富士山を望む“幻の茶産地”へ(静岡市・豊好園)|令和静岡茶紀行
茶畑の風景を求めて向かったのは静岡市の幻の茶産地といわれる両河内と安倍川の上流に位置する玉川地区、そして富士山のお膝元・富士市。お茶への愛に満ちた若手茶農家が淹れる自慢の一杯をお届けします。(ひととき2025年9月号特集「令和静岡茶紀行」より一部抜粋)

多彩な品種で茶の楽しみを広げる「豊好園」
目もくらむほどの急斜面に拓かれた茶畑が、山腹のあちこちに見える。静岡県の中ほど、清水港に臨む標高約350メートルの山間部。幻の茶産地とも呼ばれる両河内地区は、しっとり潤んだ空気に包まれている。
「あの山の間に見えるのが駿河湾だ」
茶農家の片平次郎さんが指を差す。振り向けばそこには富士山。早朝、眼下にはしばしば雲海が広がるという。

片平さんは「豊好園」の3代目だ。あけっぴろげな笑顔に持ち前のバイタリティーをのぞかせ、気取りのない人柄で周囲から「ジローさん」と親しまれている。

「両河内は、静岡の茶産地のなかでも後発だからね。古い農家でもせいぜい100年。だから親父たちの世代は、茶を揉む技術に磨きをかけてきたんだ」
茶の若芽を摘んで蒸し、揉んで乾燥させたものを「荒茶」という。茶農家はここまで加工し、茶商がそれを買い取って、煎茶やほうじ茶などの製品に仕上げて消費者に届ける。栽培だけでなく、荒茶にすることも農家にとって大事な技術だ。
両河内でつくられる茶はキリリと固く撚られて針のように細く、深い緑の照りが美しい、と片平さんはいう。高品質の、希少な茶。
静岡県における昨年度の荒茶の生産量は2万6000トンほど。広大な台地で大規模生産を行う鹿児島県と2県合わせて、全国生産量の約8割を占める。
煎茶などのいわゆる日本茶は、江戸時代以降、日本で製法が確立されたものだ。少し前まではどこの家にも急須があり、食事の後やひと息入れるとき、茶葉に湯を注いで茶を淹れていた。だがそうした茶は、昭和の終わりごろから急速に飲まれなくなっていく。コーラやコーヒーなど茶以外の飲みものの登場、食・生活スタイルの洋風化、また茶を淹れるという手間が敬遠されたことなどが原因としてあげられる。
荒茶の生産量も減少する一方だ。ピーク時の1975(昭和50)年には全国で10万5000トン超だったものが、昨年は7万4000トン弱。静岡県は約5万3000トンから約2万6000トンだ。緑茶ドリンクの原料という需要があるため、それほど急激な落ち込みではないものの、茶葉としての消費の減少は明らかだ。生産者の高齢化や後継者不足も深刻で、茶農家の戸数減少に歯止めがかからない。
「稼げないから、親が子に茶園を継がせないんだよ。でもぼくは楽しいからお茶をつくっている。お茶を育てて、摘んで、揉む、という生活が楽しい。仕事というより、お茶そのものが人生なんだ」
引退するから茶畑を借りてほしい、という近隣からの相談があれば、片平さんは積極的に応じている。少しずつ増える茶畑に、ここには「さえみどり」、上に「つゆひかり」、この山の向こうに「せいめい」……と、さまざまな品種を育てる。豊好園は単独の茶園としては珍しく、25品種以上もの茶を生産しているのだ。
日本でいちばん多く栽培されているのは「やぶきた」だ。明治末期に静岡県で誕生した品種で、香り高く甘みに富み、育てやすくて収穫量が多い。茶の登録品種は100種類以上あるが、現在の作付け面積のうち、全国では7割以上、静岡県では9割がやぶきただという。なのにここにやぶきたは、2割ほどしかない。
さまざまな品種を育てて、茶という作物の魅力を発見しようとする情熱は、片平さんの父・豊さん譲りだ。豊さんはやぶきたしかなかった茶畑に、次々に10品種以上を植えた。
幻と呼ばれた茶「やまかい」の茶葉の、美しい蒼緑。
「香駿」を初めて収穫したときの、華やかで強烈な香り。
毎日、目を丸くしてそんな感動を語る父の姿を見て片平さんは育ち、同じように茶の楽しさに夢中になった。

ただ、豊さんの情熱は業界では理解されにくかったという。日本の茶生産がピークを迎えていた当時、品質と量を安定して供給できるやぶきた以外の茶は、あまり必要とされなかったからだ。
「でも今は状況が変わってきた。ペットボトルの緑茶ではなく、茶葉で買うお茶は本当の意味での嗜好品になっているでしょう。そうするとわざわざ自宅で日本茶を淹れようというひとは、いろんな品種の味わいを楽しみたいと思う。どんどんマニアックに、趣味の世界になっている。だからぼくは、時代がようやくぼくらに追いついたと思っているんだ」
昨年夏、体験型カフェ「茶農家の茶店 HOUKOUEN」(写真上)をオープンした。ここでは園で栽培する全品種の茶葉が揃い、片平家の温かいもてなしを受けながら、ゆっくり飲み比べられる。



お茶とぼくは対等なんだ、と話す片平さん。日々茶畑に足を運んで茶に向き合う。茶の持てる力を、いっぱいに引き出したいと願っている。
茶の豊かさに驚くこと。それはきっと、私たちの日常を豊かにしてくれる。

文=瀬戸内みなみ 写真=須田卓馬
──この続きは本誌でお読みになれます。茶の都・静岡県では、富士山の絶景を望む茶畑が印象深い一方、山間部にも茶産地が点在しており、銘茶が育まれています。茶葉からお茶を淹れる機会が減り急須が家庭から消えつつあるいま、茶のあるくらしの愉しみを教えてもらうため、茶園やティースタンドを訪ねました。全国の作家のこだわりの茶器を集めたお店もご紹介しています。わたしたちの身近にある“お茶”、その魅力を再発見する旅へ──。
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<目次>
[PART1]茶畑で芽吹くお茶への愛
[COLUMN]茶商に聞く、静岡のお茶
[PART2]お茶を愉しむ
令和 静岡茶紀行〔案内図〕
*担当編集による紹介記事
豊好園/茶農家の茶店 HOUKOUEN
☎054-396-3336
[所]静岡市清水区布沢276
[時]10時~15時(要予約)
[休]土・日曜
【予約受付メール】houkouen+yoyaku@gmail.com
[HP]https://houkouen.org/
出典=ひととき2025年9月号
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