせて行われました。対象は年間売上高が20億円以上で、ソニーグループや東京エレクトロンといった大企業を除いた製造業100社超。8月24日から27日にかけて聞き取りを実施し、61社から回答を得ています。聞き取り対象の平均従業員数は180人。つまりこの調査は、報道されやすい大企業の工場ではなく、地域の産業を実際に支えている中堅・中小の製造現場が何を経験したのかを拾い上げたものです。

結果の骨格は次のとおりです。本社や営業所、工場などの建物・設備に被害があったのは26社で、回答企業の43%にあたります。そのうち9割が発災から1カ月以内に「復旧済み」と答えました。そして回答企業の65%が、地震を想定したBCPを策定していました。

この3つの数字を並べると、10年前の教訓が一定の効果を上げたことが読み取れます。4割超が被災しながら、その9割が1カ月以内に立ち上がった。地方の中小製造業としては、決して悪い成績ではありません。むしろ、平均従業員数180人という規模の企業群で65%がBCPを持っていたという事実は、全国平均と比べても高い水準です。

ただし、この調査が価値を持つのは、こうしたマクロな数字ではなく、そのあとに続く自由回答の部分です。BCPを持っていた企業が、それでも直面した「想定外」。この記事の主題はそこにあります。


2. 調査の輪郭を数字で押さえる

数字を扱ううえで、いくつか注意しておきたい点があります。

1つ目は、この61社という母数の性格です。年間売上高20億円以上という条件がついているため、地域の零細事業者は含まれていません。従業員数10人未満の町工場まで含めれば、BCP策定率はもっと低くなるはずです。逆に言えば、今回の65%という数字は「ある程度の規模がある地方製造業」の姿であって、日本の中小企業全体を代表するものではありません。

2つ目は、「被害があった」の定義です。43%が建物・設備に被害を受けたとしていますが、これには壁のひび割れのような軽微なものから、稼働を1週間停止せざるを得なかったケースまでが含まれます。実際、記事に登場する熊本ドックは八代市の工場が被害を受け、稼働を1週間停止しています。同じ「被害あり」でも、経営に与える打撃はまったく違います。

3つ目は、「復旧済み」の意味です。9割が1カ月以内に復旧したというのは力強い数字ですが、製造業の復旧には段階があります。建屋の安全確認、ユーティリティー(電力・工業用水・ガス・通信)の復旧、設備の点検と再校正、試運転、品質の再確認、そしてフル稼働への回復。「復旧済み」と答えた企業がどの段階を指しているかは、企業によって異なる可能性があります。半導体や精密加工の分野では、装置が動いても歩留まりが元に戻るまでにさらに時間がかかることが知られています。

4つ目は、この調査が「地震を想定したBCP」を尋ねている点です。BCPは地震だけを対象とするものではありません。水害、感染症、サイバー攻撃、取引先の倒産、電力供給の逼迫など、事業を止めうる事象は多岐にわたります。65%という数字は「地震について書かれた計画を持っていた企業」の比率であり、包括的なBCMS(事業継続マネジメントシステム)が回っている企業の比率ではありません。

こうした留保を置いたうえでも、43%が被災し、その9割が1カ月以内に復旧したという事実は重い意味を持ちます。2016年の熊本地震では、部品供給の途絶が全国の完成車工場を止めるという連鎖が起きました。今回、そこまでの広域連鎖が大きく報じられていないこと自体が、10年間の備えの成果と言えるでしょう。

問題は、その成果を生んだのがBCPという「文書」なのか、それとも現場の人たちの機転なのか、という点です。61社の証言は、その両方が混じり合っていたことを示しています。


3. 「工場長が不在だった」という1行の空白

飲料メーカーのハイコムウォーターでは、地震が起きた瞬間、工場で指揮をとるはずの工場長が不在でした。BCPには工場長不在時の対応が明記されていませんでした。結果として、工場長は電話で現場に指示を出しました。今回は通信が生きていたため大きな問題にはなりませんでしたが、通信が途絶えていれば現場は指揮系統を失っていたはずです。

南阿蘇村工場の馬宮隆二工場長は「現場のみで解決できるようマニュアルや体制を見直していきたい」と語っています。

この事例は、BCPの設計における最も古典的で、最も繰り返される欠陥を突いています。すなわち、権限委譲と代行者規定の欠落です。

多くのBCPは「社長を本部長とする緊急対策本部を設置する」「工場長が現場の指揮をとる」といった形で、平時の組織図をそのまま持ち込みます。しかし災害は、平時の組織図が想定する「全員が持ち場にいる状態」では起きません。地震は16時27分に起きました。夕方です。出張中かもしれない、会議中かもしれない、あるいは自宅に向かう途中かもしれない。休日や深夜であれば、事業所にいる管理職はゼロという可能性さえあります。

