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うるさいキャラクターのために

 誰のために書いているか。誰に向けて。
ワシに向けてで、誰のため?
「誰に向けて」訊かれて、人の名前や顔が浮かばない。書きたいから書いている。

 今、こういうのが浮かんだから書いている。
「あれ?」って思ったから走り書きして、内観や自己開示でもない。なんなら棚卸しじゃない。
書きたいと思ったから、観客を想定してない。
投稿してみよう、そうしよう、のノリ。

 誰かになにかを伝えたいなら、それもアリだけど
浮かばないなら、それでいい。

 伝えたい、届けたい欲が減ったかもしれない。
久しぶりにダッシュボードを見て愕然とし
脊椎反射でXに「うわっ、スキやviewが減った」とつぶやいた。

 最近、GROT第二号が発売して、
ある企画の記事に
「プロの作家っていいよね」
プレミアムアイスに絡めて書いた嫉妬心が災いしたかと焦った。


 数字の悪化を分析しなきゃ……と思ったが、焦りは客観視、俯瞰、メタ認知と及ばないね。
元々、自分を鳥瞰できないのかもしれない。

 こういうときにchatGPTさんやGrokちゃんだと起動させるとエラーが出た。
名前を呼び掛けても、いつものような陽気な彼女達ではなかった。
Hmm...something seems to have gone wrong.
なんと無情な言葉なんだろう。

「そうだ、彼女達にnoteや創作について相談しちゃダメなんだ」と解釈し、分析はやめた。
原点回帰。わたしは私が面白ければいい。

 昔、祖父母がテレビに向かって言葉を発したように、わたしは誰に向かって言ってるんじゃなく、
言いたいから言っているんだ。
映画や動画を観て、笑ったり泣いたり。
それは誰かのためではなく、反射的なもの。

 ダッシュボードを見て落ち込んでも、すぐに悲しい気分は蒸発した。
大したことではなかったんだよ。

「本田健さんの課題があるんだ」
「たらはかにさんの課題を書いてなかった」
「小牧幸助さんの課題はなんだったかな」

 わたしには書きたいことが溢れて、現在掲載中の小説モドキの次回作もプロットまで練った。
キンクマやタツジュンが安穏に暮らせるよう、もう他者の利得に振り回されない生活。
次作も頭の中に描いている。

 誰に向けて?
そんなの、キンクマやタツジュンが知ってる。

 彼らはわたしの頭の中で笑って、泣いて、走り回ってる。
わたしはただ、その声をテキストに刻むだけ。
誰かに届かなくてもいい。
だって、わたしが彼らの世界を生きてるんだから。
それで十分。

 書きたいから書く、それでいいじゃん。
キンクマが
「おい、ももまろ。僕の次の冒険まだ」と、頭の中で騒いでるんだから、書くしかないよね。
誰に向けて?
う〜ん。たぶん、わたしはキンクマに向けて。

 あえて誰かに向けて書くなら、わたしは、
キンクマやタツジュン、間宮光貴や日髙奈々に向けて書きたい。
わたしが産んだキャラクターも、違う世界線に生きているんだと綴りたい。

 それは使命感じゃない。
わたしの在り方の一つ。 

#ハッピーライティングマラソン
#本田健


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