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父が突然亡くなった。普通の会社員が、生前から死後まで経験した200のこと

はじめに


父は、亡くなる数日前まで元気だった。
亡くなる4日前にも、一緒にランチを食べた。
そのとき私は、父が以前作ってくれた遺言書を見返していた。
「すべての財産を相続する」
そう書かれていると思っていた。
ところが、よく見ると「すべて」という言葉が抜けていた。
私は父に、
「これ、書き直してよー」
と頼んだ。
父は、
「また書くのかよ」
というように苦笑いしながら、渋々了承した。
正直、私は書き直してくれないと思っていた。
父は、字を書くことが好きなタイプではなかったからだ。
ところが、その4日後。
父から電話がかかってきた。
「胸が痛い」
私は救急車を呼んだ。
そして数時間後、父の死亡が確認された。
時刻は、午前3時36分だった。
前の日まで普通に生きていた父が、突然いなくなった。
私は一人っ子だ。
母は重度の認知症で入院しており、葬儀や各種手続きを担える状態ではない。
つまり、父が亡くなった瞬間から、私はほぼ一人で、父の残したものを整理し、さまざまな手続きを進めることになった。
葬儀。
役所。
銀行。
証券会社。
生命保険。
年金。
税金。
公共料金。
通信。
遺言書。
家庭裁判所。
税理士。
実家。
墓。
そして、名前を付けるほどでもないような細かな用事。
父の突然の死をきっかけに、実際に行った手続き・確認・判断・管理を後から整理すると、200項目になった。
ただ、この記事で伝えたいのは、200項目の一覧そのものではない。
私が本当に助かったのは、父が元気なうちにやっていたことだった。
父が何を持っているのか。
どこにあるのか。
どの口座を何に使っているのか。
どんな保険に入っているのか。
葬儀について何を準備しているのか。
そして、遺言書をどうしているのか。
それを知っていたことで、突然「実務担当者」になった私の負担は、かなり小さくなった。
一方で、もっと聞いておけばよかったこともある。
だから、これは「終活はこうするべき」という教科書ではない。
私が実際に何をして、なぜそう考え、結果どうなったのか。
そして、何をやっておけばよかったと思ったのか。
その記録である。

1.親が元気なうちに、私がやっていたこと


父に「終活の話をしよう」と切り出したのは、亡くなる半年ほど前、2025年の夏頃だった。
正直、息子から父親に終活の話をするのは、少し気まずかった。
「まだ元気なのに、そんな話をするのか」
と思われてもおかしくない。
ところが、父は嫌がらなかった。
むしろ、金融資産、不動産、保険、葬儀関係など、私が知っておいた方がいい情報を面倒くさがらずに全部見せてくれた。
私はそれをExcelにまとめた。
財産の種類だけではない。
通帳やキャッシュカードがどこにあるのか。
証券関係の書類はどこなのか。
生命保険は何か。
互助会には入っているのか。
どの金融機関を何に使っているのか。
年間のお盆やお彼岸のこと。
お寺のこと。
庭の雑草対策のこと。
父が知っていることを、できるだけ聞いていった。
今振り返ると、この作業が、その後のすべての土台になった。
例えば、通帳を探すときに「どこにあるんだろう」と家中をひっくり返す必要がなかった。
保険証書も、証券関係の書類も、ある程度場所が分かっていた。
「分からないものを探す」という作業が、かなり減ったのである。
父は、私にかなりの情報を見せてくれた。
親子とはいえ、お金の情報は機密情報だ。
「悪用すると思われないだろうか」
「こんなことまで聞いていいのだろうか」
という心理的な壁は、私にもあった。
それでも、変にためらいながら聞く方が、かえって不自然かもしれない。
そこで、通帳を開いて口座番号や残高をExcelに記録している流れで、自然にキャッシュカードの暗証番号まで聞いてみた。
父は嫌な顔をせず、さらっと教えてくれた。
「そんなにあっさり教えてくれるんだ」
と思った。
父が私を信頼してくれていたのか。
あるいは、自分に何かあったときに頼れるのは私しかいないと思っていたのか。
今となっては分からない。
ただ、この情報が後になって役に立ったことだけは間違いない。
特に大きかったのは、口座ごとの用途まで聞いていたことだった。
「これは公共料金」
「これは年金」
「これは母の入院費」
そう聞いていたからこそ、父が亡くなった後も、何でもかんでも同じタイミングで処理すればいいわけではないと考えることができた。
ここで伝えたいのは、暗証番号を聞いておきましょう、という話ではない。
親が元気なうちに、

