【せりふ三題噺】キャンディ暗闇魔女【2】
女はペンを持って、静止していた。暖炉では炎が立ちのぼっている。ウールの敷きものに、羊皮紙を置いて、あぐらで座り、一本の羽をかまえて、止まっていた。土壁の家は、もう暗かった。薪がちらちらと光を飛ばす。敷きものの焦げ痕よりも離れれば、そこはうす明るく、ほの暗く、最高の場所であった。
コン コン コン
硬く黒い前髪をかいて、眼鏡を横に置いた。玄関から音が聞こえた。
コン コン コン コン
オレンジ色に、照らされたテーブルの上のランプに、指先から鬼火を移した。身だしなみよく、帽子をとって頭にのせる。つばが大きくて曲がっている、円錐形の帽子。身分をわからせる、正装のひとつ。
コン …… コン ……
姿見の前に立つ。帽子の曲がり具合に美があった。右を向き、左を向き。羽ペンと、持ち手を重ね、手鏡で、
コンコンコココン コンココンコン ココココココココ
「シーッ!!」
玄関へ、羽ペンを振りさす。インクがはらい飛んだ。木のドア、土壁のフード、靴棚、その他いくつか、竜巻に削られたように家からぶっちぎれ、暗闇のなかに消えた。
たたきの外の前垂れに、つまり、玄関のドアの外だったところに、子どもがひとり残されていた。円錐帽子とワンピースの魔女の正装。円い薪と、かごを持って、静止していた。ランプの薄明りで顔色は赤く見える。魔女は姿見に向いた。手鏡が消えていた。手元に狂いはない、はずだった。
「ひとり、だったかい?」
「はい。えー、えー。トリック・オア・トリート!」
「トリックされたのはおまえだよ。もうわかると思うけどね、うちはこれだから。おまえをトリートする道理がないんだよ。むしろ、こっちのセリフだよ」
「魔法の杖って、羽ペンなんですか?」この子どもは、ひとのかたちをした新しいものかもしれないと魔女はすこし考えた。にしては「常識」がない。ひとには間違いないだろう。結論づけたころ、もう帽子の曲がりを気にしなくていいことに気づいた。
「ペンは、インクをつけて、紙に線を引き、かたちを切り出す道具のこと。杖ではないし、魔女の杖はとくに決ま」
「なに書いてたの?」
魔女は子どもの顔を見た。そうして一呼吸あったあと、笑った。大笑いした。もったいない。ひとより違うものに生まれていれば。もったいない。おもしろい。アーハハハハハハハハハハハハハ。
「おいで。暖炉の前に紙がある。早く入りな。さっき飛ばしたものが戻ってくるから」
暖炉の前、白紙の羊皮紙を挟んで、ふたりはあぐらで座っていた。魔女は子どもから薪をつかみ取り、炎にくべた。玄関からのズン、ドッ、ズン、ドッ、という音がやんだ。湿った薪がぱちぱちと光を飛ばした。明るく、ほの暗い。
「なに書いてたの?」
「決闘状、さ。オレは『くらやみの魔女』。奴は『まんてんの魔女』。そろそろ、あと7、8年でそういう季節になる。道理だよ」
「なにも書いてないじゃない」魔女は黒い前髪をかいて、眼鏡をかけた。たしかになにも書けていなかった。
「ことばがいるんだよ。奴を弱らせるための、強いことば」
「必殺わざ?」魔女はまた笑った。もったいない。アーハハハハハハハハ……
「ハァ。それは、たとえばどんなのがある?」
「えー、えー。『サンダージャスティス』……、『エターナルハリケーンブリザード』……、『オーロラスプリットキャノン』……、『来りて喰らえ地獄の紅蓮の」
「待て。……いい。いいな。書き留めるから待ちなさい」魔女は目の前の羊皮紙にいまの強いことばを書きいれた。決闘状にはまた別の紙を使えばいいのだから。
羊皮紙は、強いことばで埋め尽くされてしまった。
暖炉はおきだけが灰がちに灯っていた。青い光のランプが5つ、絨毯のうえに、テーブルのうえに、あった。少し、冷えてきていた。子どものお腹が鳴った。
「ふむ。あとはいい。おまえが食べてもいいものは、ここにないんだよ。家に帰りな。このランプにおまえを送らせるから」
「また来てもいい?」
「来れないさ。どこで拾ったのか、おまえはうちの薪を持ってた。だからここへ来れた。ランプも走ってここに帰る。来れないさ。いや」
魔女は薬の棚から、飴を一粒とって、子どもの帽子の端をちぎり、丸めて包んだ。
「ほら。トリート。薬草のキャンディさ。もし、どうしても、おまえが家に帰りたくないときはそれを食べな。弟子にしてやるよ」
「いやよ」
アーハハハハハハハハハハハハハ……
(了)
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