市場主義と仲良くしたい

市場よ、僕の数字を吸い大きくなれ

上手い表現が見つからないから便宜上「市場主義」と書く。
平日は供給者として仕事に勤しみ、休日は買い物、隙あらばSNSかNetflixかTVか、そんな感じで需要者として市場へ参画する。
僕の時間は、市場的な価値で指標化される。
視聴率とか課金額とかクリック数とか。

我が子よ、父の時間は君のためにある(としたい)

育児は、そんな市場的な価値に当てはまらないので、その間の時間は市場へ還元されない。つまり市場から距離が出来たのだ。
そんなことを言っても、非常にちょっとした距離だ。何故ならミルクあげてる片手でスマホいじっている、本を読んでいる、Netflixを見ている。
そして、育児の時間がキャリア的な成長に繋がっていないと感じる。
子を片目で見つつ市場も片目で見ている。
市場主義というのは恐ろしい。逃れるとしたら山で仙人をするしかない。
僕はまだ東京で消耗していたい。野心というより都心のローンの為である。とほほ。
そんなわけで、健全に市場主義といたいのである。

市場の外へ繰り出せば良い

こう書くと市場主義と育児は対立軸に見えるがそうでは無いだろうと思っている。例えば育児日記をSNSに上げたりして市場にどっぷり参画していくルートもあるだろう。ただ僕は市場から距離を取りたいのだ。
そうなってくると、"耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ"と攻殻機動隊の少佐に怒られそうだが妻子ある身である、孤独には暮らせないし、何よりそこまでわがままを言いたいわけじゃない。

あまりに市場外の世界を知らないだけなのかもしれない。
ははぁ、そうなってくると素子少佐、逆である。
"耳と目を大きく開き、大いに話り、騒がしく暮らせ"
これじゃないかな。
市場価値に換算されない世界へ参画していく。
ボランティアや地域の活動、パパママとの繋がりといったものもの。
でも気をつけろ、ソリッドステート(※)には近づくな、だ。
仲良くなったパパにア◯ウェイ勧誘される、なんてあるかもしれない。
市場はいつでもどこでも僕を手招きしている…
なーんて思ってしまう僕はやっぱり市場主義に毒されているのだ。
とほほ。

※官僚が水面下で運用するシステムの名称。巨大すぎてシステムへ取り込まれてしまう…

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