「本人しか分からない情報を、本人と共有しておく」

ことの大切さである。

2.生命保険の受取人を、亡くなる3か月前に変更していた


生命保険についても、生前の終活ヒアリングで確認した。
そこで、受取人が父自身になっている契約があることが分かった。
私はネットで調べ、父に相談したうえで、2025年12月に受取人を私に変更する手続きをした。
まさか、その約3か月後に父が亡くなるとは思っていなかった。
結果として、この手続きをしていたことで、父が亡くなった後の保険金受け取りについて、余計な迷いを持たずに済んだ。
この経験から感じたのは、
「保険に入っているか」
だけではなく、
「誰が契約者なのか」
「誰が被保険者なのか」
「受取人は誰なのか」
まで確認しておく必要があるということだった。
もちろん、保険や税務の扱いは契約内容や個々の事情によって異なる。
ここで書いているのは、あくまで私の場合の経験である。

3.遺言書を、父に書いてもらうまで


相続については、母の状況もあり、父と私は「私がすべての財産を引き継ぐ」という方向で話していた。
私自身でも父の財産状況をもとに相続税を試算していた。
ただ、父と私の間でそう話しているだけでは、その通りに相続されるわけではない。
母も相続人になるため、父の意思を形にしておく必要があると考えた。
そこで、遺言書を書いてもらうことにした。
ネットで遺言書のひな形を調べ、父がそのまま書き写せるようにアレンジして見本を作った。
父は、それを見よう見まねで手書きした。
その過程で、自筆証書遺言書保管制度という仕組みがあることも知った。
2026年1月頃、予約を入れようと思った。
でも、入れなかった。
「まだもう少し先でいいか」
と先延ばしにした。
これは、今でも少し後悔している。
できることなら、できるときにやっておけばよかった。
そして、亡くなる4日前。
父ととんかつを食べながら、私は遺言書を見返した。
「すべての財産を相続する」
という文言の「すべて」が抜けていることに気づいた。
法律上、「すべて」が絶対に必要なのか。
ネットで調べても、私はそこまで明確には判断できなかった。
ただ、母の状況を考えれば、私が全財産をまとめて相続する形の方がシンプルだと思った。
財産目録に載っていない現金などが、後から出てくる可能性もある。
だったら「すべて」と書いてあった方が安心だ。
そんな、半ば直感のような判断だった。
後になって税理士事務所からも、「すべては書いてあった方がよかった」と言われた。
そこで父に、
「書き直してよー」
とお願いした。
父は苦笑いしながら、
「また書くのかよ」
という感じで、渋々了承した。
私は、まさか本当に書き直してくれるとは思っていなかった。

4.互助会の存在を知っていたことが、突然の死の直後に役立った


父は、生前に二つの互助会について教えてくれていた。
一つは2000年に契約したもの。
もう一つは2002年に契約したものだった。
父は、
「お父さんが死んだとき、お母さんが死んだとき、どっちでもいいから葬儀に使っていいよ」
と言っていた。
契約内容や払込状況まで確認し、Excelに残していた。
そのため、父が亡くなった直後、病院から葬儀会社を紹介されたときも、その場で断ることができた。
「父が契約している互助会があります」
と伝えた。
霊安室に葬儀案内のチラシもあったが、迷わなかった。
突然、親が亡くなったとき、葬儀社をゼロから探すことを想像すると、それだけでも大変だと思う。
父が生前に教えてくれていた。
それだけで、最初の一歩がかなり楽だった。

