「日本列島回復論」の山水郷から広がる未来
「土と風」(quodグループ)の一連の活動で得た知見を活かして、地域の文化資本を研究・分析する「地域文化資本ラボ」。今回は、井上岳一さんの著書『日本列島回復論―この国で生き続けるために―』を取り上げ、「地域文化資本」の観点から重要なポイントを深掘りしていきます。
山水郷にこれからの社会のヒントがある
まず、この本の概要は以下の通り(新潮社HPより抜粋)。
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【概要】
日本列島を根本から理解すると見えてくる、その凄まじいまでのポテンシャル。驚異の近代化、数々の復興の原動力となった「国土」と「地方」は、いま再び、未来に不安を抱きつつある私たちを救ってくれるのか。自然、歴史、コミュニティ、テクノロジーを総動員して構築する、全く新しいSDGs、イノベーションの思想。
【著者】
井上 岳一(いのうえ たけかず)
(株)日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリスト。1994年東京大学農学部卒業。Yale大学修士(経済学)。林野庁、CassinaIXCを経て、2003年に日本総合研究所に入社。森のように多様で持続可能な社会システムの実現をめざし、官民双方の水先案内人としてインキュベーション活動に従事。2019年10月現在の注力テーマは「ローカルDXによる公共のリノベーション」。共著書に『MaaS』(日経BP社)、『公共IoT』(日刊工業新聞社)、『AI自治体』(学陽書房)等がある。南相馬市復興アドバイザー。
【構成】
はじめに
第一章 この国の行く末
第一節 今、何が起きているのか
第二節 なぜこんなにも不安なのか
第三節 これから起きること
第二章 求められる安心の基盤
第一節 資本主義の本質
第二節 セーフティネットの空洞化
第三節 稼ぎに貧乏が追いついた
第三章 山水郷の力
第一節 天賦のベーシックインカム
第二節 多様性と自立を促した山水郷
第三節 “強い国づくり”を支えた山水郷
第四章 動員の果てに
第一節 捨てられた山水郷
第二節 里山は「野生の王国」になった
第三節 このまま撤退を続けていいのか
第五章 山水郷を目指す若者達
第一節 山水郷の復権
第二節 回帰の風景
第六章 そして、はじまりの場所へ
第一節 山水郷の合理性
第二節 引き受けて生きる
第三節 次の社会の物語
あとがき
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日本総研 創発戦略センターのチーフスペシャリストである井上岳一さんが、コロナ禍直前の2019年に出版した『日本列島回復論』。本書の核となるキーワードが「山水郷」だ。
山水郷とは、自然豊かで、人々が長く暮らしてきた場所を指す著者の造語である。単なる田舎や里山といった捉え方ではなく、「山水の恵み」「人のつながり」「それらを生かすための手業・知恵」の三つが揃った地域を意味しており、セーフティネットとしてのポテンシャルと新たなローカルの可能性を提示している。
補足として「はじめに」の一部を引用する。
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「人が未知のことに挑戦するには安心の基盤が必要です。そこが揺らいでいる今の日本人にリスクをとれと背中を押しても、なかなかそうはならないでしょう。若々しくイノベーティブな国であるためにも安心の基盤が求められますが、どうすればそれを築くことができるのでしょうか。
その答えを本書では、山水の恵みと人の恵みに求めます。“山水の恵み”とは、日本列島の山野河海の恵みのことです。それらがあれば経済がどうなろうがとにもかくにも人は生きていけます。自活の基盤となるのが山水です。また、人の恵みとは、人のつながり、互助のことです。古くからある村のような長く続いてきた社会では当たり前に助け合い、支え合う互助の伝統が根付いています。自活の基盤に加え、これら互助の仕組みをうまく生かすことができれば、誰も置き去りにしない社会がつくれるのではないか。それが本書の根底にある問題意識です。」
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都市と自然の両立がまちづくりのカギに
僕がこの本を読んだのは2020年。当時もエリア開発の活動には取り組んでいたが、山水郷の概念に出会ったことで、地域にフォーカスする際のポイントがより明確になった。特に示唆深いと感じた点の一つが、「山水郷が少なくとも中世までは一等地であった」という主張だ。
江戸時代以降、人々は平野部に移り住み、戦後の高度経済成長期には二次産業の発展を背景に大都市が形成された。現在では、日本の人口の50%以上が平野部の三大都市圏に集中しているが、それ以前は、山と平野の中間に位置する山水郷に多くの人々が暮らしていた。つまり、平野部中心の生活が一般化したのは、明治の近代化から数えてもせいぜい150年間程度の出来事だということ。日本の歴史として見れば、ごく一部にすぎない。
そもそも平野部は伝染病が発生しやすく、灌漑技術が進むまでは住みにくい場所とされていた。一方、山と平野の中間エリアなら、山から薪や木の実などを採取でき、川から水が得られ、田畑もつくれる。人が生きていく上でバランスがよい場所が山水郷だったのである。

