雑感 書評「スローターハウス5」カート・ヴォネガット1969年刊 2025年2月19日

高校の時、テレビの深夜映画でこの作品の映画化されたものを観た。場面が飛んで訳が分からなかったが、その後長く印象に残った。数年前に元の小説の存在を知り、今回読んでみた。

著者は1944年にアメリカ陸軍に徴集され12月に西部戦線でドイツ軍の捕虜となり、2月13日の連合軍によるドレスデンの無差別空爆を捕虜として経験する。

あらすじは、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B95

読むにしくは無いが、大雑把に言えば、トマルファマド星人に誘拐されることによって時空を移動できることになったビリーは自分の人生の始まりから終わりまでをザッピングしながら順不同で経験をする。そしてすべての時間が同時進行しているという確信に至る。経験する時間の中心は捕虜として遭遇した連合軍が実施したドレスデンへの無差別爆撃である。

ビリーは外界に翻弄され続ける。非常に限られた選択肢の中からベストと思われることを選択し、選択肢が無ければそれに従う。その繰り返しの人生である。悲劇的な状況がユーモアを持って描かれている。
すべての瞬間が同時に永遠に継続することを知り、生きている瞬間は永遠に生き続けると信じ、死の瞬間も同じように捉える。
そして以下のように思うのだ。

「この瞬間、あの瞬間を訪ねながら永遠を過ごすことが許されるとしたら、私はその多くが楽しい瞬間であることに感謝するだろう」

作者は主人公ビリーを通して、生きることの理不尽さを表現していると思う。人生は自分ではどうしようもないことだらけである。それが滑稽に表現されている。そしてその理不尽さにどう対処するかも描かれてる。それを私は感動的だと思う。

付記

トマルファマド星に連行され、動物園に入れられた時、番わす為に地球から誘拐してきた若い女の首にかかっていたペンダントに書かれていた言葉は、以下のようである。

God grants me the serenity to accept the things I cannot change,the courage to change the things I can,and wisdom always to tell the difference.
(神よ、変えれないことを受け入れる威厳と、変えれることを変える勇気と、両者を常に区別できる知恵を私に与えたまえ)

追記

私は知らなかったが、第二次大戦下、ドイツの大都市への無差別爆撃は日常的であった。私はてっきりアジア人差別で、連合軍の都市への無差別爆撃は日本だけに行われたと思っていた。その唯一の例外がドレスデンだと思っていた。