【イベントレポート】「地域文化資本から考える働き方とキャリア支援」について
quodの一連の活動で得た知見を活かして、地域の文化資本を研究・分析する「地域文化資本ラボ」。今回は、先日登壇した「ART JOB FAIR(AJF)」のプレイベントの内容をレポートします。

文化芸術分野に特化した国内唯一のジョブフェア・AJFは、アートワーカーのキャリア形成や仕事探しをサポートする目的で2023年にスタートしました。その第3回目の開催に先駆けて行われた2025年1月15日のプレイベントにお招きいただき、「地域文化資本とクリエイティブクラスの働き方」について講演を行いました。
お声がけくださったのはAJF代表の高山健太郎さんで、AJFのnoteにも以下のコメントを書いてくださいました。
日本では2000年代以降、全国でアートプロジェクトやアーツカウンシルが増え、アーティストと地域住民や行政が協力し、地域の文化芸術や歴史、自然などの魅力を発信する活動が広がっています。しかし、人口減少や高齢化、都市一極集中が進むなか、活動を支えるアートワーカーの確保や定着が一層重要な課題となっています。
このような背景から、地域における採用戦略やキャリアパスを考えるべく、文化資本研究家であり地域経営ディレクターの飯塚洋史さんをお招きします。飯塚さんは、日本のクリエイティブ産業が他国と比べ成長の余地を大いに秘めており、特に地域ならではの文化資本を基盤とする働き方や仕事が、重要な鍵になると述べられています。
また、都会のトレンドに縛られず、学びや自由な発想を通じてキャリアを民主化していくことが、不可欠であると指摘しています。
上記のnoteを読んでいて、「地域では、都会にはないその地域ならではの文化資本を活かした採用戦略が求められるのではないか?」や、「求職者側も地域に対するマインドセットを変えていかなければならないのではないか?」などを感じました。
プレイベントはオンラインで行われ、高山さん進行のもと、BEPPU PROJECTの家入健生さん、堺市文化振興財団の常盤成紀さん、信州アーツカウンシルの野村政之さんが参加。地域におけるアートワーカーのキャリア形成や採用戦略について意見交換がなされました。
今回ご紹介するのは僕の講演パートのみですが、これまでのnoteで触れてきた項目がまとまっているので、おさらい的に読んでいただくといいかなと思います。また、このnoteを初めて読まれる方も入りやすい内容になっていると思います。
イントロダクション
私の生まれは神奈川県横浜市ですが、父親が旅行好きだったこともあり、小学校までに沖縄以外の全都道府県を回りました。幼少期からいろんな地域へ行き、気候や風土によって住む人々の特徴も違うことに興味を持ち、東京大学大学院で都市計画を学びました。主な研究テーマは、文化をどうまちづくりに活かすかという創造都市論や、クリエイティブクラスの概念です。
その後、2008年から日本政策投資銀行で不動産の融資や投資、新規事業などを担当させていただき、2017年にquodという会社を立ち上げ、「地域文化資本」を活かした物件や事業づくりに取り組んでおります。
現在は富山をメインに東京との2拠点生活をしており、富山県の西部エリアで「水と匠」というDMOの活動に携わったり、長野県の白樺湖で「白樺村」というエリアのアセットマネジメント会社を立ち上げて役員を務めたりしています。
こちらは「水と匠」の取り組みの一つである「楽土庵」というアートホテルです。

後ほど詳しくご説明しますが、この地域特有の文化である散居村と民藝を表現する宿として企画・運営しております。

そしてこちらは「白樺村」の取り組みで、白樺湖をレイクリゾートにしようという構想の一環で、湖に桟橋をつくりました。

その他にも湖畔での過ごし方を広めるイベントの実施や、物件の開発などを行っております。

本日は「地域文化資本とクリエイティブクラスの働き方」をテーマに、こうした取り組みの中で感じているところを共有できればと思っております。
【1】クリエイティブクラスと地域
クリエイティブ産業の動向から都市のあり方を考える
前半ではクリエイティブクラスと地域の関係性について、研究的側面のお話をします。クリエイティブクラスとは経済学者のリチャード・フロリダが提唱した概念で、クリエイターやナレッジワーカーのように、自らの創造性を通じて経済的な価値を生み出す仕事をしている人々を指します。

本日ご視聴されているのはアートなどの芸術分野に携わる方が多いと思います。まさにみなさまのような方々が、私の研究の中ではクリエイティブクラスに該当します。
こちらのグラフは日本の産業別の就業者数の推移です。