BCPが本当に機能するかどうかは、「責任者がいないときに誰が決めるか」が書いてあるかで決まります。実務的には、次のような構造で規定するのが定石です。

まず、意思決定が必要な事項をリストアップします。避難の指示、機械の緊急停止、2次災害の防止措置、けが人の搬送、外部への一報、操業再開の判断、顧客への連絡。それぞれについて、第1責任者、第1代行者、第2代行者、第3代行者を明記します。そして「代行者は、上位者と連絡がついた時点で権限を返上する」というルールを添えます。

さらに重要なのは、代行者に与える裁量の範囲を事前に決めておくことです。「工場長が不在の場合、当直班長は独自の判断で全設備を停止し、全員を避難させることができる。この判断について事後に責任を問わない」という一文があるかどうかで、現場の初動は決定的に変わります。判断を間違えたら怒られるかもしれない、という不安が現場の足を止めるからです。この「免責の明文化」は、BCPの中で最も費用がかからず、最も効果が大きい記述の1つです。

ハイコムウォーターの事例が示すもう1つの論点は、通信への依存です。工場長が電話で指示を出せたのは幸運でした。大規模災害では携帯電話網の輻輳や基地局の停電により、発災直後の数時間から数日、通話が困難になることが繰り返し観測されています。BCPが電話や社内チャットを前提に組まれていると、その前提が崩れた瞬間に計画全体が止まります。

対策としては、通信手段を階層化しておくことが基本です。携帯電話、携帯メール、社内チャット、衛星電話やMCA無線、そして最終手段としての「連絡が取れない場合の既定動作」。最後の項目が抜けていることが多いのですが、実はこれが最も重要です。「発災後60分以内に本社と連絡が取れない場合、各拠点は自律的に安全確保と初期対応を行い、記録を残す」といった既定動作が書かれていれば、現場は待たずに動けます。馬宮工場長の言う「現場のみで解決できる体制」とは、まさにこのことでしょう。


4. 日本語しか読めないBCPという盲点

船舶の製造・修理を手がける熊本ドックでは、八代市の工場が被害を受け、稼働を1週間停止しました。この会社が直面したのは、設備の被害とは別種の問題でした。避難経路などを記したBCPが日本語のみで書かれていたため、外国人労働者は自力で避難先を把握できず、日本人従業員が避難所まで案内することになったのです。

国土交通省によると、造船業界で働く外国人労働者の割合は2025年に19%と、10年前の4倍に増えています。熊本ドックの担当者は「全員が理解し行動できるように、外国語でも記載する必要があると感じた」と振り返っています。

この事例は、BCPの前提が10年で変わってしまったことを示しています。2016年に書かれたBCPは、従業員のほぼ全員が日本語を母語とする職場を想定していました。その前提のまま文書が更新されずに残り、職場の構成だけが変わっていった。文書と現実の乖離が、災害の瞬間に表面化したわけです。

多言語化というと「翻訳すればよい」と考えられがちですが、防災文書の多言語化はそれほど単純ではありません。実務上、押さえるべき点がいくつかあります。

1つ目に、言語の選定は在籍者の実態に合わせる必要があります。英語版を作れば足りるという発想は危険です。技能実習生や特定技能で働く人の母語は、ベトナム語、インドネシア語、ミャンマー語、中国語、ネパール語など多様で、英語が通じるとは限りません。工場ごと、ラインごとに国籍別の在籍者数を把握し、それに応じて版を用意するのが実務的です。

2つ目に、翻訳ではなく再設計が必要です。日本語の長い説明文をそのまま翻訳しても、緊急時には読まれません。「止める」「離れる」「集まる」「入るな」といった動作を、短い定型表現とピクトグラム、色分けで示す設計に作り替える必要があります。掲示物であれば、文字を読まなくても意味がわかることが理想です。

3つ目に、名簿の設計です。外国人労働者は、直接雇用だけでなく派遣、請負、協力会社の従業員として構内にいることが少なくありません。安否確認の名簿が正社員だけを対象にしていると、構内にいた人数と確認できた人数が合わなくなります。夜勤者、寮居住者、送迎バス利用者を含めた「構内在籍者名簿」を、雇用形態を問わず整備しておく必要があります。

4つ目に、通訳担当者の代行順位です。多くの職場では、日本語が堪能な特定の従業員が事実上の通訳役を担っています。その人が休みだったり、被災していたりする可能性を考えれば、通訳機能にも代行者を置くか、通訳に依存しない伝達手段を用意しておくべきです。

