見出し画像

ぼくものがたり【第48話】取られてしまったケヤキの森

戦争中、僕の家に焼夷弾が落ちなかったのは、
家の周りに鬱蒼としたケヤキの森があったからだ。

葉っぱで僕の家を隠して空襲から守ってくれた。
先祖代々受け継がれてきた森。

当時の阿佐ヶ谷は、屋敷林としてケヤキの木が多く植えられていた。

なかでも、うちのケヤキはどれも太く、立派だった。
樹齢百年を優に超える木ばかりだったから。


しかし終戦直後、
そのケヤキの森は、強制的に伐採されてしまった。

空襲で東京中が焼けてしまい、
家を建てる木材がまるきり足りなくなった。

それで政府は、
「町に残ってる木は、ぜんぶ切って持ってこい!」と命令した。
これは、GHQが推し進めた木材調達だった。

「嫌だ」なんて言えなかった。

狙われたのは、木材に適した太くて立派な木ばかりだった。

僕の家も例外ではなかった。


いきなり大勢の人がトラックでやってきて、
うちのケヤキを根こそぎ切り倒して、

大きなトラックに積まれて、次々と運ばれていった。

お袋も、おりん婆さんも、
泣きながらその光景を見ていた。

僕も胸が張り裂けるような思いだった。

「なぜ、奪い取るのか」
「ケヤキだって生きているのに」

涙があふれてきた。


でも、親父が一番無念だったと思う。

先祖代々受け継がれてきた森が、
ドサーン、ドサーンと倒れてゆく。

最後のケヤキが倒されるまで、
その場に佇んでいた。

その時の親父の悲しそうな目は、忘れられない。


森が消え、大きな青空が広がっていた。
心にぽっかり空いた穴のようだった。

うるさいくらいだった鳥の声も、
ざわざわと葉がこすれる音も、

ゆらゆらと揺れる木漏れ日も影も、
すべて消えてしまった。

シーンとした切り株だらけの光景を前に、
みんな呆然と立っていた。


親父は、「悔しいけど、しょうがねぇ」って吐き出すように言った。
「あの木が、どっかの家の柱になると思えば、少しは救われる」

と言って、泣いてる僕の頭をわさわさとなでた。

お袋も、
「そうね……ほんとに、そうね」って、また泣いていた。

そんな考え方もあるんだな。
と僕は思った。


ほかの家のケヤキは、
まだまだ若くて細い木が多かった。

木材にするには不向きだったので、
伐採は免れて、そのまま残った。

今、阿佐ヶ谷にある大きなケヤキは、
そのとき残された若木が、長い年月をかけて成長したものだ。

今でも、大きなケヤキのある家の前を通るたびに、

「うちのケヤキの森も、残ってくれていたらなぁ……」

そんなふうに、思う。

あのころ、我が家のケヤキの森から見上げた空も、 こんなふうに、葉の間から光がこぼれていた。 ※この写真は、阿佐ヶ谷・神明宮の「夫婦のケヤキ」です。

―― 続けて読む(下の文字をタップできます) ――
次の話【第49話】
お袋のおまじない

連載目次(案内所)はこちら
前の話【第47話】
おくむら君ーー納豆売りで家族を支えた小学生


いいなと思ったら応援しよう!