記憶…目と耳で食べられない
郵便局での帰り際、人の良さそうな局員さんに声を掛けられた。
「よろしかったらご覧ください。熱中症予防の飴も入っておりますので。」
なんとか自然に受け取って、思いとは裏腹にお礼を口にした。
本当は飴ちゃんもお知らせも遠慮したかったのだけれど、局員さんは、
「暑くなるようですから、気をつけてくださいね。」
と笑顔で見送ってくれている。ここは受け取るのが正解だから、作り笑いで軽く会釈も返した。あぁ、私ってばワタシってば!
一番古い記憶は、三歳になる前の朝ごはんだ。
なんの変哲もない朝、いつもの平和な時間、突然テーブルに突っ伏して泣き出した超がつくほどに育っている健康優良児。驚いてすっ飛んできた母にビービー泣きながら言ったそうだ。
「み、見てるぅ…」
茶碗の中の、そこにいる全員が私を見ている気がした。その頃は目が合うだなんて言葉は知らなかったはずなのだけれど、きっちりとアイコンタクトがあった。ぎゃぁ~、と泣き続ける私とたぶん固まっていた母、それは一番古い記憶。
母が大柄なせいか、私の出生体重はかの松井秀喜さんと同じである。小さい頃の写真はとにかく大きい、恐ろしく大きい。そんな十分に育っている私に、母は更なる成長を願い、骨を強くしなきゃと言って毎朝ご飯の上にあるものを載せ続けた。
局員さんがくれたのはお中元の案内。
たくさんのシラスが度アップでこちらを見ている、特産品のチラシ。
決して味がイヤなのではない。その日の朝までは、むしろ好んで口にしていたようでもある。でも、どうしてなのか目が合ってダメになってしまった。
好き嫌いは良くない精神の元、母は小さなあの子達をさらに小さく刻んでお好み焼きに混ぜたりしながら食卓に登場させたのだが、シルバーの輝きはキラキラと存在を主張し、決して私を騙してはくれなかった。
そして私にはもう一つ、訳ありの苦手食品がある。
母方にとって初孫だった私は、皆に、特に祖母にとても可愛がられたように思う。父の転勤ゆえ常に遠く離れて暮らしていたから、会ったときは甘え放題、甘やかされ放題。元気が過ぎる我が母の母とは思えない!穏やかなおばあちゃん訪問は、長い休みごとの一番の楽しみだった。
その祖母が繰り返しおまじないのように、耳元で囁いたことがある。
テレビから流れる映像だったり、その場にいた人が何かの拍子でその食品について話し出したりするたびに必ず、絶対に、ちょっと独特な上目遣いで話し出す。遠くに座っているとご丁寧に目配せしたりして、私に教えを思い起こさせる。
「あんなに長くてニョロニョロしていてヘビみたいなの、食べられないわよねぇ? なをちゃん!」
たぶん、私にとって嫌いな食べ物ではなかったはずだ。甘いタレには惹かれてもいた。だけどいつの間にか、拒否反応を起こすようになってしまった。
これからの季節は特に、スーパーの中の道順に気をつけなければならない。シラスさんは目にしなければスルーできるけれど、ウナギさんは香りで合図を送ってくださる。会えなくなって十年の祖母の顔が浮かぶのは嬉しい。でも、祖母を思い出す発信元がウナギだったりしたら、優しいおばあちゃんの顔は曇ることだろう。
そういえばあと一つ、ほんのしばらくの間だけ、苦手だったものがある。
転校して間もなくまだ猫を被っていた頃、給食の時間に校内放送が流れた。
「本日の中華スープにはシイタケが入っています。○○市はシイタケの産地です。」
へぇ、そうなんだ…で済むはずだった。
隣の席の男の子は学級委員で剣道部の部長で、とても優しい、どうやら周りからイジられる人だった。“シイタケ”に反応した周囲が、賑やかに坊主頭の学級委員さんをはやし立てる。シイタケ、嫌いなんだな…で済むはずだった。それなのに私は聞いてしまったのだ。
「食えねぇよ、ナメクジみてぇじゃん!」
はぁ~?????
止めていただきたい、ダメなんです私、そういうの聞いちゃうと。
スープに浮かんでいる物体は、確かに彼の発した生物に似ていた。そっくりだった。思いを口にできなかった転校生は平常心を装いながら、中華スープを見ないようにして完食し、少しの間シイタケが怖くなった。
順調に年を重ねた今も、目が合ったお方と囁きより仲違いしたお方とは距離ができたままである。どうしてもの場合はエイッと頑張るが、どうしてもが訪れることなどそうはない。
ちなみに大柄な我が母は肉類を一切口にしない。乳製品や魚は摂るのでヴィーガンという訳ではなく、父が肉を好んだので肉料理も食卓に上っていたが、いつの頃からか、私自身も付け合わせの野菜の方を好んでいることに気がついた。ブロッコリー最高、パセリ大好き。子供達への食事準備は必須だったし、近頃では年齢を考えてタンパク質摂取をかなり意識しているものの、願わくば野菜だけで生きていたい、というのが本音である。年月をかけ、食習慣というものは似てくるのだろうか。
コロナ前は、よく近くの農園にトマト狩りに出掛けていた。トマトをかごに入れ、採った分の支払いをする。家で大きく万歳をするオクラを育てたこともあった。鼻歌交じりでハサミを持ち出し、そこで私は音を聞く…小さく強いパキッ。
「あぁ、私はもらっているのだな…」
もらって生きていることなど、普段は全く意識していない。勝手に聞いて、勝手に立ち止まって考えて、ときどき何かの拍子に思い出したりするかもしれないけれど、その程度のことだ。道の駅で見かける新鮮野菜ののぼりとか、そこで売っているナスのヘタが痛かったりしたときに、なんとなくチクッとするだけのことだ。でも、なんだかなぁ…いかにも私でややこしい。
しぶしぶ持ち帰った郵便局のチラシを何気なく裏返した玄関で、私はヒィっと、そのセロファンを落としてしまった。裏面からはウナギのかば焼きが顔を出している…
ふぅ…今年も夏がやって来る。
