なぜ、いま「地域文化資本」なのか
「土と風(quodグループ)」の活動で得た知見を活かし、地域の文化資本を研究・分析する「地域文化資本ラボ」。昨年には、地域に実践の場を持つメンバーと相互に学び合うコミュニティ「地域文化資本ラボ オンラインゼミ」を開講し、運営母体となるNPO法人も発足。さらにフィールドツアーの実施やYouTubeでの情報発信など、活動の幅を広げています。基盤が整ったこのタイミングで、なぜ地域文化資本に注目するのか、そこにはどんな本質があるのかを、改めてまとめておきたいと思います。
「地域文化」を「資本」として捉える
地域文化資本の定義を考える際、まずは「地域文化」と「資本」に分けて捉える必要がある。
地域文化とは、特定の地域に根ざした文化的特徴や習慣、価値観を指す。歴史、地理、社会的背景、経済活動などの影響を受けて形成されるもので、言語、食文化、祭り、伝統的な行事、芸術、建築様式などが含まれる。
近年、インバウンドの増加とともに、改めて日本文化への関心が高まっている。「ジャポニズム3.0」といった言葉も聞かれるようになり、アニメやゲームなどを入り口に、食や工芸、精神性など、各地域で培われた文化にまで注目が集まっているのだ。こうした流れを見ていると、地域文化は日本が世界の中で価値を発揮していく上での重要な切り口になると感じている。
一方、資本とは価値を生み出す元手となる資金や資源を指す。文化という言葉は「守るもの」「継承するもの」という文脈で語られることが多いが、それだけでは持続させていくことが難しい。重要なのは、文化から経済的な価値を生み出し、そこで得た利益を地域に再投資することである。
しかし、この循環構造をつくるには一定のナレッジが必要だ。そのノウハウを体系化するために始まったのが「地域文化資本ラボ」の活動なのである。
持続的に発展する構造を生み出す
前段とも少し重なるが、いま地域文化資本に注目すべき理由は大きく二つあると考えている。
一つは、その土地の自然や風土と深く結びついた合理性を持っている点。地域文化とは、気候や地形などの自然条件に適応しながら、人々の暮らしや産業が形成され、定着してきたものである。後ほど詳しく触れるが、こうした自然条件は基本的に短期間で大きく変わるものではない。したがって、地域文化に基づいた経済活動を行うことは合理的であり、長期的に持続する可能性が高いと考えられる。
もう一つは、世界的な価値観の変化である。現代の社会では、資本主義が大きく発展した結果、その限界や課題も指摘されるようになった。こうした状況の中で、地域固有の文化体験に価値を見出す観光の需要が高まりつつある。いわゆるモダンラグジュアリー層と呼ばれる人々である。彼らは単なる消費ではなく、その土地ならではの文化や生活、歴史に触れる体験を重視する。近年、日本を訪れる海外の富裕層はモダンラグジュアリー層が大きな割合を占めているという。
このような世界の潮流を踏まえると、自然と人間が共存する生き方や社会のあり方といった日本固有の文化に注目し、資本として捉えることには一定の必然性があると言えるだろう。
併せて重要なキーワードが「再投資」だ。地域の発展を都市計画の観点から考えると、以下の図のような循環構造が浮かび上がる。

地域にある自然や文化を活用することで産業が生まれ、その産業が地域内外に価値を提供することで利益がもたらされるのだが、ここで押さえておきたいのが、地域の産業には「域内産業」と「域外産業」の二つが存在するということだ。
域内産業とは、飲食店や理容店など、主にその地域に暮らす人々を対象とした産業を指す。こうした域内産業がしっかり存在していることは、その土地の暮らしを形づくる上で非常に重要である。
対して、域外産業は地域の外に価値を提供する産業を指す。域外産業があることで外貨を稼ぐことができ、余剰利益が生まれる。これを地域に再投資することで、自然や文化が持続・発展し、資本として蓄積されていく。
こうした循環は、かつて日本の各地で見られた。旦那衆や名士と呼ばれる人々が中心となって、地域の産業で得た利益を還元する役割を担っていたのだ。しかし全国化・グローバル化が進むにつれて、企業は自らの地域に積極的に投資する必要性を感じなくなっていった。その結果、資本主義の限界が浮き彫りになり、過度なグローバル化に警鐘を鳴らす意味でも、無形の文化や固有の価値を見直す動きが強まっている。地域への再投資の重要性が、改めて認識され始めているのだ。
時間軸とレイヤーで循環を読み解く
「土と風」では現在、長野、富山、兵庫に拠点を置き、失われた循環を取り戻すための実例づくりを進めている。活動を図式化するとこのようなイメージだ。

