花火の帰り道にて
近くの夏祭りで花火があると聞いて、どうしても見たいのだと長男が言った。
しかも「会場じゃなくて、ちょっと離れたところからがいいんだ」と主張する。
友達が見つけた、花火がきれいに見えるスポットがあるらしい。
夜8時。小学3年生を一人で行かせるわけにもいかず、二人して自転車に乗り向かった。
家から15分ほど。少し遠回りの夜道。
会場とは逸れた方向に走るその道すがら、
家の前に出て花火を見上げる家族連れを何組も追い越していった。
どうやら、このあたりからも花火は見えるようだ。
やがて、お目当ての広い駐車場に着く。
何十人かが同じ方向を向いて、静かに夜空を眺めていた。
その中に混じって、私たちも並んで花火を見上げる。
来る道中、補助輪なしで軽快に走る彼の姿を見て、
ほんの少し、背中が遠くなったような気がした。
思い返せば、私が初めて補助輪を外したのも夏だった。
手汗をかいて、緊張して、父に背中を押されて、転んで、擦りむいて。
でも少しずつ進めるようになった。
花火の音とともに、その記憶がよみがえる。
気づけば、あのときの父の姿を、今の自分に重ねていた。
私の父は、この子が生まれて半年後に亡くなった。
初孫を会わせに行こうと連絡した直後のことだった。
生前、父はこの子の写真を見て、
「口が大きいから大丈夫だ」と言っていた。
理由はよく分からないけど、なんだかその言葉だけが今も残っている。
夜空に咲く花火。
遠くに、けれどはっきりと見える光を眺めながら、
今はもういない父のまなざしのようなものを感じていた。
この時間も、やがて記憶になる。
来年も、再来年も、またこうして一緒に見られるだろうか。
そのたびに、きっと昨夜のことを思い出すのだろう。
帰り道、自転車を漕ぐ彼の背中は、
行きよりも少したくましく見えた。気のせいかもしれないけれど。
たぶん、あと2年もすれば、
彼も友達と花火を見に行くようになるのだろう。
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