以前「JINS」代表の田中仁さんが手がける前橋市での地域活動をサポートした際、「Green&Relax構想」というまちづくりの提案にも関わらせていただいたが、この構想にも山水郷の概念が生きている。
産業革命以降、都市に人々が集積し、利便性が向上する一方で、感染症やストレスといった課題も顕在化してきた。自然豊かでコンパクトな前橋市は東京にもアクセスしやすく、都市が提供する刺激と、自然が提供する癒しをバランスよく享受できる。この要素が、新たなまちづくりのカギとなるのではないかという観点である。
僕が拠点にしている富山市も同様だ。これも以前のnoteで触れたが、東京までは2時間、世界遺産の五箇山などにも1時間でアクセスできる。加えて歴史に裏打ちされた豊かな文化があり、クリエイターやナレッジワーカーが暮らす場所としてのポテンシャルも高い。
こうして地域の構造を深掘りしていくと、山水郷というキーワードの重要性が改めて浮かび上がってくる。
文化が蓄積されたセーフティネット
本書では、山水郷がセーフティネットであることにも触れられており、この主張も非常に示唆に富んでいる。
僕が経営に携わり、「土と風」がサポートさせていただいている「水と匠」の拠点の一つである富山の南砺市を例に挙げると、この地域では浄土真宗の影響が色濃く、今も自治的な共同体が機能している。さらに信仰の中心である善徳寺は、かつて無縁者が身を寄せる場所にもなっていた。まさにセーフティネットという言葉が当てはまる。

一等地である山水郷の中でも、特に地盤が強く安全性の高い場所に寺社仏閣が建てられてきたことを考えると、寺社仏閣はある種、山水郷の印と言えるだろう。生活の場としてはもちろん、信仰の中心地としての営みが積み重なることによって、その土地ならではの文化が形成・蓄積されてきたのである。
また、霊峰と呼ばれる山々は優れた山水郷であるとともに、その霊峰自体が山岳信仰の対象になっていた。僕も羽黒の山伏修行に参加したことがあるが、修験道こそ山水郷の恵みを体験できる装置だと感じている。人里を抜けて山を登り、雪解け水の湧く場所へ辿り着き、そこから流れ出る水で育まれた木々や田畑を目の当たりにすることで、自然に生かされていると実感するのだ。
僕は幼少期、父に連れられて全国の寺社仏閣を巡った経験があり、子どもながらに言語化できない土地の力のようなものを感じていた。この本を読んだことで、当時の感覚の答え合わせができた気がする。地域に存在する自然資源と文化は、長い歴史の中で密接に影響し合いながら蓄積されてきたため、エリアの構造を読み解くには両者を関連づける視点が欠かせない。これは「地域文化資本」の考え方にも通じる部分である。
山水郷の経済圏を現代的に再構築する
本書は、以前取り上げた内山節さんの著書『共同体の基礎理論 自然と人間の基層から』の考察の入り口としても役立つ。自然と人が一体となって共同体を形成してきた江戸時代以前から、地方集約的な産業の埋め込みによって個人を抽出し、歯車として駆動させるようになった明治以降の変化を捉える上で、山水郷の概念を知っておくことは非常に重要だ。ぜひ併せて読んでいただきたい。
単に個別の利益を追求する資本主義的視点に偏ると、格差が生まれ弱者が取り残される構造が生まれてしまう。自然の恵みをみんなで享受し、互助のもとに生きる山水郷の概念は、この問題を解決する大きなヒントになると感じている。
その先の具体的なアプローチを考えるには「地域文化資本ラボ」の活動で培ったノウハウが不可欠だ。そして「土と風」の役割は、そうしたノウハウを生かし、山水郷の経済圏を現代的に再構築することにあると思っている。
現在、有効だと考えているアプローチは、下図の循環構造を生み出すことである。地域で生み出された産業で域外に価値を発揮し、外貨を稼ぐことで利潤が得られ、それを地域に再投資することでさらに発展し、新たな文化が生まれていくという構造だ。

この循環を実現するためには、まずレバレッジをかけるべきその土地ならではの産業を抽出しなければならない。そこから歴史的なストーリーやコンテンツを読み解き、同時代的な意味での役割を再解釈した上で、実価値を見極め、最適な産業と結びつけて体験設計していく必要がある。
近年、山水郷や共同体に再び注目が集まり、地方へと拠点を移すクリエイティブクラスも増えてきた。都市の集積が見直されることで、その土地になかった産業が生まれ、地域の可能性はより広がっていく。新たな「地域文化資本」が蓄積される動きも、今後活発になっていくはずだ。