5つ目に、訓練での検証です。多言語マニュアルを配っただけでは効果は測れません。避難訓練の際に測るべきは、翻訳の正確さではなく「指示が出てから全員が集合場所に到達するまでの時間」であり、「誰が誰に何語で伝えたか」の経路です。

熊本ドックの事例で注目すべきは、日本人従業員が外国人労働者を避難所まで案内したという点です。これは現場の善意と機転が問題を吸収したケースであり、結果としては良かったのですが、裏を返せば「案内できる日本人従業員が近くにいなければ成立しなかった」ということでもあります。個人の機転に依存する仕組みは、条件が少し変わると簡単に破綻します。


5. 被害が小さすぎて混乱した、という逆説

プラスチックメーカーのニフコ熊本は、BCPを策定していました。それでも「被害が小規模だったため、避難の判断が各自バラバラになってしまった。今後はより細かい動きも盛り込みたい」と振り返っています。

これは、防災の実務ではよく知られていながら、計画書には反映されにくい現象です。被害が甚大であれば、誰の目にも「これは緊急事態だ」と明らかで、行動は一致します。ところが被害が中途半端なとき、人はそれぞれ異なる判断をします。「揺れたけれど、たいしたことはないだろう」「念のため外に出よう」「持ち場を離れるわけにいかない」。全員が真面目に考えた結果、行動がばらばらになるのです。

BCPの多くは、最悪のシナリオを想定して書かれています。建屋が損壊し、けが人が出て、ライフラインが止まる。しかし、実際に企業が経験する災害の大半は、そこまでには至りません。壁にひびが入り、棚のものが落ち、一部の設備が止まる。この「グレーゾーン」こそが最も頻度が高く、そして最も判断が割れる領域です。

グレーゾーンに対応するために有効なのは、判断を個人の裁量に委ねず、客観的なトリガーで決めてしまうことです。たとえば次のような書き方です。

震度5弱以上を観測した場合、判断を待たずに全設備を停止し、全員が屋外の指定集合場所に集合する。震度4の場合、当直責任者は10分以内に建屋点検を行い、その結果を全体に放送する。それまで従業員は持ち場を離れずに待機する。

このように「震度いくつなら何をするか」を数値で決めておけば、被害の大小を各自が評価する必要がなくなります。人の判断が入る余地を減らすことが、行動の一致を生みます。緊急地震速報や社内の地震計と連動させれば、さらに確実になります。

もう1つ有効なのは、避難の「取り消し可能性」を明示しておくことです。人が避難をためらう理由の1つは、避難したのに何も起きなかった場合の気まずさや、生産を止めたことへの責任感です。「避難は空振りでよい。空振りを推奨する」と経営層の言葉として明文化しておくことで、この心理的な障壁を下げられます。

ニフコ熊本が「より細かい動きも盛り込みたい」としているのは、まさにこの粒度の問題です。BCPの分量を増やせという意味ではなく、判断が分かれる場面を具体的に洗い出し、それぞれについて既定動作を決めておく、という意味に読むべきでしょう。

菓子製造・販売の風雅では、地震後に従業員から「避難方法についてのマニュアルを拡充してほしい」との要望が挙がったといいます。現場からの要望が上がってくること自体が、その企業の防災文化が生きている証拠です。BCPの改訂サイクルに「被災経験者からのヒアリング」を組み込めば、机上では出てこない改善点が拾えます。

一方、イズミ車体製作所は安否確認でBCPが機能したとして「見直しは予定していないが、食料品などを備蓄する必要がある」としています。安否確認という最も基本的な機能が働いた企業でも、備蓄という別の課題が見つかっている。BCPの改善点は、うまくいった企業にも必ず残ります。


6. BCP策定率20年の軌跡:大企業75.8%、中堅企業54.8%

視点を熊本から全国に広げます。内閣府は2007年度から、原則として隔年で「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」を実施しています。この調査は日本企業のBCP普及度を測る代表的な指標です。

2025年度(令和7年度)調査の結果は、大企業が75.8%、中堅企業が54.8%でした。前回調査との比較では、大企業が0.6ポイントの減少、中堅企業が9.3ポイントの増加です。業種別では金融・保険業が82.2%で最も高く、建設業が75.7%、製造業が66.3%と続いています。

2007年度時点では、大企業でも策定率は2割に届かず、中堅企業は1割程度でした。そこから20年近くをかけて、大企業は4倍近く、中堅企業は4倍以上に伸びたことになります。この曲線には、日本を襲った災害の記憶が刻まれています。2011年の東日本大震災の直後に大企業の策定率が急伸し、その後も2016年の熊本地震、相次ぐ豪雨災害、2020年からの新型コロナウイルス感染症、2024年の能登半島地震と続くたびに、企業は計画の見直しを迫られてきました。

