【その拒否、声なきSOSかも】本人の意思を聞いたつもりになっていませんか?
その拒否は、本当に拒否だったのか?
介護記録に、こんな言葉を書くことがあります。
「入浴拒否あり」
「食事拒否あり」
「服薬拒否あり」
「不穏あり」
「介護抵抗あり」
短く書けて、申し送りもしやすい言葉です。
一見すると、状況も伝わったように感じます。
けれど、現場で利用者様と関わっていると、ふと立ち止まる瞬間があります。
その「拒否」は、本当に拒否だったのか。
僕たちは、本人の意思を聞いたつもりになっていただけではないのか。
認知症がある方は、いつも言葉ではっきり気持ちを伝えられるわけではありません。
「嫌です」と言える方もいます。
一方で、
黙って目をそらす方もいるでしょう。
手を払いのける方もいます。
服の裾をぎゅっと握る方もいる。
身体を後ろへ引くことで、精いっぱい気持ちを伝えている方もいます。
その小さな反応の中に、本人の大切な意思が隠れていることがあります。
今回は、老健施設で利用者様と関わる中で感じてきた、
認知症ケアにおける「本人の意思を確認する」ということについて書いてみます。
「拒否」で片付けた瞬間、見えなくなるものがある

介護現場は、いつも時間に追われています。
入浴、排泄、更衣、食事、服薬、リハビリ、記録、申し送り。
次から次へと、やるべきことがあります。
そんな中で、
利用者様から「行かない」「いらない」「やらない」と言われると、
記録にはどうしても「拒否」と書きたくなります。
もちろん、それがすべて間違いというわけではありません。
実際に、拒否の言葉や反応が見られているからです。
ただ、大切なのはその先です。
「拒否あり」で終わってしまうと、
本人が何を嫌がっていたのかが見えにくくなります。
お風呂そのものが嫌だったのか。
寒かったのか。
疲れていたのか。
裸になることに抵抗があったのか。
浴室の音が怖かったのか。
男性職員、女性職員、どちらに介助されるかが気になっていたのか。
そこを見ないまま「入浴拒否」とまとめてしまうと、
本人の理由が置き去りになってしまいます。
食事でも同じです。
「食事拒否」と書けば、状況は伝わったように見えるでしょう。
でも、
義歯が痛かったのかもしれません。
飲み込みにくかった可能性もあります。
味が合わなかったのか。
眠かったのか。
不安で手が止まっていたのか。
その理由までは分かりません。
「拒否」という言葉は便利です。
短く書けて、伝えやすい言葉でもあります。
でも、便利だからこそ怖さがあります。
本人の思いを見にいく前に、
職員側の言葉でまとめてしまうことがあるからです。
認知症があるからこそ、言葉以外を見る

認知症がある方の意思は、言葉だけでは判断できません。
「はい」と言ったから、本当に納得しているとは限らない。
「嫌だ」と言ったから、すべてを拒んでいるとも限りません。
返事がないからといって、意思がないわけでもないのです。
ここに、認知症ケアの難しさと専門性があります。
たとえば、入浴の声かけをしたとき。
本人が浴室の方を見ない。
表情が硬くなる。
上着の裾を握る。
身体を後ろへ引く。
声のトーンが強くなる。
それらは、ただの反応ではないかもしれません。
本人からの大切なサインとして受け止める必要があります。
「今は嫌」
「怖い」
「何をされるのか分からない」
「寒い」
「恥ずかしい」
「別の方法なら受け入れられる」
そう言葉にできない思いが、表情や身体の動きに表れていることがあります。
だからこそ、
本人の意思を聞くとは、ただ質問することではありません。
表情を見る
視線を見る
手の動きを見る
身体の向きを見る
声かけへの反応を見る
そこまで含めて、
初めて「本人の意思を確認する」ことに近づいていくのだと思います。
以前の自分なら「入浴拒否」で終わっていたかもしれない

