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  チャゲアスのTシャツ着てる人 


                             菊地ひろみ

 私の友だちは頭がいい。

 毎回テストは全校生徒1位。

 それでいて、部活も一生懸命で中学3年生の時は生徒会長だった。

 完璧。

 みんなからは、そう思われていた。

 でも、私は知っている。

 その子のお母さんがちょっと、変なことを。

 その子は、秘密主義で家に呼んではくれない。
 こっちからも「家に行かせてよ」とは言わなかった。

 帰り道、その子のお母さんが買い物のため自転車に乗って、こっちに向か
 ってきた。

 「あれー。由美じゃない。友だち?」

 「あ、こんにちは。後藤です。」

 「後藤何さん?」

 「後藤百合子です。」

 「じゃあゴクミね。これからご飯の買い物するんだけど、ご飯食べていき
 なよ。」

 「ちょっと!」

 由美が怒る。

 「家汚いのに。友だち呼べないでしょ!」

 「ごくみ!汚いの平気?それと、親御さんに電話してもいい?」

 「あ、はい。いいの?」

 由美に確認する。

 由美は困惑しながらも、お母さんの圧に押し切られた。

 「先に家に帰ってて。すき焼きにするからね!」

 「ごめんね。お母さん、強引で。」

 それよりも、由美のお母さんの外見の方が気になった。

 頭にはカーラーのくるくるをつけたままだし、冬なのに、半袖。

 由美はいつも清潔で、頭も良く、親も教育熱心なんだと思っていた。

 何より、なぜ私を「ごくみ」とあだ名をつけたのかもわからない。
 そして、由美もつっこまないのが不思議だった。

 由美の家は、大きかった。

 庭もあって、玄関は引き戸の和の感じだった。
 これも意外だった。

 由美がもっているカバンは、カルバンクラインだし、遊ぶときに穿いてい
 るズボンもアニエスベーだったから。

 中学でそんなブランドものを持っているのは由美だけだったから、きっと
 お母さんがセンスがいいのだと羨ましく思っていた。

 「覚悟してね。」

 由美は深呼吸して、引き戸を開ける。

 玄関は、いろんな靴で溢れかえっていた。

 そして、土間には茶色の袋に入った米がドンと置いてあった。

 私の家も特別綺麗ではないけれど、土間に米が置いてあることと、靴が、
 ひっくり返りぐちゃぐちゃだったのには驚いた。

 玄関マットはキティちゃんの絵が描いてあるものだった。

 どんどん由美のお母さんと由美のキャラが分からなくなってきた。

 リビングの横に、階段があり、由美は焦って、リビングのドアを閉める。

 少ししか見えなかったが、無茶苦茶だった。

 リビングのテーブルには、新聞が山盛りで大きなパソコンが置いてあっ
 た。

 そして、床には脱ぎ散らかした服が散乱していた。

 見ないふりをしながら、階段を上り、由美の部屋に入る。

 由美の部屋は由美の部屋だった。

 勉強机には、綺麗にならんだ辞書や参考書がならび、机には何もなかっ
 た。

 ベッドは真っ白なリネンに、薄いピンクのベッドカバーまでかけてあっ
 た。

 「ここに座って」

 ちいさな折り畳みのテーブルにかわいいクッションが何個も置いてあっ
 た。

 「由美の部屋って、由美っぽいね。」

 「お母さんが唯一入らないの。」

 「お母さんは入らないの?私なんて3日に1回は入って勝手に掃除する
 よ。」

 「触らないでって言ってる。見たでしょ?お母さん片付けが下手なの。」

 そこからは、学校の話や好きなタレントの話、好きな人のことを話して笑
 って過ごしていた。

 「ただいまー!」

 由美のお母さんが帰ってきた。

 「2時間待ってくれる?それとごくみー!電話。家の電話番号教えて!」

 私の親に連絡をしてくれた。

 2時間。

 料理をしたことはないが、私のお母さんは30分ぐらいでおかずを3品ぐら
 い作る。

 もしかしたら、掃除しているのかな、なんか申し訳ないな。

 「できたよー!降りてきて!」

 由美が私の制服を掴む。

 「汚いよ。でも、ゴキブリとかそんな汚さじゃないから安心してね。」

 目が必死だった。
 こんな由美を見たのも初めてだった。

 リビングテーブルは相変わらず、新聞やよく分からない分厚い本が積み上
 げられ、パソコンだけが、明滅していた。

 床にあった服は、脱いだままを隅に追いやっただけだった。

 ダイニングテーブルの前に、ガスコンロを置いてすき焼きの鍋がのってい
