夜店は思い出の入口
夜店から漏れる灯りは、暗闇の中で浮かび上がるように見える。
深夜帯だけ店を出す屋台のラーメン屋さんも、暗がりにぽつんと灯りをともしているように見えていた。
祭りや初詣で見かける夜店は雰囲気だけでお腹いっぱいになる。視界に入る左右、隙間なく並ぶ店を吟味して満足する。
美味しそうだなと思いつつ、あまり食べたことがない。
ちょっと輩感がある店員さんに威圧を感じて、遠慮してしまう。
小さい頃、浴衣を着せてもらい土曜夜市に家族で行ったが、
「綿菓子、いる?」と親に言われても、首を振る可愛げのない子だった。
駄菓子屋に寄れば綿菓子は二十円で買えた。
店のおばちゃんが子ども相手に世間話を振ってくれて、「そうなのか」と聞きながら、フィリックスくんガムも買っちゃおうかな、と思案する時間が至福だった。
そんなのもあって、私は夜店をキョロキョロ歩き回るより、視界に入る景色だけで満足するようになった。
あの賑わいを見ているだけで、祭りに参加した気分になれた。
幼稚園の頃だった。カーラジオから
「夜店にはヒヨコが売っている。赤や青、緑のヒヨコがいる」という話を覚えていた私は、親にヒヨコをねだったことがあった。
でも、私が住む田舎にはヒヨコの屋台はなくて、生き物は金魚しかいない。
ひどく悲しんだ私へ母が買ってくれたのは、ペットショップにいた文鳥だった。
大人になれば贅沢な代替のはずが、
「なんだ、白か……」
結局、母が世話役になった。
小学一年生になると、同じくペットショップでハムスターを買ってもらえた。
オスをムーミン、メスをノンノと名付けたのは、母。ハムスターが懐いたのも、母。
夜店を見るたび、不思議と色付きヒヨコではなく、白い文鳥やムーミンとノンノを思い出す。
私にとって夜店は、昔の家族や小さな動物たちへ続く入口なのだと思う。
※ ノンノンやフローレン、スノークのお嬢さんじゃないよ笑