以前、入浴を嫌がる利用者様と関わったことがありました。
入浴の声かけをすると、その方は強い口調で「行かない」と話されました。
その場面だけを切り取れば、記録にはこう書けます。
「入浴拒否あり」
でも、少し気になる様子がありました。
その方は、浴室の方を見ようとしていませんでした。
服の裾を強く握り、表情も硬くなっていました。
身体も、少し後ろへ引いています。
言葉では「行かない」。
でも、身体全体でも何かを伝えているように見えました。
そこで、声かけを少し変えてみました。
「今日はお風呂が嫌ですか」
「身体だけ拭くのはどうですか」
「少しあとにしましょうか」
すると、清拭を提案したときに、こちらを見て小さくうなずかれました。
そのときに感じたのです。
この方は、清潔を保つこと自体を嫌がっていたわけではないのかもしれない。
その日の「入浴」という方法が、負担だったのかもしれません。
浴室に行くことが不安だったのか。
疲れていたのか。
寒さや恥ずかしさがあったのか。
正確な理由は、本人にしか分かりません。
だからこそ、こちらが決めつけてはいけないのだと思います。
以前の自分なら、
「入浴拒否」と記録して終わっていたかもしれません。
でも、それだけでは本人の思いも、職員が行った工夫も、
次のケアにつながるヒントも残りません。
「拒否」と書く前に、
何を嫌がっていたのか
どんな反応があったのか
どの関わりなら受け入れられたのか
そこまで残して初めて、記録は次のケアに活きていくのだと思います。
記録は、本人の尊厳を守る道具になる

記録は、ただの業務報告ではありません。
本人の意思をチームで共有するための、大切な道具です。
「拒否あり」
「不穏あり」
「介護抵抗あり」
この言葉だけでは、次に関わる職員が困ってしまいます。
何を嫌がったのか
どんな声かけをしたのか
どのような反応があったのか
どの方法なら受け入れられたのか
そこが分からないからです。
たとえば、同じ場面でも、こう書くだけで記録の意味は大きく変わります。
入浴の声かけ時、『行かない』と発言あり。浴室方向を見ず、上着の裾を握る様子が見られた。
『身体を拭く方法もあります』と伝えると、職員を見て小さくうなずかれる。本日は清拭対応とした。
この記録には、
本人の言葉があります。
表情や動作もあります。
職員の声かけがあり、本人が受け入れられた方法も残っています。
だから、次のケアにつながります。
記録の質が変わると、ケアの質も変わります。
そして、
本人の見え方も変わっていくでしょう。
「拒否する人」ではなく、
「今は入浴が負担だが、清拭なら受け入れられる人」として
見ることができます。
この違いは、とても大きいのだと思います。
あわせて読んでいただきたい記事があります。
今回の記事では、「拒否」という言葉の奥にある本人の思いを見にいくことについて書きました。
一方で、こちらの記事では、介護現場で何気なく使っている「徘徊」「不穏」「問題行動」といった言葉が、どのように本人の見え方やケアの質を変えてしまうのかを掘り下げています。
記録は、ただの報告ではありません。
次に関わる職員が、その人をどう理解し、どう支援するかを決める大切な手がかりです。
「拒否あり」で終わらせない記録を考えるうえで、今回の記事とつながる内容になっています。
家族へも「できませんでした」で終わらせない