具体的なプロセスにおいて、まず重要になるのがエリアリサーチだ。地域をどのように捉えるかということである。これはあくまで仮説的な見方ではあるが、以下の図のように地域を構成する要素にはいくつかの層があり、下層によって上層が規定されると考えている。

僕たちが最も直接的に感じ取ることができるのは、一番上にある日々の暮らしや文化である。このレイヤーは時間軸で見ると比較的変化の激しい領域だ。スマホが普及しただけで人々の生活様式が大きく変わったように、数年単位で変化していくものと言えるだろう。
その下には、政治や社会制度、インフラなどのレイヤーがある。政権交代や新しい交通インフラの整備などによって、地域の生活環境は変化する。
さらにその下には、生業や産業のレイヤーがある。人々は仕事を通じて収入を得たり、食料を確保したりしながら生活しており、その地域の産業構造は暮らしのあり方を定める要素になる。
さらに深いところには、精神文化と呼べるレイヤーが存在している。その土地の人々の気質や宗教観、社会観といったものがここに含まれる。
そして最下層にあるのが自然環境である。地形や気候、水資源などの条件は、時間軸で見れば数万年単位、場合によっては億単位の長いスケールでしか変化しない。人間が自然を自らの手で変えられるようになったのは、せいぜい江戸時代以降。長い歴史の中で培われた産業や文化というものは、自然環境の影響を色濃く受けているのだ。
この視点を前述の循環構造の図と合わせて考えると、地域文化はさまざまな条件が作用し合いながら形成されてきたものだと理解できる。例えば「土と風」の一拠点である兵庫県たつの市は、淡口(うすくち)醤油の発祥地として知られている。小麦や大豆などの原料が手に入りやすい立地に加え、鉄分の少ない水質によって淡い色の醤油をつくることができた。江戸時代には脇坂家という大名が地域を治めており、その家臣が武家から商人へと転じ、産業を発展させていったとされている。また脇坂家は幕府の中で一定の影響力を持っていたことから、当時主流だった濃口醤油とは異なる淡口醤油が広まる一助にもなり、和食文化の基盤になっていったのだという。

このように、地域を長い時間軸で捉えながら、各レイヤーがどのように影響し合い、どんな循環を生み出してきたのかを立体的に理解することが重要だ。その上で未来の流れを予測し、外からの視点も交えて現在のポジショニングやターゲットを見極め、地域ごとのコンセプトやプロジェクトに落とし込んでいく必要がある。

ナレッジの蓄積と実践の両立
「土と風」では、地域の企業と連携し、DMO・DMC(観光地域づくり推進法人)や、エリアアセットマネジメント会社などの地域経営法人の設立・運営を行っている。既に地域文化を活かして活動している企業や団体は存在するものの、価値循環をよりよくするためには、足りないパーツや課題を解消する必要がある。地域経営法人は単に利益を追求するだけでなく、それらを地域に再投資する仕組みを構築・強化するための組織として機能する。

「地域文化資本ラボ」のゼミでは、こうした取り組みを具体化するための方法論を学ぶ。例えば、エリアリサーチの進め方や、地域内外の価値を循環させるための法人設計、資本化の手段などである。中でも価値を生み出しやすいのが物件の開発だ。物件は「場」としての機能を持ち、その土地の建築様式や気候、歴史などを五感で体験できるハイコンテクストかつコンテンツリッチメディアとなる。また適切に活用すれば、物件自体が長期的に価値を生み出す資本にもなり得る。
今後「地域文化資本ラボ」の活動において重要なテーマとなりそうなのが、地域文化資本を活用するためのファイナンス設計だ。実際、ゼミ参加者からも「価値循環の重要性は理解しているが、そのための資金をどう調達すればいいのかがわからない」といった声をよく聞く。こうしたファイナンス領域は社会的にもボトルネックになっていると考えられる。加えて、ステークホルダーとの関係性構築も重要だ。単なる情報発信やブランディングにとどまるのではなく、広義のパブリックリレーションズとして、地域文化の背景に基づき、どのように価値を届け、認識してもらうのかを設計していく必要がある。
地域文化資本を活かすには、ナレッジの蓄積・体系化と、地域での実例づくりという両面からのアプローチが不可欠だ。「地域文化資本ラボ」のネットワークは着実に広がっており、アートや地質学など、これまでにない角度から知見をくださる有識者とのつながりも増えてきた。まだまだ現在進行形ではあるが、引き続き多角的にノウハウを深め、地域へと還元していきたい。
お問い合わせ
地域文化資本ラボ事務局(NPO法人地域文化資本ラボ)
lcc-lab@cfquod.jp