注目すべきは、直近の動きです。大企業は0.6ポイント減とほぼ横ばいで、75%台で頭打ちの様相を見せています。一方で中堅企業は9.3ポイントという大幅な伸びを示しました。ここ数年、大企業が取引先に対してBCPの策定状況を確認したり、サプライチェーンの可視化を求めたりする動きが強まっており、その圧力が中堅企業の策定を後押しした可能性があります。

内閣府の2025年度調査では、計画の有無だけでなく実効性に関する設問も加えられました。サプライチェーン対策に取り組む企業は大企業で約5割、中堅企業で約2割。事業継続のための代替戦略については、大企業で7割超が検討している一方、中堅企業では5割未満にとどまっています。

つまり、策定率という入口の数字では中堅企業が急速に追いついているものの、サプライチェーンや代替戦略といった「計画の中身」では依然として大きな差があるということです。BCPという言葉が普及した段階と、BCPが実際に供給の継続を保証する段階との間には、まだ距離があります。

熊本の61社調査で65%という数字が出たことは、この文脈で見ると印象が変わります。平均従業員数180人という規模の企業群が、内閣府調査の中堅企業(54.8%)を上回り、製造業全体(66.3%)とほぼ並んだ。10年前に震度7を2度経験した地域だからこその数字と読むのが自然でしょう。災害の記憶は、確かに備えを変えます。


7. 調査によって策定率が21%にも76%にもなる理由

ここで、BCPの統計を扱うときに必ず押さえておきたい落とし穴に触れておきます。

帝国データバンクが2026年5月18日から31日に実施した「BCPに対する企業の意識調査」では、有効回答1万521社のうち、BCPを策定していると答えた企業は全体で21.4%でした。大企業が39.9%、中小企業が18.3%です。この21.4%は、2016年の調査開始以来の最高値でした。

内閣府の75.8%と帝国データバンクの21.4%。同じ「BCP策定率」という言葉を使いながら、数字は3倍以上違います。

理由は明快で、母集団がまったく違うからです。内閣府調査は大企業と中堅企業を主な対象としており、そもそも一定規模以上の企業しか含まれていません。一方の帝国データバンク調査は、小規模事業者を含む幅広い企業を対象としています。中小企業の18.3%という数字こそが、日本の企業数の99.7%を占める中小企業の実像に近いと言えます。

この違いを理解しないまま数字を使うと、議論が噛み合わなくなります。「日本企業の76%はBCPを持っている」という言い方も、「日本企業の8割はBCPを持っていない」という言い方も、どちらも特定の調査を切り取れば成立してしまいます。企業規模、業種、調査手法、そして「BCPを策定している」の定義(文書化されていればよいのか、訓練まで含むのか)によって、数字は大きく動きます。

帝国データバンクの2026年調査では、「現在策定中」が7.2%、「策定を検討中」が21.9%で、これらを合わせた策定意向ありは50.5%。逆に、策定意向のない企業は40.7%でした。半数の企業が何らかの形でBCPに向き合っている一方で、4割は視野に入れてすらいないという構図です。

策定しない理由として最も多いのは「策定に必要なスキル・ノウハウがない」で42.2%。次いで「策定する人材を確保できない」が33.5%、「策定する時間を確保できない」が28.1%でした。中小企業ではこれに加えて「必要性を感じない」「費用を確保できない」といった声も挙がっています。


8. 人材、ノウハウ、時間、資金:4つの不足

20年以上BCPの研究に関わる東北大学災害科学国際研究所の丸谷浩明特任教授は、「人材、ノウハウ、時間、資金の4つの不足から中小企業のBCPが進んでいない」と指摘しています。帝国データバンクの調査結果は、この指摘をほぼそのまま裏付けています。

今回の61社調査でも、ある企業は「職人技で特殊なため、代替拠点が作れない。地方の製造業は人手も足りず、BCPを作成する優先度は低い」と打ち明けました。この1文には、地方の中小製造業が抱える構造的な問題が凝縮されています。

「職人技で特殊なため、代替拠点が作れない」。これはBCPの教科書的な処方箋である「拠点の多重化」が成立しないことを意味します。特殊な加工技術、特定の職人の腕、長年かけて調整してきた設備。これらは他の場所にコピーできません。だからこそその企業は取引先にとって代替不可能な存在なのですが、同じ理由で、被災すればサプライチェーンは止まります。強みと脆弱性が同じ源から生まれている構造です。