ご家族への説明でも、同じことが言えます。
「今日は入浴できませんでした」
「食事を拒否されました」
「リハビリを嫌がりました」
これだけを聞くと、ご家族は不安になります。
「もっと声をかけてほしい」
「何とかしてほしい」
そう感じるのも、無理はありません。
でも、伝え方を少し変えるだけで、受け止め方は変わります。
たとえば、こう伝えたらどうでしょうか。
入浴の声かけをした際に、『行かない』と話され、浴室の方を見ず、服の裾を握る様子がありました。
無理に進めると負担が強いと判断し、身体を拭く方法を提案したところ、うなずかれました。本日は清拭で清潔保持を行っています。
ここまで伝えると、ご家族にも本人の様子が見えてきます。
職員が何もしていないわけではないこと
本人の反応を見ながら、必要なケアを調整していること
無理に進めるのではなく、その日の状態に合わせて関わっていること
そうした現場の判断も伝わりやすくなります。
ご家族の思いも大切です。
清潔でいてほしい
食べてほしい
リハビリを続けてほしい
少しでも元気でいてほしい
それは、ご家族として当然の願いでしょう。
だからこそ、本人の反応を丁寧に伝える必要があります。
ご家族の希望と、本人の意思
現場として必要なケアと、本人が感じている負担
その間で、今日の最善を探していく。
そこに、老健現場の難しさがあり、専門性があるのだと思います。
明日からできる、たった1つのこと

本人の意思を尊重するケアと聞くと、少し難しく感じるかもしれません。
でも、最初から特別なことをする必要はありません。
明日からできることは、とてもシンプルです。
「拒否」と書く前に、本人の反応を一つ具体的に見ることです。
表情が硬くなったのか
目をそらしたのか
手を払いのけたのか
服の裾を握ったのか
身体を後ろへ引いたのか
反対に、うなずいたのか
表情が少し和らいだのか
その一つを記録に残すだけでも、ケアは変わります。
そして、声かけも少しだけ変えてみる。
「やりますよ」ではなく、
「今にしますか、あとにしますか」
「お風呂に入りますよ」ではなく、
「お風呂にしますか、身体を拭きますか」
「食べましょう」ではなく、
「こちらなら食べられそうですか」
ほんの小さな違いですが、その言葉で本人の表情が変わることがあります。
もちろん、命や身体に関わる場面では、本人の意思だけで判断できないこともあります。
転倒リスク、脱水、誤薬、急変、皮膚トラブル。
そうした場面では、多職種で確認しながら、必要な支援を行うことが欠かせません。
それでも、本人の意思を確認しなくていい理由にはなりません。
本人の意思を確認すること
必要なケアを提供すること
この2つをどう両立させるか。
そこに、介護の専門性があるのだと思います。
「拒否」の奥にある声を見にいく

今回、伝えたかったことは一つです。
拒否は、問題行動ではなく、本人なりの意思表示かもしれないということです。
だから、拒否をなくそうとする前に、その奥にある思いを見にいく必要があります。
なぜ嫌なのか
何が不安なのか
どの方法なら受け入れられるのか
どう聞けば、本人が選びやすくなるのか
そこを考えることが、本人抜きで進めないケアにつながっていきます。
介護は、こちらの正解を押しつける仕事ではありません。
その人の表情や反応を見ながら、今日の最善を探し続ける仕事です。
言葉にならない声を拾うこと
小さな反応を見逃さないこと
そして、
「拒否」で終わらせず、その人の思いに近づこうとすること
その積み重ねが、尊厳あるケアをつくっていくのだと思います。
最後に

もし明日のケアで、
利用者様から「嫌だ」「行かない」「いらない」と言われたら。
すぐに「拒否」とまとめる前に、もう1秒だけ見てみてください。
表情
視線
手の動き
身体の向き
そこに、本人の本当の思いが隠れているかもしれません。
そして記録には、たった一文でいいので残してみる。
どんな反応があったのか
どんな声かけをしたのか
どの方法なら受け入れられたのか
その一文が、次のケアを変えます。
そして、本人の尊厳を守る手がかりにもなります。
この記事が、日々のケアや記録を見直すきっかけになれば嬉しいです。
現場で同じように感じたことがあれば、ぜひコメントで教えてください。
一人ひとりの小さな気づきが、
利用者様の尊厳を守るケアにつながっていくのだと思います。
この記事を書いている人の考え方を知ってから実践したい方へ
これまでの経験や発信の軸をまとめています
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