青い点線が一次産業で、戦後の1950年以降はどんどん減っております。赤い点線が二次産業で、戦後は伸びていますが、1990年を過ぎた頃から減少傾向にあります。そして増加の一途をたどっているのが緑の点線の三次産業です。
二次産業が成長していくタイミングで、太平洋ベルトにさまざまなインフラを集めて都市が形成されました。そのため、今の日本の都市は二次産業に最適化されたような配置になっています。その中での特徴的な動きがオレンジ色の線で、三次産業の一部であるクリエイティブ産業が増加しています。この変化に着目することが、今後の都市のあり方やライフスタイルを考える上で重要なのではないかと私は考えております。
こちらは世界のクリエイティブ産業の労働人口が全産業の何割を占めるかというグラフです。

スウェーデンとノルウェーは2020年時点で労働人口の約半数がクリエイティブ産業に従事し、イギリスとシンガポールは政策に力を入れたことで1990年代から一気に成長するなど、世界的に見てもその割合は非常に伸びています。日本は先程お話ししたように二次産業が強かったため、現状としてはまだ15%程度ですが、これから増えていくことが見込まれます。
そしてこちらが、日本のクリエイティブ産業に従事している人がどこにいるのかというデータです。

2012年のものなので少し古いですが、平均して約70%が東京に集まっており、中には90%近い業種もあるなど、大都市への集積傾向が見られます。しかしコロナをきっかけに、こうしたクリエイティブ産業の機能が少しずつ地方側に移ってきました。
例えば二次産業であれば、原料となるエネルギーなどの素材が手に入りやすく、加工しやすい場所が最適地となります。一方、クリエイティブ産業は情報や感性への刺激が材料となるため、それらにアクセスしやすい場所であることが重要です。つまり、2012年段階では情報量の多い東京に集積していたのが、コロナを経た現在ではそれ以外の部分にクリエイティブクラスが価値を見出していることがわかります。
地域を発展させるヒントは「場所の正統性」にある
こちらがリチャード・フロリダが定義したクリエイティブクラスの特徴で、注目したいのは「場所の正統性を好む」という点です。

完全にゼロからつくるのではなく、既存の要素を組み合わせて新たなものを生み出していく場合には、それらの素材の正統性が重要になります。
ここで一つ、井上岳一さんが著書『日本列島回復論』で提唱した「山水郷」の概念をご紹介します。江戸時代以降、人々は平野部に住み、大都市を形成しましたが、それ以前は山と平野の中間に位置する里山、すなわち「山水郷」が最も住みやすい場所だったため、そこに伝統や文化が蓄積されているという考え方です。

平野部は灌漑技術が進むまでは伝染病が発生しやすく、実は住みにくい場所でした。一方、山と平野の中間エリアなら、山から薪や木の実などを採取でき、川から水が得られ、田畑もつくれます。このように、人々が生活する上でバランスのいい場所が「山水郷」だったということです。
戦後、二次産業を中心とした発展によって平野部に大都市が形成され、現代では日本の人口の50%以上が三大都市圏に住んでいます。しかし平野部中心の暮らしは、江戸時代以降の動きを含めても長くて150年程度の出来事。日本の歴史として見ればごく一部にすぎません。長年の文化の蓄積という意味では「山水郷」の方がポテンシャルが高く、正統性があると考えられます。
先程もお話ししたように、クリエイティブクラスは当初大都市に集積していましたが、メイン拠点を地方都市に移し、「山水郷」のエリアでプロジェクトを行う人が増えています。本日ご視聴されているみなさまも、現状は大都市に住んでいたとしても、地方の文化的なプロジェクトに興味を持たれている方が多いのではないかと思います。

こうした3拠点ライフのいいところは、豊かで安全な生活基盤を確保しながら、クリエイションの源泉となる正統な歴史や文化に触れられることです。
【2】地域文化資本を活用した観光まちづくり
地域の文化を資本にし、新たな価値をつくる
続きまして、後半では「地域文化資本」を活用した地域づくりの事例についてお話しします。私が代表を務めるquodでは、2017年からさまざまな取り組みを進めてきました。そこで一定の知見が積み重なったため、2024年に「地域文化資本ラボ」を立ち上げ、各プロジェクトをより深く研究・分析する活動を行っています。
そもそも「地域文化資本」はまだ一般的なワーディングではないため、最初に私的な定義をご説明します。
まず「地域文化」と「資本」を分けて捉えます。
「地域文化」とは、特定の地域に根ざした文化的特徴や習慣、価値観を指します。地域の歴史、地理、社会的背景、経済活動などの影響を受けて形成されるもので、言語、食文化、祭り、伝統的な行事、芸術、建築様式などが含まれます。
「資本」とは生産手段の一つの要素で、価値を増殖させる仕組みです。一般的には商売や事業に必要な資金や資源のことを指します。
この二つを組み合わせたものが「地域文化資本」で、地域の価値を増殖させるための資源として地域文化を活用し、それを地域に再投資して新たな価値を生み出していく概念を表しています。
図式化するとこのような構造になります。