 た。

 「さ、食べよう!」

 「ありがとうございます。」

 「ごくみ!堅苦しい!自分の家だと思うのよ。お肉2キロ買ったから好き
 なだけ食べてね。」

 由美は一人っ子。

 凄い量。

 すき焼きの肉を生卵にくぐらせて食べる。

 ――⁈

 「何これ?すごく美味しい!」

 「そう?」

 由美は何も感じないかのように食べている。

 「ほらほら、もっと食べて。」

 由美のお母さんは、笹折に入った肉を追加する。

 「お母さん、ちょっとシャワー入るわ。さすがにゴクミが来てるのに、こ
 の服はないよね(笑)。」

 「もう、やめてよ。里美がいるのにあの服着ないでよ。」

 「なんで?あれがいいのよ。」

 由美のお母さんが脱衣所へ消えていった。

 「派手な服なの?」

 由美は肩を落としながら首を振る。
 聞いてくれるなと言わんばかり。

 私は、柔らかいお肉をたくさん食べていた。

 「あぁ、さっぱりした!」

 由美のお母さんは、冷蔵庫から缶ビールをとって、私たちの前に現れた。

 チャゲアスのTシャツを着ていた。 
 
 確かに、今流行っている。

 「YAH YAH YAH」 「SAY YES」

 私の親は、演歌や昔の歌謡曲が好きで、今流行っている曲は聴かない。

 由美のお母さんはちょっと変わっている。

 由美のお母さんも一緒にすき焼きを食べ、いつの間にか21時になってい
 た。

 「ごくみ、お母さんが心配するから、送っていくよ。」

 「大丈夫ですよ。近いから。」

 「ダメダメ。それは絶対ダメ!」

 帰り支度をする。

 「今日は来てくれてありがとう。でも、今日来たこと誰にも言わないで
 ね。」

 「うん。言わないよ。ありがとう。」

 由美は秘密主義。
 私だけ、家に入れてくれた。

 なんだか、すごく嬉しくなった。

 12月、外は震えがくるほど寒かった。

 でも、由美のお母さんはチャゲアスのTシャツにジーパンで一緒に自転車
 を漕ぐ。

 寒くないのかな。

 「ごくみ、由美と仲良くしてくれてありがとう。由美、いつもあなたの話
 をしているのよ。会えて嬉しかった。いつでも来てね。」

 「私も楽しかったです、ごちそうさまでした。」

 家について、由美のお母さんと私のお母さんが互いにお礼を言い合ってい
 た。

 由美のお母さんが帰って、家でお母さんとお父さんに、いかにすき焼きが
 美味しかったかを話した。

 「よかったね。いい人だね。でも、寒くないのか(笑)。この時期にTシ
 ャツって(笑)。」

 「私も思った(笑)。」

 テレビでは、ニュースが流れていた。

 フィリピン航空便爆破事件が取り上げられていた。

 アナウンサーが事件のあらましを説明しながら言う。

 「国際政治学者の尾上さんに話をお聞きしたVTRをご覧ください。」

 そこには、見たことのある顔が映っていた。

 「ちょっと、これ、尾上さんのお母さんじゃない?」

 「え?本当?」

 化粧をして、カッコいいスーツを着ている。
 髪も、ショートカットだが、前髪が綺麗にカールしてある。

 「あ、本当だ!」

 さっきの人とは思えないほど別人だった。

 翌朝、由美にそっとその話をする。

 「そう、お母さん、○○大学の名誉教授なんだよね。で、研究ばっかりして
 いるから家がめちゃくちゃなんだよ。だから、誰にも言わないでくれ
 る?」

 名誉教授のことより、家が汚いことを隠したいらしい。

 威張ったりしてないし、それどころかちょっとだらしない。

 でも、テレビの時の話す姿や、背筋の伸び方は一般人ではなかった。

 数日後、三者面談があった。

 私の面談が終わるころ、廊下に由美と由美のお母さんが立っていた。

 私のお母さんが駆け寄って挨拶する。

 「この前はありがとうございました。」
 
 「いえ、またいつでも来てください。散らかっていますが(笑)。」

 由美のお母さんは、テレビで着ていたようなオシャレなスーツを着てい
 た。

 かっこいいな。

 由美のお母さんは、私のお母さんと話しながら、私の方を見て、ジャケッ
 トをチラッと広げた。

 そこには、チャゲアスのTシャツがあった。

 由美が賢くてきれい好きで、おしゃれで勉強できない私と友だちでいてく
 れる理由が分かった気がした。

 それを見ていた由美が、オーマイガーのポーズをとって私を笑わせた。


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