ー賀茂信仰と鴨川デルター 賀茂別雷大神と賀茂御祖夫婦神#3
天君・御祖天君
「天君」とは、
天神が業神霊(わざみたま)としてサポートする
君のことをいうようです。
※業神霊=現世における天命・使命を指導する神霊。
神代において初の「天君」となるのが、
別雷大神。
①賀茂別雷大神 = 別雷天君
②トヨタマ姫の夫ホオデミ= 御祖に継がう天君
③賀茂御祖神 = 御祖天君
この君三代、天神のサポートが入ったんですね。

御祖神・上祖尊・ミヲヤカミ
広義には、
①アマテル神。②賀茂別雷神。③賀茂御祖神。
④夫婦御祖神・メヲミヲヤカミ。
を指すといいます。
④は賀茂御祖神と内宮タマヨリ姫ご夫婦神を
いうようです。
上下の神・かものかみ
福井県小浜市遠敷。
賀茂御祖神カモヒトの母、遠敷明神こと
トヨタマ姫を祭祀する
若狭姫神社の鎮座する地。
姫は貴船へ向かう途中、事情により
遠敷に生後間もないカモヒトを
人に預け、去りゆきます。
時は流れ、
成長したカモヒトは皇位継承のため、
父のいる首都水保宮に呼ばれます。
水保宮へ上京するまでは、
じっと遠敷で暮らしていたといいます。
なんか泣けてきます。
皇位を継承される方の殆どは、幼き内に
お母さんと離されるとも聞きます。
これも宇宙摂理なのかな。

カモヒトが身罷ると、
縁の地で称え名が贈られます。
遠敷では、「カモの神」。
水保宮より遷都したカモヒトのホーム多賀宮では
「日向の神」。
晩年を過ごした筑紫宮は「ツクシスベラギ」。
カモヒトが最期の地として
神上がったとされるアヒラツ山では、
「御祖神」とそれぞれ贈り名がされました。
また臨終の間際、息子タケヒトを呼び、
言付けると、
”白矢の璽”を授け、「姶良の神」となりました。
「鴨の神」→ カモヒトは神。
「日向の神」→ 日が巡り向かう国の神。
「筑紫皇」 →筑紫の総統。九州32県主が捧げる。
「御祖神」→ 天君カモヒト&内宮タマヨリ姫。
「姶良の神」→ 吾神回翻・帰天の神。
※白矢の璽・和君の璽とも。
天御子の証。
皇位をひと目で他にリアライズさせるもの。
葵の紋所、印籠のようなイメージでしょうか。
また、別雷神も「カモの神」と親しまれ、
多くの神社で「カモの神」とあらば
別雷神をいうようです。
①下鴨神社・河合神社での「カモの神」は
賀茂御祖神カモヒトと内宮タマヨリ姫。
②上賀茂神社・全国の神社に祭祀される
「カモの神」は別雷神。

糺の森・糺の殿(直すの殿)・糺の神
下鴨神社境内にひろがる糺の森。
ほんと気持ちの良いところですね。
神代、別雷神の命を受け、
カモタケツミが、
下賀茂エリアの開拓に取りかかった当時は、
広大な原生林=糺の森が茂っていたそうです。
今の面積(東京ドームの3倍)の35倍は、
優に超えていたとか。
河合の森・五雲路森・高野の森とも。
当時、出雲とは日の沈みゆく方角、
日の昇る日高見の対語として使われ
単に日本海側や北西に向かう路を出雲路と
いったよう。
「アマカミ」「ワタカミ」の結合「かも」に
出雲は関係なきものと思われ、
この結合”かも”のサポート・受け持ち役は、
文字どおり「ウケモチ家=カダ氏・カドノ氏」。
深い関与が想像でき、
それ以上のスケール、
三者三つ巴の三位一体による
ケミストリー”かも”の発祥地、熟成地が
鴨川デルタ、糺の森と言うことが出来そうです。

糺の殿にて執政した賀茂御祖神カモヒト
「タダスの殿」より政治を行ったという
賀茂御祖神カモヒト。
ホーム多賀宮の象徴でもあった「糺すの殿」。
河合、上賀茂、水保、多賀、鹿児島、宮崎、と
いずれであってもカモヒトが執政する殿を
そう呼んだようです。
下鴨神社摂社・河合神社。
カモヒトがいた頃は「只洲社」「糺の宮」
とも仰ったよう。
”枕草子”や”源氏物語”に詠まれる「糺の神」とは、
賀茂御祖神カモヒトを指し、
下鴨神社・河合神社の祭神は「糺の神」。

河合の国・賀茂県の領主 賀茂建角身命
別雷神より、
以下のことを命ぜられた
賀茂建角身命・カモタケツミ。
鴨川デルタ、高野の森、下賀茂エリア、
河合の開拓整備と
ミツハメ社・貴船奥宮に蟄居していた
姉トヨタマ姫の養生を
河合の地で行うことでした。
カモタケツミは事実上、
別雷神より河合の国を賜り、
賀茂県を新設、領主となります。
同時にイソヨリ姫と結ばれます。
龍宮の主・豊玉彦を父に持ち、
姉妹に龍神トヨタマ姫、乙姫オトタマ姫を
持つというワタカミ・カモタケツミ。
領主になり、べっぴんさんで物腰柔らかな
イソヨリ姫と結ばれ、
タケツミさん、絶頂期を迎えます。
※イソヨリ姫=三代大物主コモリの三女。
初代事代主&三穂津姫の孫娘。
領主としての執政も落ち着き、
情勢も安定を見ますが、タケツミ&イソヨリ姫、
なかなか子が授からずにいました。

カモタケツミ&イソヨリ姫、輝く白玉を授かる
伝説では、カモタケツミ・イソヨリ姫ご夫婦、
暫く子が出来なかったといいます。
ご夫婦、別雷神に祈ります。
どうか子をお授けくださいと。
授かったのが、白玉のような女の子。
のちのタマヨリ姫。
敢えて漢字をあてると「霊寄姫」。
”別雷神の神霊により賜った姫”という
意味だそうです。
別雷神にお願いして、別雷神より賜った姫。
解釈の仕方によっては色んな方向性を見ますが、
ここは個人裁量に他なりません。
タマヨリ姫の成長を
ゆかしんだでしょうタケツミ&イソヨリ夫妻。
娘の嫁入り姿を見ること無く共に身罷ります。
その功績に
タケツミ&イソヨリ夫婦は「河合の神」と
称えられ、
河合神社の祭神として祭祀されました。
当初は河合神社のみで、
この時点で賀茂御祖神社はまだ創建を
見なかったようです。
ひとり残されたタマヨリ姫。

玉依姫のフェミニン宮、河合神社
女性参拝者で賑わう祭神玉依姫の河合神社。
ビロードに包まれ謎めく魅惑の女神、
霊寄姫。
つづく
