やさしい言葉は、未来をつくる──「せきがやだ」の真意に気づいた日
少しむせて咳き込んでしまったときに、ある生徒さんからこう言われました。
「せきがやだ」
その瞬間、私は少しドキッとしました。
まるで責められているような気持ちになったのです。
咳がうるさかったのかな?
不快な思いをさせてしまったのかな?
風邪をひいてるわけじゃないのだけど…
そう思うと、申し訳ないような、ちょっと悲しいような気持ちになりました。
でもその後、お母さんから話を聞いて、私は思いがけない気づきを得ました。
その子が小さい頃、咳がひどかった時期があったそうです。
そんなとき、お母さんはその子にこう語りかけていたのだとか。
「せき、やだね」
──それは、「苦しいね」「つらいね」と共感を込めた声かけでした。
最初のうちは、自分が咳き込むたびに
「せきがやだ」と言っていたそうです。
でも次第にそれが
他の人の咳にも向けられるようになり。
そう、お母さんにかけてもらった“やさしい言葉”が、
その子の中で変換されて、別の形で私に届いたのでした。
「せきがやだ」
一見すると、否定的にも、拒絶的にも聞こえるその言葉。
でも、本当はその奥に
「つらいよね」「だいじょうぶ?」という
やわらかなまなざしが込められていたのです。
でもその時、支援者としてこんな思いもわいてきました。
このままでは、この子のやさしい気持ちが誤解されてしまうかもしれない。
本当は思いやりから出た言葉なのに、
「人を責める言い方」に聞こえてしまう可能性がある。
だからこそ、言葉を“伝わる形”に整えることが必要です。
たとえば――
「せきがやだ」ではなく、
「せきが出てるね、苦しそうだね」という言い方に変えてみる。
そんなちょっとした言い換えだけで、
この子のやさしさは、もっとまっすぐに届くようになる。
そうすれば、そのやさしさに気づいてくれる「味方」が、
この子のまわりに、少しずつ増えていくはず。
子どもたちの気持ちが、よりよいかたちで届くように。
本来持っているやさしさが、言葉を通してきちんと伝わるように。
その“あとおし”をするのが、私の仕事です。
言葉とはむずかしいもの。
使い方次第で、全く正反対の感情が伝わってしまうこともある──
でも、ほんのちょっと気をつけるだけで
素直な気持ちがきっと届くのです。
未来が、やさしい言葉であふれますように―
自分の言葉も整えていきたいと思っています。
※この記事は「#未来のためにできること」コンテストに応募しています。

