ぼくものがたり【第45話】三角乗りで新宿へ――浮浪児と負傷兵
小学生でも子供たちの行動範囲は広かった。
子供用の自転車なんてないから、大人用の大きな自転車で、「三角乗り」という乗り方をしていた。
まず、ハンドルを持って、自転車の左側に立つ。
サドルの下の三角に空いてるところに右足を入れて、右のペダルに乗せる。
右足でバランスを取りながら、
左足でキックボードみたいに地面を蹴って進み始める。
安定したら左足もペダルに乗せる。
その後は、車輪を一回転させずに、左右を小さくこいで進む。
大人の自転車は足がとどかなくて乗れないから、
子供たちはみんな三角乗りをしていた。

初めはバランスを取るのが難しいから、よく転んだ。
でもそれを怖がっちゃ、どこにも行けないからって、
頑張ってこいでいたら、上手くなって、
転ばずにどこにでも行けるようになった。
吉祥寺の井の頭公園にもよく遊びに行って、
夏になると弁天池で泳いでいた。
今はヘドロだらけの池になっちゃったけど、
昔は水の底が見えるくらい、透き通っていてきれいな水だった。
夏になると大人も子供も、泳ぐ人がいっぱいいたんだ。
遠足で行ってた豊島園、三鷹や深大寺など、
かなり遠いところまで「行ってみようぜ」って冒険しに行った。
その頃は、学校の勉強だけしてればよくって、
あとの時間は、みんなで思い切り外で遊んでいた。
小学4年生の夏、友達と4人で約束して集まって、
新宿まで行ったことがある。
親には、公園まで行くってウソをついて。
新宿は大きな闇市があって、子どもだけで行くのは、
きっと反対されると思ったから。
青梅街道をまっすぐ東に進んで、新宿へ向かった。
阿佐ヶ谷から新宿までは、すっかり焼けて何もなく、高いビルもまったくなかった。
あちこちで突貫工事をやっていて、
それを見ながら行くのが楽しかった。
新宿の闇市の近くまで行ったけれど、
あまりの人の多さに怖くなった。
人混みがあるところは、自転車を捕られないように、
しっかり持って歩いた。
伊勢丹や三越なども、もう営業していたようで、
お洒落な着物や洋服を着ている人も多かった。
進駐軍のジープも沢山あり、軍服の外人も多かった。
交番に、女の軍人さんもいた。
女の人が軍人になれるなんて驚いた。
さすが民主主義の国、アメリカだと、妙に納得した。
街には、「復興してる」っていう、なんとも言えない勢いがあった。
「すげぇなぁ」
「阿佐ヶ谷の百倍くらい人がいるなぁ」
なんて、お上りさんの見学のように言いながら、あちこちを回った。
新宿駅の西口から、闇市でごった返す東口へ抜け、
のちに歌舞伎町と呼ばれることになる角筈(かくはず)の焼け野原まで。
途中、浮浪児をたくさん見かけた。
街の隅、駅の周辺、高架下などにたむろしていた。
汚れてぼろぼろの服を着ているのはいい方で、裸のままの子もいた。
「おなじ日本の子どもなんだよな……」
これも戦争のせいなのか。
家も家族も失くして、こんなふうになってしまったのか。
僕らは、きれいなシャツが申し訳なくて、足早に通り過ぎた。
そして、もう一つショックを受けたことは、
負傷兵の物乞いがいたこと。
ポツン、ポツンと新宿の道端、あちこちに座っていた。
みんな、どこかに包帯をしていた。
中には、両手、両足が無い人もいた。
汚れた軍服のまま、座って、前に空き缶を置いて。
「私はフィリピンで戦った元日本兵です」
なんて紙を、首からぶら下げていた。
臭いにおいが、体から漂っていた。
僕たちは、一休みの間、遠目からその物乞いを見ていた。
歩いている人は、見向きもしない。
それどころか、
「負けたくせに」なんて言って通り過ぎていった。
終戦までは国民は、
「私たちが平和に暮らせるのは、軍人さんのおかげです♪」
なんて、歌も歌っていたのに。
国のために戦って、手も足も無くなってしまった兵隊さん。
僕たちは、何となく口数少なく新宿を後にした。
帰りはまっすぐ西へ向かう。
西日が眩しくて、前がよく見えない。
僕は、道にボコッと出ていた石で、バランスを崩して転んでしまった。
けっこう派手に転んで、泣きたいくらい、すごく痛かった。
「功ちゃん大丈夫?」ってみんな心配して。
でも、あの子どもたちや、兵隊さんを思い出して、
「平気。こんなの、まったく痛くない」って、また走り出した。
走りながら、
「戦争なんて、なかったら良かったのに…」と思った。
やるせない気持ちになって、
三角乗りのまま全力疾走、思い切り走った。
家に帰ったら、帰りが遅いと、お袋が怖い顔して待っていた。
僕は「井の頭公園で遊んでた」って言った。
お袋は、「夕飯出来てるよ」って笑った。
お袋が笑ってくれて、なんだか泣きそうになった。
何も言えずに、黙ってご飯を食べた。
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