地域で生み出された価値を域外に発信し、外貨を稼ぐことで利潤が得られ、それを地域に再投資することでさらに発展し、新たな文化が生まれていく。日本酒や味噌づくりなど、地域固有の自然・文化を生かした企業活動をイメージしていただくとわかりやすいかと思います。
昔の日本は基本的にこの構造になっていたのですが、グローバル化が進んだことによって、地域で出た利潤を再投資せずに違う形で発展させる仕組みが広まりました。そこで、この循環を再び取り戻そうという動きが近年増えてきています。
「地域文化資本」がクリエイティブクラスの活躍の機会を生む
概念だけだとわかりにくいため、ここからは事例をご紹介します。
富山県にある若鶴酒造は「地域文化資本」を活かしたさまざまな取り組みを行っています。冒頭にご説明した「楽土庵」というアートホテルもそのプロジェクトの一つで、私もメンバーの一員として参加しております。

ホテルの運営を担うのは、若鶴酒造が約80の企業・団体とともに立ち上げたDMO「水と匠」です。「水と匠」のミッションは「富山の土徳を伝える」こと。「土徳」とは、富山の厳しくも豊かな自然と人々がともに築き上げてきた品格のようなものを指します。
富山の西部に位置する砺波平野には、日本最大の散居村が広がっています。散居村とは、水田の中に家が点在する集落形態のことです。砺波平野は庄川と小矢部川という二つの一級河川に挟まれた扇状地で、水はけがよく稲作には向きません。しかし山に囲まれた地形で雪解け水に恵まれていたため、江戸時代に加賀藩が開拓を進め、加賀百万石のうちの60万石はここでつくられたと言われるほどの一大穀倉地帯に変化しました。
通常、人々は集まって集落をつくりますが、このエリアでは水の管理などがしやすいように水田の真ん中に家を構えました。そうして生まれた散居村はまさに自然と人がともにつくり上げた「地域文化資本」であり、この価値を保全し次の世代に伝えることが「水と匠」の目指すところです。

散居村の家屋はアズマダチと呼ばれ、風や日差しを防ぐカイニョという屋敷林に囲まれています。この象徴的な様式を活かすためにつくられたのが「楽土庵」です。

特徴的な点は「リジェネラティブ・ツーリズム」をコンセプトにしていること。訪れる人がリトリートして自己回復するだけでなく、宿泊費の2%が地域の文化を保全する活動に寄付され、泊まっていただくことで地域が再生していくような仕組みになっています。

宿泊費は一泊5万円程度と比較的高単価で、宿泊者には地域の文化に紐づいたさまざまな体験も提供しています。

宿の立ち上げ時には観光従事者は一人もおらず、東京の駒場にある日本民藝館の元学芸員や、ダンサー、茶道の先生などがわざわざ県外から移住してこのプロジェクトに参画してくださいました。おかげさまで日本だけでなく海外のお客さまにも人気で、インバウンドが約50%を占めています。単に観光に興味があるということではなく、地域の文化に関心を持ち、その価値を伝えたいという思いでみなさんが携わってくださっているからこそ、ご満足いただける体験が提供できているのだと思います。このように「地域文化資本」を活かした観光の中にはクリエイティブクラスの活躍の機会があるということを、このプロジェクトを通して実感しております。
最後に、観光における富裕層のトレンドについても押さえておきたいと思います。

まず一つがClassical Rich(クラシカルリッチ)と呼ばれる層です。星付きのホテルやレストランを好み、ステータスがあることに価値を感じる人々を指します。これが一般的な富裕層のイメージかと思いますが、実はその割合は約50%に減っていまして、今非常に伸びているのがModern Luxury(モダンラグジュアリー)と呼ばれる層です。
モダンラグジュアリー層はEducational Luxury(エデュケイショナルラグジュアリー)とSpecial Interest Luxury(スペシャルインタレストラグジュアリー)で構成され、異文化体験や食、サステナブルな地域づくりなど、特定の領域に興味のある人々を指します。「地域文化資本」はまさにこのモダンラグジュアリーに好まれる価値であり、地域固有の文化をいかに表現して魅力を伝えるかがカギとなります。
今や観光業が日本経済を支えており、数年以内に自動車と半導体を抜いて最も大きな産業になると言われています。そうした流れとともに「地域文化資本」を活かしたモダンラグジュアリー層向けの観光というものがより広がりを見せていき、クリエイティブクラスの活躍の場が増えることにも繋がると期待しています。
