ぼくものがたり【第10回】戦中の上野動物園
僕がまだ小学校に上がる前の昭和18(1943)年の夏の終わり、
お袋が、「動物園に行こうか」と言い出した。
それで僕は、一歳になった弟・孟弘を背負ったお袋と、
電車を乗り継いで、阿佐ヶ谷から上野まで行った。
そのころ東京で、動物園があるのは上野だけだったんだ。
その年の8月、東京都が「戦時猛獣処分」の命令を出した。
空襲で檻が壊れて猛獣が逃げ出したら危ない。
それに、食糧難で、もう人間の食べるものさえ足りない――
そんな理由で、近いうちに動物たちは殺されることになっていた。
お袋は、そのことを爺ちゃんの鍬太郎から聞いていた。
だから、せめてその前に、僕にライオンや象などを見せておきたかったんだ。
僕が動物好きだって、よく知っていたから。
僕はうれしくて、お袋の手をぎゅっと握って出かけた。
上野駅に着いて外に出ると、町はひどく静かだった。
あたりにはモヤがかかったように煙っていて、空気がよどんでいた。
お袋がポツリと言った。
「もっと賑やかなところだったのに……」
駅から動物園まで歩いていったけど、人通りはほとんどなかった。
道の煙っぽさもどんどん濃くなっていって、なんだか息苦しいような感じだった。
ようやく入口まで着くと、
そこには「閉園」の札が出ていて、門が閉まっていた。
人の姿もなかった。
お袋は少し困った顔をして、僕に向かって言った。
「ごめんね。動物園、しばらくお休みみたい」
僕はなにも言えず、そのまま道端に腰かけた。
お袋も、弟の孟弘を背中であやしながら、しばらく黙っていた。
あたりには、人の話し声も車の音もなく、静かだった。
中の動物たちが「ウォーン、ウォーン……」と、悲しげな声で鳴いていた。
それだけが聞こえた。
そのとき、孟弘が背中でぐずり始めた。
お袋はやさしく揺すりながら、
「孟弘にも申し訳なかったね」
と、つぶやいた。
お袋は着物を着て、草履を履いて、孟弘を背負って。
僕を上野まで連れてくるのは大変だったはずなのに。
べつに、お袋が悪いわけじゃない。鳴いている動物たちだって悪くない。
むしろ、僕のほうが、なんだか申し訳ない気持ちになった。
仕方なく、僕たちはそのまま家に帰った。
鳴き声をあげていた動物たちは、そのすぐあとに殺されたそうだ。
毒を飲まされたり、食べ物を与えてもらえなかったりして。
あのときの空気の煙っぽさは、動物たちの焼かれる煙だったんだろう。
その頃、東京にはまだ空襲はなかった。
僕たちは、まさか、アメリカの飛行機が、
東京まで爆弾を運んでくるなんて思ってもいなかった。
しかしこのことで、
上野の動物たちまで殺さなければならないほど、
事態は深刻なのかと、初めて戦争の影を身近に感じた。
その後は空襲への恐怖が増して、
賑やかだった防火訓練は、真剣そのものになった。
僕は、空襲の怖さはわからなかったけれど、
大好きな動物や、場所などが、「戦争によって失う」
ということがあるんだと、わかった。
あのときの動物たちの鳴き声は、いまでも耳に残っている。
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