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脇役にまで、人生がある。

こんばんは。
見習い占い師のことのはです。

今日は、ワンピースの話をしていました。

最終回はどうなるんだろう。
本当に120巻くらいで終わるのかな。
終わったあとも映画や短編で続いてくれたら嬉しいな。

そんな話をしていたのですが、途中でふと、ワンピースという作品がどうしてこんなに長く愛されているのか、少しだけ分かった気がしました。

それはたぶん、キャラクター一人ひとりに、ちゃんと人生があるから。

物語を進めるだけなら、もっと短くできると思います。

島に着く。
事件が起こる。
敵を倒す。
次の島へ行く。

それだけでも、冒険物語にはなる。

でもワンピースは、そこで立ち止まる。

この人は、どうしてこうなったのか。
誰に愛されてきたのか。
何を失ったのか。
何を大切にしているのか。

そういうところまで、かなり細かく描いていく。

たとえばフランキー。

最初に登場した時、私は絶対に悪者だと思っていました。

むしろ、ガレーラカンパニーのパウリーが麦わらの一味の船大工になるんじゃないかと、勝手に思っていたくらいです。

ところがフランキーの過去を知っていくと、見え方がどんどん変わっていきます。

トムさんに拾われ、アイスバーグと一緒に育ち、たくさん怒られながら、それでも大切にされていた。

取り返しのつかないほどの大怪我をして、それでも戻ってきたフランキーに、悪態をつきながら、

「生きてて良かった」

と言ってくれる。
その場面を見れば、二人がどれだけ深く繋がっていたのかが分かります。

たぶんフランキーのあの熱さは、ただの根性ではなくて、たくさんの人に愛された熱さなのかもしれません。

だからこそ、ロビンに対しても、

「生まれてきたことに罪なんてない」

というような言葉をかけられたのかもしれません。

ロビンにも、サウロにという忘れられない人がいます。

長い長い時間を経て、ようやく再会できた時、いつも冷静なロビンが、ほんの少し子どものような顔になってました。

ローにとってのコラさんもそうです。

世界全体から見れば、小さな一つの物語なのかもしれない。

でもローにとっては、絶対に小さくない。

あの人がいたから、今のローがいる。

他にもたくさんありすぎて、全てを挙げられませんが、そういう“本筋ではない物語”を、ワンピースはやたらと丁寧に描きます。

ワンピースが始まって25年以上経ちますが、
ワンピースの世界では4年くらいしか経ってないんですよね。


丁寧に一人の人間を描くから、いつの間にかこちらもその人を好きになっている。

これは、かなり着実な「愛される方法」なのかもしれません。

そして、その丁寧さは、何十巻もあとになって効いてくる。

何気なく名前が出ただけで、

「あっ」

と思う。

昔の人物がもう一度現れただけで、泣きそうになる。

一コマに、何年分もの時間が乗る。

今日、そんな話をしていて、これだけの世界を、一人の漫画家さんが、何十年も描き続けていること自体、かなり凄いことなんじゃないかと思いました。

物語があって。

キャラクターがいて。

そのキャラクターにも、それぞれの過去があって。

さらに、その人を愛していた誰かがいる。

そうやって、一人ずつ世界に根を張っていく。

だからワンピースは、こんなにも大きな物語になったのかもしれません。

いつか、この物語にも終わりが来ます。

でも私はまだ、あまり終わってほしくありません。

ラブーンだって、ブルックの帰りを待っています。

世界の謎が全部明かされたあとでもいい。

映画でも、短編でも、一コマでもいい。

物語が終わったあとも、ときどきあの世界の扉が開いて、

「ああ、みんなまだ生きてるんだな」

と思わせてくれたら嬉しい。

そんなことを考えた夜でした。

それではまた、月の下で🌕

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