③ 中受+思春期の静かで壮絶な戦い・・・
ハンモックのミノムシへ、私の「クソリプ」宣言。
「私さ、前回の記事で『見守る』って決めたよね? 忘れたのかい?」
一人、自分にそう問いかけては、情けなくなる。
「1.5メートルの境界線」を引く。ハグも指示もしない。ただ信じて放っておく。それが今の私の答えだったはずだ。
頭では、わかっている。 でも、心は本当に、全然、ついていかない。
リビングに現れた、ミノムシ
2期の隔週テストあたりから、娘のやる気が目に見えて落ちてきた。
リビングに吊るしたハンモック。以前はそこで楽しそうに揺れていたのに、今はまるでミノムシのように、すっぽりと体をくるませて、スマホを眺めている。ずっと。永遠に・・・(ええ加減にせ〜よ!って思ってるけど言わない)
笑顔が消えた。
何が嫌なのか。何が不満なのか。彼女は自分の気持ちを、全く伝えてくれない。
1年前は、手を繋いで散歩しながら話を聞くことで、彼女の気持ちを少し理解できた気がした。一緒に戦えている、そんな温かい感覚があった。
けれど今は、触れることすら許されない。
「受験はやめない」
それだけが、彼女が唯一口にする、曲げない意志だ。やるべきことはわかっている。でも、やれない。その葛藤が、おっとりしていて自分から意見を言うのが苦手な彼女の内側で、どれほどのマグマになっているのだろう。それを想像すると、私はただ、黙って台所に立つしかない。
「大丈夫?」は、クソリプだった
そんな彼女の背中を見ていると、私はつい、言葉を投げたくなってしまう。
「ね〜大丈夫?」 「何か話したいことある?」(これでも言いたいことは100万分の1なんだよ!)
答えはわかっているのに。放置することが必要だとわかっているのに。
「大丈夫?」と聞くことで、実は私が安心したいだけなのだ。
娘を心配しているふりをした、私の不安の押し付け。 自覚したら、ちょっと恥ずかしくなった。
そんなとき、友人が言った一言が、すとんと胸に落ちた。
「声かけていいと思う、愛情なんだよ。でもね、ふと思いつきで子供に投げかけたくなる言葉って、クソリプなんだって。これはクソリプなんだって、わかって口にした方がいい。」
クソリプ。
なるほど。彼女が孤独に戦っているそのタイムラインに、私がふらっと「大丈夫?」と投げかける。邪魔なノイズ。現代語で言えば、クソリプ。
「クソリプ宣言」で、リビングの空気が変わった
その言葉を、私はそのまま、ハンモックの中の彼女に伝えることにした。 1.5メートル離れた場所から。
「ママが今から言うことは、クソリプです〜」
ハンモックの中で、スマホの光が少しだけ動く。
「だから、聞き流してくれていい。でも言いたくなってしまうから、言う〜。すまん」
その瞬間、リビングの空気が、ふっと緩んだ気がした。
「クソリプ」と宣言することで、私は言葉を投げる前に、一度だけ自分の中でその「侵略性」を確認できる。そして彼女にも「ママの言葉を鵜呑みにしなくていい、聞き流していい」という許可を渡せる。
「すまん」と謝ることで、私の不安を、ちょっとだけ「ごめんね」に変換できる気がした。
正解はまだわからない。2027年への祈りも、まだ震えた手で続けている。
けれど、投げかける言葉を「クソリプ」とラベリングするだけで、私は彼女の孤独な戦いを、もう少しだけ、静かに見守れるようになった気がしている。
今日も台所で、クソリプをポケットに押し込みながら、ご飯を作っている。
受験まであと、8ヶ月。
泣いて、、、最後笑えるか!?
さ〜、どっち!!!