5.23時50分、父から電話がかかってきた


父から電話があったのは、3月19日の23時50分頃だった。
「胸が痛い」
私は救急車を呼んだ。
父に、
「今、救急車呼んだから。玄関の鍵が掛かっていたら救急隊員が入れないから、鍵を開けられる?」
と聞いた。
父は苦しそうだったが、意識はあった。
「ああ。玄関の鍵か。分かった」
そう返事をした。
救急車が来るまで電話をつないでいたかった。
でも、途中で電話が切れた。
その後、救急隊から私に電話が入った。
病院に来てほしい。
手術が必要になる可能性もある。
そう言われた。
「手術?」
その時はそこまで深刻には考えておらず、最悪のケースを想定して念のため言っているのだろうと思った。
私はお酒を飲んでいたため、妻とタクシーで病院へ向かった。
自宅の方が病院に近かったため、先に到着して救急車を待った。
ただ、私は救急車の到着場所を間違えてしまった。
父が救急車から病院へ運ばれるとき、そばに寄り添うことができなかった。
院内では、先生や看護師が処置室と他の部屋を慌ただしく行き来していた。
そして、救急外来の担当医から告げられた。
「急性大動脈解離です」
その言葉で、父の死を覚悟した。
できる限りの処置をしている。
専門の先生もこちらへ向かっている。
でも、非常に厳しい状況だという。
その間に、救急隊員から父の携帯電話と、携帯電話につながっていた実家の鍵を返してもらった。
今振り返ると、このとき父の搬送時の様子をもう少し聞いておけばよかったと思う。
それから1時間も経たないうちに、
「回復は難しいので、最後を看取ってください」
と告げられた。
処置室に入ると、看護師が必死に心臓マッサージを続けていた。
素人の私にも、厳しい状況だということは分かった。
そして、微弱な心電図の動きが止まった。
父の死亡が確認された。
午前3時36分。
前の日まで普通に生きていた父が、もういなかった。
父が亡くなったとき、私は悲しむ暇もなく、突然「死後の手続きをする人」になった。

ここから先に書いていること


ここからは、父が亡くなった後、私が実際に経験したことを書きます。

生前にやっておいて助かったこと、突然の死の直後に何をしたか、葬儀で何を選んだか、遺言書の検認、死後のお金の管理、税理士事務所の比較、銀行・証券・保険・年金・公共料金の手続き、そして今も続いている実家の管理まで。

後から振り返って分かった「やっておいてよかったこと」と、「もっと聞いておけばよかったこと」を、できるだけ具体的に残しました。

特に残したかったのは、単なる「やることリスト」ではなく、「なぜそれをしたのか、どう判断したのか」という部分です。

親の死後は、すべてを一度に処理できるわけではありません。

「今やるべきこと」と「少し後でもいいこと」。
「すぐに解約するもの」と「しばらく残しておいたもの」。
「自分で調べること」と「専門家に相談すること」。

私がその一つひとつを、実際にどう判断していったのかを書いています。

5つのファイルも用意しました

この記事には、本文を読んだ後、そのまま自分の状況整理に使える5つのファイルを付けています。

FILE01|親の情報整理シート
親が元気なうちに、金融機関、保険、不動産、葬儀・寺・墓、生活インフラなどの情報を整理するためのシートです。

FILE02|親の生前準備・死後実務 タスク管理表
私が実際に経験した200項目をもとに、同じ目的・同じ場面の行動をまとめ、家庭ごとに異なる内容も整理して、自分の状況に合わせて使える77の確認・行動に編集しています。

FILE03|葬儀・死後費用 出納帳
葬儀、医療、相続など、親の死後に動いたお金を記録するためのファイルです。

FILE04|実家維持費・収支管理シート
誰も住まなくなった実家に、年間でどれくらいのお金がかかるのかを把握するためのファイルです。

FILE05|専門家比較・相談メモ
税理士などへ相談するとき、費用・対応範囲・相談内容などを比較・整理するためのファイルです。

こんな方に読んでいただきたいです

今まさに親の死後の手続きを担っていて、「何から手をつければいいのか分からない」という方。

そして、親がまだ元気で、「いつか自分がこの立場になるかもしれない。その前に何を確認しておけばいいのか知りたい」という方。

これは専門家による「正解」を教える記事ではありません。

家庭の事情や自治体、金融機関などによって必要な対応は変わります。

あくまで、普通の会社員だった私が父の突然の死に直面し、実際に何を考え、どう動いたのかという一つの実例として読んでいただければと思います。

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10,292字 / 5ファイル

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