栃木県にあるー見静かな神社だけど、実は「日本で唯一」の肩書き「食の聖地」
こんにちは!久しぶりに書きたいと思います。
栃木県の小山市にある少し変わった神社なのですが、高椅(たかはし)神社に行ってきました。高崎と一回間違えたのですが(^_^;)
のどかな風景の中に佇む静かで厳かな神社なのですが、実はここ、全国の料理人や食品関係者がこぞっと足を運ぶ「日本で唯一」のすごい聖地だった~。
今回城とか小話し書きたかったんですけど、先日神社巡りをし参拝して感じたことや歴史、不思議なことを共有したいと思います。
・御祭神:磐鹿六雁命、国常立尊、天鏡尊、天萬尊
・創建:111年
・御利益:料理上達、調理守護
・式内社
・日本で唯一!「料理の神様」を祀る場所
高椅神社に祀られているのは「磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)」という神様です。日本書紀等に伝わる孝元天皇の皇子大彦命(おおひこのみこと)の孫。
この神様は、なんと今から2000年ほど前(景行天皇の時代)、天皇に「大きな蛤(はまぐり)」と「鰹(かつお)」の料理を捧げたところ、その美味しさに感動した天皇から「これからは我が国の食事を司るべし!」と任命されたという、元祖・宮廷料理人。
そのため、ここは「料理の祖神(おやがみ)」として崇められており、境内にはプロの料理人たちが包丁に感謝を捧げる「包丁塚」もあります。
私たちが毎日美味しいご飯を食べれているのも、巡りに巡って磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)のおかげかも知れません。
社伝によると、景行天皇41年(西暦111年)、日本武尊が東征の際に当地で国常立尊・天鏡尊・天萬尊を勧請し、戦勝を祈願したのが起源である。景行天皇が、日本武尊の東征の戦跡を巡視された際、膳臣であった磐鹿六雁命は老齢のため帝の許しを得てこの地に留まった。天武天皇12年(西暦684年)、当地を支配した磐鹿六雁命の末裔高橋氏が高橋朝臣の姓を授けられ、その年、当社に祖神・磐鹿六雁命を合祀して高椅神社と称した。
※後の高橋氏の祖
長元2年(1029年)、境内に井戸を掘ったところ大きな鯉が出たので、これを都に報告したところ、時の後一条天皇は誠に霊異なことであるとして「日本一社禁鯉宮」の勅額を授けた。以来、当社氏子は鯉を食べず、鯉の絵が描かれた器は使わず、5月にこいのぼりも立てない。このことから当社には鯉の明神の別名がある。
・氏子は絶対に食べてない?「鯉」の不思議な風習
この神社を調べていて、一番驚いたのが「鯉を食べてはいけない」という一風変わった風習です。
かつて神社を建てるとき、近くを流れる思川から、なんと鯉が木材を背負って運んできてくれたという伝説があります。
そのため、神社の使いである鯉を、この地域の氏子さんたちは決して口にしてはいけないだとか。
川の恵みや魚を大切にする、この土地ならではの風土の優しい歴史が今もなお息づいているのを感じる。
・参拝終えて:食とは生きること

実家から近いというのもあり、普段通りすぎている。夕方になると灯篭の明かりが綺麗で、ジブリの某映画!?みたいな感じでだった。
何気なく「いただきます」と言って食べている食事が、ここに来ると、風景とか土地を見て、食材や作っている人たちへの感謝の気持ちが自然と湧いたりしてきます。
料理が上手になりたい人はもちろん、食べる専門のグルメの方も、栃木を訪れえた時は足を運んでほしい。食べることに対しての考え方が変わると思います。
・見どころ
・楼門:宝暦4年~明和7年の16年間に結城城主水野氏の寄進により完成
・茅の輪くぐり
・太々神楽
・恋(鯉)池
