シーズ・ガッタ・ハブイット
※ネタ漏れします。
長いことスパイク・リーのファンで、中でも特に「シーズ・ガッタ・ハブイット」はお気に入りだった。その映画がドラマとしてリメイクされNetflixで配信されている。主人公のノーラと恋人たちの話が中心であることに変わりはないが、あちこちに「今っぽい」テイストが散りばめられている。例えば「Black Lives is matter」の話題が出てきたり、流行りの「ケツ整形」に挑む女性のストーリーがあったり。トランプの話もでてくる。以前はスパイク・リー自身が演じていた「MARS」が白人に見えたのでビックリした。見えた、と言うのは後にヒスパニックとアフロ系のミックスであることが劇中で判明したからだ。1989年の「ドゥザ・ライトシング」では異人種間で歪み合う姿ばかりだったが、2017年のドラマ版の時代ではいくばくかの多様性が感じられた。かと言ってそうそう簡単に丸く収まるわけもないので、現代のNew Yorkでも住み分けはなされている。主に貧富の差によって。
現在はミルクと珈琲がゆっくり混ざりつつあるような感じだろうか。そうでもないか。コロナのせいでアジア系はより風当たりが強くなったりもしている。80年代に友人がブルックリンに住んでいた時、暴漢に襲われた。凶器は何処からか外してきた重たい玄関ドア。ドアで殴られるというのは想像だにしたこともなかった。昔も今も有色人種は風当たり強めだ。
スパイク・リーは一貫して人種差別と黒人の在り方について描き続けている。そもそも黒人監督自体が彼がデビューした頃は少なかっただろうし、アートやショービジネスの中で生きるとなれば黒人社会を掘り下げるのが自然だったのかもしれない。
渋谷のユーロスペースか、クアトロか忘れたけれど、彼の処女作(たぶん)「ジョーズ・バーバーショップ」のポスターを見かけてフラリと入った。当時は黒人の作った黒人の映画って聞いたことがなかった。「ビバリーヒルズ・コップ」?面白かったけど、ちょっと違う。
ベストヒットUSAやビルボードでもマイケル・ジャクソンがでてくる前はほとんど白人だった。黒人は薄っぺらなディスコヒッツとかそのぐらい。私はブラックミュージックが好きだったのでホワイトウォッシュされたようなショウビズ界にイライラしていた。
スパイク・リーは「ジャングル・フィーバー」、「マルコムX」、「ファイブ・ブラッズ」など素晴らしい映画を次々と発表しているが、受賞は少ない。「ブラック・クランズマン」でやっとオスカーを手にした時には、プレゼンターのサミュエル・L・ジャクソンにジャンピング・ハグをしていて、とても愛らしかった。
私が一番好きなのは「'モ・ベター・ブルース」だ。サントラも最高。デンゼルちゃんのイケメンぶりも最高。
スパイク・リーの映画では主人公がカメラ目線で語り出したり、オープンエアーの馬車か何かに乗って街を回遊するような不思議なショットがある。自転車を漕ぐ人を正面から撮るのも好きらしく、デヴィッド・バーンのライブ映画でもこの手法を使っている。最初は謎だったが今では慣れっこになり「お、でたな」という感じだ。独特なカメラワークに心が揺らいだり、安らいだりする。
「人は皆同じで、人は皆違う」。彼はよくこんなことを言う。外見が違っても中身は似ていたり、そのまた逆も然り。肌の色は違ってもその下には赤い血が流れ、考え方は違っても同じ人間だ。それぞれの違いを尊重する心と、誰もが持つ生きる権利への問いかけ。彼の映画はとてもシンプルで胸に刺さる。ドラマで長く楽しめて幸せだった。