「地方の製造業は人手も足りず」。BCPの策定には、通常業務とは別の工数が必要です。ハザードマップの確認、重要業務の特定、被害想定、復旧手順の作成、関係者との調整。専任の担当者を置ける企業なら数カ月で形になりますが、総務担当が経理も人事も兼ねているような企業では、着手すること自体が難しくなります。

「BCPを作成する優先度は低い」。これは当事者の率直な感覚でしょう。目の前に納期があり、人手不足があり、原材料高がある。いつ来るかわからない地震のための計画づくりは、どうしても後回しになります。

ただし、代替拠点が作れないことは、BCPが無意味であることを意味しません。むしろ代替拠点が作れない企業ほど、別の手段で供給の継続を設計する必要があります。

現実的な選択肢はいくつもあります。設備そのものを守る耐震固定やアンカー打ちは、比較的低コストで効果が大きい対策です。2016年熊本地震の政府報告書でも、設備の固定や耐震強化が復旧を容易にしたことが教訓として整理されています。重要な金型や治具、図面、加工条件のデータを別の場所に保管しておくことも有効です。設備が壊れても、金型とノウハウが残っていれば、同業他社の設備を借りて復旧できる可能性が生まれます。

同業他社との相互支援協定も、単独では代替拠点を持てない企業にとって現実的な解です。平時は競合であっても、災害時には設備を融通し合う。この種の協定は、中小企業庁の「連携事業継続力強化計画」の枠組みでも認定の対象になっています。

そして、取引先との事前の合意も重要です。「当社が被災した場合、復旧までの見込み日数はこれくらい」「その間はこの在庫でしのいでほしい」という会話を平時にしておくだけで、被災時の混乱は大きく減ります。復旧時間を基準に在庫を設計するという考え方は、大企業だけのものではありません。

資金面では、中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定制度があります。中小企業が策定した防災・減災の計画を経済産業大臣が認定する仕組みで、認定を受けると日本政策金融公庫の低利融資、防災・減災設備の税制措置、補助金審査での加点、信用保証枠の拡大といった支援を受けられます。認定件数は2024年3月末時点で累計6万7321件(うち連携型が1076件)に達しており、中小企業の入口としては最も現実的な制度です。BCPをゼロから作ろうとすると挫折しますが、この制度の様式に沿って書き進めれば、最低限の骨格は数日でできます。


9. 最大の壁は「従業員への浸透」

内閣府の調査では、リスクへの対応を実施していくうえでの課題として「自社従業員への取組の浸透」が最も多く挙げられました。

グラフを見ると、「従業員への浸透」が突出しており、次の「時間・人員確保」との差は大きく開いています。「予算の確保」「関係先への浸透」「経営層の関与」は、いずれもさらに低い水準です。

この結果は示唆に富んでいます。企業がBCPで最も困っているのは、お金でも、経営層の理解でもない。作った計画を従業員に届け、実際に動けるようにすることなのです。

61社調査でも、同じ問題が具体的な形で現れていました。事務所や工場が被災したある企業は、10年前の地震を受けてBCPを策定したものの「周知が足りていなかった」と反省しています。ハイコムウォーターの工場長不在も、熊本ドックの日本語だけのBCPも、ニフコ熊本の避難判断のばらつきも、突き詰めればすべて「計画が現場の1人ひとりの行動に翻訳されていなかった」という同じ問題の別の表れです。

浸透の壁を越えるために、実務でよく使われるアプローチをいくつか挙げます。

計画書を配るのをやめる。分厚いBCPを全従業員に配っても読まれません。代わりに、役割ごとに1枚のカードを作ります。当直班長用、ライン作業者用、事務所用、守衛用。それぞれのカードには「あなたが最初にやる3つのこと」だけを書きます。ラミネート加工して名札の裏に入れる、あるいは職場の柱に貼る。分量を減らすことが浸透の出発点です。

訓練の目的を変える。多くの避難訓練は「決められた手順どおりに動けるか」を確認するために行われます。しかし本当に測るべきは、想定と違うことが起きたときに動けるかどうかです。訓練のシナリオに「工場長は出張中で不在」「電話がつながらない」「非常口の1つが塞がっている」といった条件を意図的に混ぜると、計画の穴が一気に見えてきます。

時間を測る。訓練の評価を「実施した/しなかった」ではなく、数字で記録します。指示から全員集合までの所要時間、安否確認の回答率と所要時間、代替調達の連絡を開始するまでの時間。数字にすると改善が追えるようになり、前年より遅かった原因を議論できます。

現場から改善提案を吸い上げる仕組みを作る。風雅の事例のように、従業員から「マニュアルを拡充してほしい」という声が上がる状態は健全です。訓練のたびに気づいた点を書いてもらい、次の改訂に反映する。この往復が、BCPを生きた文書に変えます。

