【せりふ三題噺】キャンディ暗闇魔女【ショート】【伝奇】【幕間】
【これは、或る伝奇の幕間】
夜、7時。商店街の車道を、ハロウィンの仮装行列が進み始めた。商工会議所青年部の発案で、建前を抜けば、寂れゆく古い市街地の悪あがきが目的だった。子供を連れた親子と、ひと目でわかる飲食店関係者とが目立つ。しかし怪物と悪魔の正統なスタイルで、歩道からの声援と冷やかしに応えていた。トリック・オア・トリート! と、魔女の帽子を被った子が、親族らしいおばあさんから飾りのついた袋を受け取っている。
和菓子屋のおじさんとおばさんもどこかに。おばさんが強引に参加を決めていたはずだ。さくらの養父母。後々、義父母ということになる。武士の情けではないが、おじさんと遭ってはいけない気がする。
商店から庇が伸びた片側式のアーケード、吊り渡されたクリスマス用のイルミネーション、街灯のあかり、車道も、歩道も、くすんでいるように見えた。7時で閉めた店のシャッターの艶のなさもみすぼらしかった。うちの印刷会社をいつか、継ぐ日は、来るのだろうか? ため息が白く伸びた。
「あのなかに、本物はどれくらいいるんだね?」
男の声に振り返った。灯りの死角、庇のかげのなかに、女性がいた。一人しかいなかった。ワンピースドレス、ウェーブした髪、イヤリング、口紅。……仮装だ。
「それ、『美魔女』ですか?」
「いや、お忍びさ。ワタシは偉いからね。日本では普通だろう?」言葉が聞き取りやすい。かなり上位の日本語学習者らしさ、があった。それ以外は、とにかく、わからない。突然、暗闇から驚かそうとしてきた。暇なのは確からしい。
「ここ、北海道の田舎も田舎、A市です。流氷観光しかないA市。10月に、世界のおばけも観光には来ないでしょう。たぶん、いませんよ」
パン!
パレードの方から爆竹、の音がした。振り向いた。係員として。目の端が、「美魔女」を見切れたとき。
黒い羽根が見えた。その一瞬、インクが水に広がるように形が見えた。人のように立った、羽を広げた大蝙蝠の形が、広がるのが見えた。
「あっ」
悲鳴は、準備がないと出ないと知った。パレードの方に体が向いたまま、背後に仰け反った。つまり、男の方へ倒れた。敷き詰められたインターロッキングに頭を打ち付ける前に、肩をすくわれた。目をつぶる暇もなかった。化粧をした男の顔が覗き込んでいた。
「なにか、あったのかね?」いない。ウェーブした髪の後ろにも、アーケードの天井にもなにもいない。男がゆっくりと背中を下ろしてくれた。男の……化粧のことはもういい、視線を外してはいけない。慎重に、立ち上がらなければならない。
「インディアンの神話」を思い出した。魔術師はみな、女の服を着ていた。そして、たしか、死後の世界を行き来できるのが、本当の魔術師だ。うちの書棚の、昔の、『世界の民話』にあった。そして、透明なものは、目の端に映るのではなかったか。こんなことを真面目に、いや、いまはすがるものがない。
「……キャンディしか、ない」
「いらないよ。キミの婚約者の兄が、最近、帰国しただろう? サクラくんの兄だよ。虎に……トラヒコ兄さんに用があるんだ。キミは賢い。目でわかる。力がね、ワレワレが2で、そっちが1か、2か、3なんだよ。だから、キミに助けてもらいたい、」
立てなかった。膝をついたまま、顔を合わせるだけで涙が出てきた。焦点が合わなかった。すべてが滲んだ。
「ドリス!」男の背後から人が現れた。人だ。白めの服を着ているのがわかる。髪がまっすぐで長い。全体の輪郭から女のようだった。涙だけ、手の甲で拭った。女の手が、私の首筋にかかる……
変だ。
拉致するなら(人質になれということだろう?)黙って攫えばいいのだ。
さくらはどこだ? あのキテレツな兄さんもいないんじゃないか?
「印刷屋!」
女、ドリスと呼ばれた女の手が離れた。黒い髪をしていた。それを片手で撫で下ろしていた。大蝙蝠がいた。そして消えた。二人が消えた。その奥に、暗闇に、腰だけが異常に細い、大きな影がいた。上半身が筋肉だとするなら、一枚の畳くらいはある影だった。
だった。
近づいてくると、それはさくらの養父だった。
「無事か」
力任せに引っ張って立たせてくれた。もう、腰に力は入らなかった。背の高く、体格のいいおじさんの恰好は半裸に、トラ柄の短パンだった。
分厚い革のベルトの先が垂れている。
「それ、鬼ですか?」おかしくなった。これが現実だと思う。
見たものは、まるっきり、伝承に出てくるようなものだった。
爆竹。あの爆竹が爆竹ではなかったとか? とにかく、いまが現実なのだ。男の美魔女がいただけだ。
パレードがやっと近くまで来た。それほど短い時間だった。ぼんやりとしていたのかも知れない。
おじさんは両手を前にあげて、自分の身体を見ていた。ベルトを緩めていた。そして、ふん、と鼻を鳴らした。
「寒いからもう帰るぞ」
後々の関係のため、追従しなければならないだろう。
【これまで。伝奇『トラノウカラ』より】
≪参照図書≫
小沢俊夫編 関楠生訳. 世界の民話:24 エスキモー他. ぎょうせい株式会社, 1978
コティー・バーランド著 マリオン・ウッド編 松田幸雄訳. アメリカ・インディアン神話. 青土社, 1990