経営層が語る。「経営層の関与」が課題として挙がる比率は約20%と低いのですが、これは経営層が関与しているという意味ではなく、そもそも課題として認識されていない可能性もあります。避難は空振りでよい、生産を止めた判断を責めない。こうしたメッセージは、経営者の言葉としてしか効力を持ちません。


10. 2016年の教訓は生きたのか

今回の地震を語るとき、どうしても2016年の熊本地震が参照点になります。あのとき何が起き、企業は何を学んだのか。

2016年4月、熊本県を震度7の揺れが2度襲いました。製造業への影響は熊本県内にとどまりませんでした。アイシン精機(当時)の熊本県内の生産拠点であるアイシン九州とアイシン九州キャスティングが停止し、自動車部品の供給が途絶えたことで、国内の完成車工場の稼働計画に波及しました。ソニーの熊本の半導体関連拠点も被災し、クリーンルームや製造装置の復旧に時間を要しました。ルネサスエレクトロニクスの川尻工場も被災し、4月22日から一部生産を再開、5月22日に震災前の生産能力へ復旧しています。

このとき浮かび上がった教訓は、単一拠点・単一部品・単一工程への依存が、完成品メーカーの操業停止に直結するという構造でした。1次サプライヤーが無事でも、特定の材料や表面処理、鋳造、金型、物流を担う2次・3次の企業が止まれば、供給は止まります。企業はサプライチェーンを2次から5次まで可視化し、単一障害点を特定する作業に取り組み始めました。

ルネサスの事例は、備えが復旧速度に直結することを示しました。同社は東日本大震災の後にBCPを見直し、予備部品の確保、設備の耐震対策、復旧手順の整備、クリティカルパスの管理を進めていました。熊本地震では前震のあと約30分で本社に緊急対策本部を設置し、全設備を一律に復旧させるのではなく重要工程を見極めて順に立ち上げるという判断で、1カ月余りでの完全復旧にこぎつけています。

では、10年後の今回はどうだったか。

報道と各社の公表を総合すると、半導体関連の大手拠点は比較的早く立ち上がっています。ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの熊本テクノロジーセンターは画像センサー工場の生産を停止しましたが、8月4日から段階的に操業を再開し、8月中旬に地震前の水準へ戻る見込みとされました。JASM(TSMCの熊本工場)は従業員を避難させて安否を確認し、建物の構造安全と原材料供給を確認したうえで順次復旧、第2工場の建設工事は7月29日に再開しています。三菱電機の合志市・菊池市のパワー半導体拠点は建屋に大きな損傷はなく、クリーンルームの稼働を再開しました。ルネサスの川尻工場・錦工場も停止しましたが、安全確認後に工程ごとの復旧が進みました。

一方で、8月4日時点の政府の説明では、日本経済への影響は「現時点では見通せない」とされ、特に規模の小さい2次・3次下請け企業の被害を十分に把握できていないと述べられていました。大手の工場が再開しても、部材や装置保守、物流を担うサプライヤーの復旧が遅れれば、それが生産の制約になります。

つまり、10年前の教訓は「大企業の側」ではかなり定着した一方で、「その下」の層については依然として見えにくい、というのが1カ月時点の実像です。今回の61社調査が持つ意味は、まさにこの見えにくい層に光を当てたところにあります。43%が被災し、その9割が1カ月以内に復旧したという数字は、下請け層の備えが2016年当時より確実に厚くなったことを示す、数少ない定量的な手がかりです。


11. 半導体集積地・熊本が受けた2度目の試練

熊本県は、この10年で産業構造が大きく変わりました。2016年当時も半導体関連の集積地でしたが、その後のJASM進出により、地域は世界の半導体サプライチェーンにおける結節点の1つになりました。菊陽町周辺には、装置、材料、部材、搬送、保守を担う企業が集まり、雇用と物流の密度が上がっています。

この変化は、地域の経済にとっては大きな前進ですが、防災の観点では新しい種類のリスクを生みました。

1つ目に、集中度が上がったことです。特定の地域に工程が集まれば、その地域が被災したときの影響は大きくなります。半導体は工程数が多く、1つの工程が止まれば後工程も止まります。しかも装置は精密で、揺れによる位置ずれや配管の損傷が起きれば、再校正と品質確認に時間がかかります。建屋が無事でも生産が戻らないという事態が起こりうる産業です。

2つ目に、ユーティリティー依存の深さです。半導体工場は大量の電力、超純水、特殊ガス、そして安定した空調を必要とします。これらのいずれかが止まれば操業できません。今回、JASMは「水・電力・安全システムは正常」と早期に確認できたことが復旧の速さにつながりました。裏を返せば、ユーティリティーの供給網もまたBCPの対象であり、それは1社では完結しないということです。

3つ目に、労働力の構成変化です。熊本ドックの事例で見たように、製造業の現場では外国人労働者の比率が上がっています。半導体関連の建設現場や保守作業でも同様です。防災情報の伝達が日本語だけを前提にしていると、人が増えるほど届かない人も増えます。

4つ目に、余震の中での復旧という条件です。今回、震度1以上の地震が1カ月で590回発生しました。クリーンルームの復旧作業は、揺れのたびに中断を余儀なくされます。復旧計画に「余震による作業中断」を織り込んでいるかどうかで、見通しの精度は変わります。

こうした条件を踏まえると、熊本の産業集積が今回1カ月で相当程度立ち直ったことは、素直に評価すべき成果です。同時に、次の災害でも同じように立ち直れるかどうかは、集積が進むほど難しくなります。集積のメリットを享受する以上、その裏側にあるリスクを地域全体で設計し直す必要があります。

観光や小売への影響も見過ごせません。地震直後には熊本県内のスーパーや総合スーパー、ホームセンターで複数店舗が営業を見合わせ、宿泊施設や観光施設ではキャンセルが発生しました。物流では宅配便の荷受け・配達停止やJR貨物の運休により、九州発着の配送に遅延が生じました。被害が比較的小さかった鹿児島や福岡、長崎でも、「九州全体が被災した」という印象による宿泊キャンセルなど、風評による波及が指摘されています。

製造業のBCPを考えるとき、こうした需要側の減退は視野から外れがちです。しかし地域経済にとっては、工場が動くかどうかと同じくらい、人が来るかどうかが重要です。地域の企業がそれぞれ「自社は動いている」と発信することが、風評の抑制につながります。BCPに「操業状況の対外発信」を項目として入れておく意味は、ここにあります。


12. BCPを動くものに変える設計原則

ここまで見てきた事例と統計を踏まえて、BCPを「作っただけの文書」から「動く仕組み」に変えるための設計原則を整理します。中小製造業が明日から着手できる順に並べました。

1つ目は、代行者を書くことです。意思決定が必要な事項ごとに、第1責任者と第3代行者までを明記します。あわせて、代行者が下した判断を事後に責めないことを経営者の名前で明文化します。ハイコムウォーターの事例が示したとおり、これが抜けていると、計画の他の部分がどれだけ精緻でも初動が止まります。費用はゼロ、所要時間は半日程度です。

2つ目は、トリガーを数値で決めることです。震度いくつで何をするか、停電が何分続いたら何をするか、といった既定動作を数値で書きます。ニフコ熊本が経験した「判断のばらつき」は、判断を個人に委ねた結果として起きます。数値のトリガーは、この裁量を減らします。

3つ目は、連絡が取れない場合の既定動作を書くことです。通信が途絶した場合、各拠点は本社の指示を待たずに何をするか。これを書いておけば、現場は待たずに動けます。あわせて、通信手段を階層化し、最後の手段まで決めておきます。

4つ目は、多言語化と名簿の整備です。在籍者の国籍構成に応じた版を用意し、ピクトグラムと短い定型表現で再設計します。安否確認の名簿は、派遣・請負・協力会社を含む構内在籍者ベースで作ります。

5つ目は、役割別の1枚カードです。分厚い計画書とは別に、役割ごとに「最初にやる3つのこと」を1枚にまとめて配ります。読まれない文書は存在しないのと同じです。

6つ目は、想定を崩す訓練です。責任者不在、通信不通、非常口封鎖といった条件を混ぜた訓練を年1回以上行い、所要時間を数字で記録します。訓練の目的は手順の確認ではなく、計画の穴を見つけることです。

7つ目は、単一障害点の棚卸しです。1つしかない設備、1社にしか頼めない加工、1本しかない搬入路、1人しか操作できない機械。これらを一覧にします。すべてを多重化する必要はありません。一覧にしたうえで、どれを守るかを経営判断として決めることが目的です。

8つ目は、金型・治具・図面・加工条件の分散保管です。設備そのものは複製できなくても、生産を再現するための情報は複製できます。代替拠点を持てない企業ほど、この対策の費用対効果が高くなります。

9つ目は、取引先との事前合意です。復旧見込み日数を共有し、その間の在庫水準について合意しておきます。在庫は数量ではなく、復旧までの時間を基準に設計します。

10個目は、改訂サイクルを回すことです。最低でも年1回、組織変更や設備更新、主要取引先の変更があればその都度、計画を見直します。今回の被災経験は、次の改訂に反映すべき最良の材料です。イズミ車体製作所のように「安否確認は機能したが備蓄が足りない」といった気づきは、被災直後にしか出てきません。記録に残すことが重要です。

11個目は、事業継続力強化計画の認定を取ることです。ゼロからBCPを書こうとして挫折するくらいなら、この制度の様式に沿って書き始めるほうが確実です。認定を受ければ金融・税制・補助金の面で具体的なメリットがあり、社内で予算を取るときの理由づけにもなります。

12個目は、操業状況を対外発信する準備です。誰が、いつ、どのチャネルで、何を発信するかを決めておきます。風評による需要減退を抑えるためです。あわせて、発災直後の数時間は情報収集と安全確保を優先し、外部への発信を統制する時間帯(サイレントピリオド)を設けておくと、誤情報の発信を防げます。


13. 南海トラフと首都直下を見据えて

熊本の経験を、他の地域の企業はどう受け止めるべきでしょうか。

政府が2025年3月に公表した南海トラフ巨大地震の新しい被害想定では、最悪のケースで死者が約29万8000人、経済被害が約292兆円と見積もられました。首都直下地震についても、2013年に公表された想定で最大約2万3000人の死者と約95兆円の経済被害が示されています。いずれも、日本の国家予算をはるかに超える規模です。

ただし、こうした全国集計の数字をそのままBCPに書き写しても、実務の役には立ちません。企業が必要とするのは、自社の拠点ごとに分解された条件です。

自社の各拠点で想定される最大震度はいくつか。津波の浸水域に入っているか。液状化の可能性はどうか。電力、工業用水、都市ガス、通信の復旧見込みはどれくらいか。港湾や高速道路、鉄道に代替ルートはあるか。主要サプライヤーが同時に被災する確率はどの程度か。本社が被災した場合、指揮機能をどこに移すか。

特に首都直下地震の場合、地方の工場は無傷でも、本社機能が止まることで発注、決済、品質判断、顧客対応ができなくなるという事態が起こりえます。熊本の工場長が電話で指示を出したのと同じ構図が、全国規模で起きるということです。首都圏に本社を置く企業にとって、地方拠点への権限移管の設計は、地震対策であると同時に経営設計の課題でもあります。

南海トラフ地震では、太平洋側の工場、港湾、物流、電力、石油化学、部品供給が同時に被災します。熊本地震のように「被災地の外から支援に入る」という前提が成り立ちません。西日本と東日本の広い範囲が同時に影響を受けるため、代替拠点を持っていてもその代替拠点が同時に被災している可能性があります。代替戦略を設計するときには、地理的な距離だけでなく、想定される被災域の重なりを確認する必要があります。

そして、今回の熊本の教訓は、規模の大小を問わず適用できます。責任者は不在かもしれない。通信は止まるかもしれない。従業員全員が日本語を読めるとは限らない。被害が中途半端なとき、人の判断はばらつく。これらはマグニチュード7でも、マグニチュード9でも変わらない、人と組織の性質です。


14. 計画書の厚さではなく、判断の速さを

61社調査から見えてきたことを、あらためて整理します。

熊本県内の中堅・中小製造業の6割超がBCPを持っていました。4割超が被災し、そのうち9割が1カ月以内に復旧しました。10年前の教訓は確かに生きています。地方の中小製造業がここまでの水準に到達したことは、素直に評価されるべき成果です。

一方で、BCPを持っていた企業でも、工場長の不在、日本語だけの避難マニュアル、避難判断のばらつきという「想定外」に直面しました。いずれも、地震の大きさとは無関係な、計画設計上の欠落です。そして内閣府の調査は、企業が最も難しいと感じているのが予算でも経営層の理解でもなく、「従業員への浸透」であることを示しています。

結局のところ、BCPの価値は文書の厚さではなく、災害が起きた最初の1時間に、現場が迷わず動けるかどうかで決まります。誰が決めるのか。何を基準に決めるのか。決められないときはどうするのか。この3つに明確な答えがあれば、計画書が薄くても組織は動きます。逆に、この3つが曖昧なら、何百ページの計画書があっても現場は止まります。

丸谷特任教授が指摘する「人材、ノウハウ、時間、資金」の4つの不足は、中小企業にとって現実の制約です。しかし、代行者を書くことにも、トリガーを数値で決めることにも、1枚カードを作ることにも、大きな資金は必要ありません。必要なのは、経営者が半日を確保することと、「空振りでよい」と言い切る覚悟です。

組織としての枠組みづくりと、いざという時の実践。この双方が合わさって初めてBCPは効果を発揮します。熊本の61社は、その両方について具体的な材料を残してくれました。次に揺れるのがどこであっても、この材料は使えます。


参考文献・出典

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